風の馬車に乗って
今日はお忍びデートである。
お互いに贈り合ったクリスマスプレゼントの帽子を被って。
「 駄目だわ…… 」
どうしてこうも格好良いのかしら?
レティは……
お迎えに来てくれたアルベルトに、帽子を被せたり、アルベルトの19歳の誕生日にプレゼントしたかつらを被せたりして思案中である。
今日はなんとしてもお忍びデートを成し遂げたいので、変装用のかつらも持って来る様にお願いした。
世の女性達は、皇子と分からなくてもこの男に寄って来るのだ。
「 どちらが良いのかしら? 」
「 まだ終わらない? 」
レティにされるがままになっているアルベルトは、嬉しそうな顔をしてソファーに座っている。
前にかつらを被ってデートをした時には、街を行き交う女性達が寄って来たので今日はやっぱり帽子にしましようかね?
レティは、ソファーに座ったアルベルトの足の間に立ち、金髪の髪の毛を隠すように帽子を被せて、はみ出ている髪を帽子に押し込んでいる。
その赤くて小さな唇にチュッとキスをする。
目の前にこんなに可愛い顔があるのだから仕方がない。
「 もう気が済んだ? 」
ううう……
被った黒の帽子から見える顔が美し過ぎる。
「 じゃあ、そろそろ行こうか? 」
アルベルトが上着のポケットから懐中時計を取り出して時間を見た。
アルベルトもレティにピンクの帽子を被せた。
「 まあ! 可愛らしい……僕の天使だ 」
ウフフと照れているレティが可愛すぎる。
これ……
1人で歩いていたら絶対にナンパされるよな。
レティに付けてる護衛騎士の報告書を見ると、侍女と街を歩いていると必ず声を掛けられているとか。
危険だ。
今日は、秋から運行をしている乗合馬車に乗ってのデート。
利用する人々の生の声を聞きたい事もあって。
シルフィード帝国の皇都は広い。
巨大な皇宮を中心とした町は中央町にあり、公爵邸や侯爵邸などの貴族の屋敷が皇宮を守る様に建てられている。
学園や庶民病院、劇場や商店が建ち並ぶお洒落な街……
レティやラウルの店があるのもこの中央町。
街は公爵邸から歩いて行ける距離にあり、婚約した当時はパパラッチを避けるために、使用人の男の子に変装して歩いて行っていた位である。
中央町の皇宮を中心に北町、東町、西町、南町とあり、各々の町には小さな商店や市場が建ち並び、そこに平民達が暮らしている。
乗合馬車には中央町を巡回するルートと、平民達の町を巡回する大回りのルートがあり、今回はその大回りのルートの馬車に乗り東町に行く予定である。
デートといっても勿論2人だけである筈もなく、今回は平民達の町に行く事もあって護衛騎士は4人。
お忍びデートなので護衛騎士達も私服である。
彼等もどことなく嬉しそうだ。
アルベルトは黒の帽子に黒のコート。
レティはピンクの帽子にベージュのコート、今日も忘れずにデカイ顔のリュックを背負って、仲良く手を繋いで公爵邸を出発した。
レティのデカイ顔のリュックは、何でも出てくると兄達が面白がっている代物だ。
アルベルトは皇都広場の一部を整備して、乗合馬車の待機場所を作り、ここを拠点として各町に向かって走らせると言う公共事業を成し遂げた。
馬車も大きく改良された。
車輪を大きくした事により安定感ができ、馬車本体を高く広くして、立って乗れるスペースを作る事が出来た。
その改良によって、1つの馬車に15、6人位は乗れる様になり、それが2台連結している事により、合計30名程度が1度に移動出来る様になったのである。
重い馬車も、風の魔力が融合した魔石を設置する事により、軽やかに走る事が出来たのだ。
シエルさん初め、錬金術師達が頑張ったのだとレティは感激した。
薬師達も頑張っているが、錬金術師達も国の発展の為に日夜研究に励んでいるのであった。
これは……
虎の穴の研究員になったからこそ分かる事。
虎の穴は自分の視野を広げてくれる場所。
レティは虎の穴に行くことを薦めてくれた物理のモーリス先生に感謝した。
試験では毎回ムカついているが。
難点はスピードと、時間。
2台連なった馬車はゆっくりと走り、到着時間はまちまち。
しかし……
今までは、徒歩以外には移動手段の無かった平民達の喜びは計り知れなかった。
「 これも皇太子殿下のお陰ですよ。この馬車に乗って孫を見に行けるんだから 」
雨の日も馬車に乗れば遠出が出来る様になったと老夫婦が嬉しそうに話す。
「 ワシは荷物が運べるから有難いよ 」
後ろの馬車の後部の外側に、荷物を積めるスペースが設けられていて、希望すれば大きめの荷物を乗せる事が出来る。
「 本当に……私達がこんなに暮らしやすくなったのは皇太子殿下のお陰ですわね 」
皆が本当に喜んでいた。
「 ………だって! 」
手摺を持ち、窓から外を見ているアルベルトの腕をレティがつついた。
黒い帽子を深々と被り、黒のコートの襟を立てて顔を隠す様に乗っていた背の高い皇太子殿下は、嬉しそうに俯いた。
大回りの乗合馬車には2つのルートがあり、先ずは北町へ向かい、それから東町、南町、西町を巡回して中央町の停留所に到着するルート。
ずっと乗っていれば全部の町に行けるのである。
もう1つのルートは南町からスタートして、次は西町、北町、東町を巡回をする。
運行は朝と夜の1日2回。
これは……
昨年にローランド国に留学をしていたレティが帰国後に、馬車が無くて苦労したので乗合馬車をつくれないかと提案した事を受けて、アルベルトが形にしたものである。
道路を整備し各停留所を作り、馬車も改良に改良を重ねたりと、あらゆる事を試行錯誤をして今の形にしたのだった。
レティ達は東町に行きたいので、北町へ行くルートの馬車に乗っていた。
馬車は1つ目の停留所に止まると、何人かの乗客が下りて、何人かの乗客が乗り込んで来た。
因みに、運賃は無料。
アルベルトは全てを政府負担の公共事業にした。
このサービスも、平民達から喜ばれている事の1つであった。
4つ目の停留所で、先ほど荷物が運べるから嬉しいと言っていたおじさんが下りた。
御者に言って荷物を取りに行くが……
自分の荷物は積み上げられた荷物の1番上に乗っているから届かない。
拠点の皇都広場の停留所では、人手があるから荷物を乗せて貰えたが……
各停留所では御者の2人しかいないのが痛い。
その2人の御者もおじさんも妙に小さくて、肩車をしたりして四苦八苦している姿を、皆は窓から覗いて面白がっている。
中には早くしろよと揶揄する客も。
そこに……
背の高いアルベルトがやって来てヒョイと荷物を取ってあげた。
御者とおじさんがペコペコと頭を下げていたが、彼は軽く手を上げただけでやり過ごし、スタスタと前の馬車に乗り込んで行った。
なんて……素敵。
格好良い……それに優しい……
皆がお忍びのアルベルトに感嘆した。
「 改善点だな 」
戻ってくるなり……
乗合馬車に、脚立を常備させる必要があるとアルベルトはレティに言った。
実際に乗ってみなけりゃ分からない事である。
馬車は北町の5つ目の停留所に止まる。
そこは……
修道院のある地域。
1人の女性が後ろの馬車から下りた。
その女性は北町の2つ目の停留所にいた。
その男性を見た時は……
心臓が飛び出るかと思った。
馬車の窓から見える俯いた顔。
嘘……
彼女は高鳴る胸を押さえながら慌てて後ろの馬車に飛び乗った。
魔力使い同士はお互いに存在が分かるのだから。
前の馬車が見える位置に移動したら……
誰よりも頭1つ背の高い彼はここからでもよく見えた。
帽子を被り……
俯いている横顔に涙が出そうになる。
その時……
俯いていた顔が笑った。
優しく……甘い顔で……
ああ……
そうなんだ。
見えなくても分かる。
きっと彼の前にあの小さな恋人がいる。
俯いているのは恋人を見ているから。
2人は見つめ合って話をしているのだろう。
フフフ……
全然姿が見えない。
人混みに埋もれてるの?
側にいる皇子様が……
揺れる馬車や人混みから守ってくれてるのね。
馬車が4つ目の停留所に止まると、御者とおじさん達がなにやらごちゃごちゃやっている。
すると……
馬車の横を彼が歩いていった。
心臓が破裂しそうになりしゃがみ込んでしまった。
顔が熱くなるのが分かる。
なんて格好良いの……
窓から外を見ていた女性達がキャアキャアと騒ぎだした。
「 格好良い~ 」
「 声を掛けようか? 」
ウフフ……
私……
彼とお喋りした事があるんだから。
私の使っている香水を良い香りだと言ってくれたのよ。
こんな罪人の私でも……
少し位は優越感を楽しんでも良いよね。
皆に紛れて恋人の元へ戻って行く彼の姿を見つめた。
5つ目の停留所で馬車を下りたのは……
風の魔力使いのイザベラ。
彼女は1年の刑期を終えて、今は修道院で奉仕活動をしている。
自宅から修道院に向かう所でこの2人に遭遇した。
まさか……
乗合馬車に2人が乗っているとは。
そう言えば……
皇都広場の舞台で踊っている時、彼女は男の子の格好をして客として来ていたのだっけ。
私のファンだと言って。
公爵令嬢で皇太子殿下の婚約者の彼女が……
市井でも……
皇太子殿下は婚約者の為に側室制度を廃止したと凄い騒ぎになった。
男は、そんな羨ましい制度なのに何故廃止するのかと言い、女は、皇太子殿下は男の鏡だと称賛した。
そして……
公爵令嬢の為に……
制度まで廃止する程に愛しているんだと、2人の真実の愛に酔いしれたのだった。
うふふ……
この乗合馬車は私の魔力が込められているのよ。
あれからもシエルさんにしっかりと働かされていたのだから。
ドラゴン討伐のあった後からは、イザベラは矢に風の魔力を融合する為にシエルに極秘で虎の穴に呼び出されている所だ。
お忍びでデート中の2人にプレゼントよ。
風の魔力使いイザベラは指をパチンと鳴らした。
すると柔らかな暖かい風が馬車を緑色に包む。
緑色に包まれた馬車は……
ガタゴトと音を立てて、黒のフードを被ったイザベラの前から走り去って行った。
「 あら? 」
「 ん? どうした? 」
「 ………何でもない 」
レティは微かに香水の香りがしたような気がした。
読んで頂き有り難うございます。




