ダンス、ダンス、ダンス
冬季休暇も終わり、レティは医師から学生に戻り中断していたお妃教育も再開した。
レティは小ホールでダンスの講師を待っていた。
ここはダンスのレッスン用のホール。
部屋にはグランドピアノと、休憩用のソファーが置かれてある。
お妃教育が終わった後に、ダンスの練習をする時間を入れて貰ったのだった。
1週間前……
お妃教育が終わっての夕食後の寛ぎタイム。
レティはアルベルトにお妃教育として、ダンスの練習をしたいとお願い中。
「 練習なんかしなくてもちゃんと踊れてるよ? 」
「 それはアルのリードが上手いからよ。前だって何回も足を踏んじゃったし 」
「 僕とだけ踊れば何ら問題は無いんじゃないか? 」
「 そう言う訳にはいかないわ。前にウィリアム王子と踊った時もね、沢山足を踏んじゃったのよ。ウィリアム王子が…… 」
「 ストップ!ストップ! 僕の前で他の男を思い出さないで! 」
こら!っと、アルベルトがレティの鼻を摘まむ。
「 ……だからね、皇太子妃になるなら、ちゃんとダンスの講師に習って、アルとも素敵に踊りたいのよ。皆から注目されてるのに下手なのは恥ずかしいわ 」
ねっ?ねっ?お願~い……と、上目遣いで目をパチパチとさせて……
劇場のお姉様達から教えて貰ったお願いポーズをかます。
指を口元に持って行くポーズは、やはり難易度が高くてまだやれないが。
可愛らしい顔をして……と、チューっと長めのキスを唇にされてしまったが、アルベルトはしぶしぶオッケーを出した。
「 講師を手配しておく 」
***
カツカツカツ………
バーン!!!
派手な足音がしたと思ったら……
そいつは、いきなり扉を開けて大の字で登場した。
「 やっとアタシを呼んだわね。もうアンタのダンスがみっともなくて、殿下が気の毒で、気の毒で……何時も舞踏会は見てられなかったわ 」
そいつはハンケチを取り出して目頭に当てた。
まあ!
いきなり失礼ね!
そいつはキッとレティを睨み自己紹介を始めた。
「 アタシはフェアリーよ。フェアリーちゃんと呼んでチョーダイ 」
「…… あっ! リティエラ・ラ・ウォリウォールと申します 」
「 リティエラと呼んで下さい 」
「 リティエラちゃんね 」
「 あのう……フェアリーって本名じゃ無いですよね。貴方は男ですもんね 」
「 本名なんかどうでも良いわよ! アタシは妖精よ。男でも女でも無いの。 よ・う・せ・い 」
分かった?………と、レティの顔を覗き込む。
香水の匂いがプンプンする。
嘘! 化粧をしてる……
眉毛は1本線で書いてるし。
目は粒の様なのに無理やり大きく書き足してるし。
何よりも鼻の下が長い。
そして唇が分厚い。
顎に生えてるチョリチョリの髭が……
嘘! 素っぴんよ!素っぴんでこの美しさ?
大きな目は綺麗なピンクバイオレットの瞳。
鼻も摘まみたくなる程可愛い……
口紅を塗って無いのに唇が赤いのがムカつくわ。
肌も真っ白で……頬っぺはぷくぷくして……ムニムニしたい。
それに……毛穴が……無い!
2人は無言で、お互いの顔のチェックをすると言うメンチの切り合いをした。
「 フン! 公爵令嬢でも、アタシは先生なんだからビシバシとしごきますからね 」
「 はい、ご指導を宜しくお願いします 」
「 フン! じゃあ、早速あんたのダンスのレベルを確認するわ。この子はアコーディオン弾きのサムよ 」
あっ!いつの間に……
「 リティエラです。サムさん、宜しくお願いします 」
サムは赤くなりながらペコリと頭を下げた。
まだ若そうな彼は……私より年齢は下かな?
「 では、音楽スタート! 」
アコーディオンの軽快な音楽が流れる。
「 クイック、クイック、スロー、クイック……あーもう下手くそね! これでよく殿下と踊れるもんだわ……殿下がお上手だから見れるのよね 」
「 分かってるわよ!分かってるからダンスの講師をお願いしたんじゃないの!ゴンゾーさん? 」
「 誰がゴンゾーよ!? 」
「 顎髭が伸びてきて青くなって来てるわよ。どう見ても貴方はゴンゾーよ! 」
「 キーっ! 自分がちょっと毛穴が無いからって…… 」
2人でキーキー揉めながら踊る。
「 痛!また足を踏んだわねーっ! 」
「 ゴンゾーが足を避けないからよ! 殿下はもっと上手に避けてくれるわ 」
「 下手くそが殿下と踊るなんてー!許せないわよー! 」
1曲終わると2人共にゼーゼーと肩で息を吐いている。
これは、ダンスで疲れたのでは無く、悪口の言い合いで疲れたのだろう。
壁際にいる侍女のレニーとマイラと護衛騎士達は腹を抱えて笑っていた。
フェアリーが……ゴンゾーに。
ずっと毛穴と顎髭の話で揉めてる。
アハハハハハ……
ゴンゾーはさっきより更に顎回りの髭が伸びて青さを増していた。
「 アンタが変な呼び方をするからよ! 」
「 その青い顎髭はゴンゾーで間違いないわ! 」
アハハハハハ……
侍女と護衛騎士はまだ笑っている。
そこからはレティ1人でステップを踏まされた。
クイック、クイック、スロー、スロー
「 そこはもっと足を前に……違うわ! 」
「 こう? 」
「 違う! 」
「 そこは右足よ!」
「 ……… 」
「 違う! やり直し! みっともないわ!」
ゴンゾーはスパルタだった。
「 おっ! やってるね 」
笑い声が響くホールで、レティが1人でステップを踏んでる所にアルベルトが現れた。
皆は姿勢を正し、頭を垂れる。
アコーディオン弾きのサムは、初めて会う皇子に目を見開いて固まった。
「 殿下。アタシを講師に選んで頂き光栄ですわ。リティエラ嬢も直ぐに上達致しますわよ 」
さっきまでと態度が違うぞ! ゴンゾー!
「 ダンスの練習の相手が必要だろ? 」
レティの手を取ろうとしているアルベルトの手をゴンゾーが押さえた。
「 殿下……先ずはリティエラ様にお手本を見せる必要がありますわ。リティエラ嬢は、今からアタシと殿下がダンスのお手本を見せるからちゃんと見ていてチョーダイ 」
そしてそのままアルベルトをホールの真ん中に連れて行く。
えっ!?
何を当然の様に……
もう、踊る気満々のゴンゾーはアルベルトの前に立って、優雅にカーテシーをした。
裾が異常に広がった変なズボン姿で。
「 さあ、殿下……アタシと美しいダンスを踊りましょう 」
ゴンゾーは背伸びをして、アルベルトの顔に自分の顔を近付いて目をパチパチとさせた。
怖い……
アルベルトは仰け反りながらもゴンゾーの手を持ち、腰をグイっと引いた。
皆はゴンゾーの顔が赤くなるのを見た!
「 音楽スタート! 」
サムがアコーディオンを弾いて、流れる様なダンスが始まった。
「 確かに……ゴンゾー上手いわ…… 」
ダンスがまるで違うのがわかる。
それにしても……アルは誰とでも上手に踊るのね。
その時……
イニエスタ王女とアルベルトが踊る姿が脳裏を過った。
王女もダンスが上手だった。
何度も2人が踊る姿を見た。
スラリと背の高い王女と、更に背の高い皇太子殿下が踊る2人のダンスは、大人の雰囲気たっぷりの流れる様な完璧なダンスだった。
うう……
私だってアルと素敵に踊ってみせるわ!
背はまだまだ小さいけれども……
20歳になる頃にはもう少し背は伸びるんだから。
レティは王女がトラウマである。
「 リティエラ嬢?……あら? ボーっとしてるわね? もう1度見てなさい! はい!音楽スタート 」
タリラリラーん
殿下の胸……逞しいわ。
それに……この香り……好き。
ダンスはプロより上手いんじゃない?
あら? 毛穴が無い。
流石は皇子様……
「 リティエラ嬢! もう1度見てなさい!音楽スタート! 」
ルンタッタターん
毛穴の無いアタシの皇子様~
いや~ん……アタシてば……今、お姫様なんだわ~
ゴンゾーはアルベルトと立て続けに3曲踊った。
「 ちょっとゴンゾー! 見てるだけで上手くなれるの? 」
レティが椅子に座って、侍女が用意してくれたアップルジュースを飲みながら怪訝な顔をしている。
「 美しいお手本を見るのはダンスレッスンの基本中の基本よ! 」
いや、ゴンゾー!
お前はただ殿下と踊りたかっただけだろ?
侍女や騎士達が思った。
「 ゴンゾー! 髭がさっきより伸びてるわよ 」
「 嫌ーーっ! 皇子様にこんな顔を見られたくないわー 」
レティの指摘に、ゴンゾーは頬を押さえながら逃げるように去って行った。
***
「 何でダンスの講師をゴンゾーにしたの? 」
「 いや……彼が上手いから…… 」
夕食を一緒に食べながら、ゴンゾーはスパルタ過ぎるとレティはぶつぶつと言う。
ダンスは、貴族にはなくてはならない物なので、ダンスの講師は人気職業だ。
デビュタント前や、婚活中の若い令嬢にダンスを教える事もあってか、ダンスの講師はイケメン講師が多い。
何時間も何日も身体を密着させて練習をするので、恋愛関係になる事が多いと言われている。
男爵や子爵の身分の低い令息が、伯爵や侯爵の令嬢達を狙いたいが為にダンスの講師になると言う噂がささやかれているのである。
レティは公爵令嬢。
デビュタントまでに講師を付けてダンスのレッスンをするのが普通なのだが、レティを社交界から遠ざけていたルーカスは、自分や執事のトーマスでレティにダンスを教えていたのであった。
本当に……
ルーカスには感謝だな。
だから……
アルベルトはレティには講師を付けたくは無かった。
しかし、レティの可愛いおねだりに負けたので、講師リストを調べたら、このゴンゾーがおネエだと判明し抜擢したのだった。
「 ところで、何でゴンゾーと呼んでるの? 」
「 『魔法使いと拷問部屋 5』に出てくるゴンゾーが顎ひげが青いおネエなのよね 」
「 また……その本…… 」
『 魔法使いと拷問部屋』はシリーズ化されており、今ではレティとラウルの愛読書である。
アルベルトもレティを追い掛けてローランド国に行く時に、ラウルから借りた本だ。
あの後に、ラウルから結末を話されて興味を無くしたが……
「 次は僕と踊ろうね 」
「 うん……アルもきっと驚くわよ。今日で少し上手になった気がするのよ 」
レティは嬉しそうに笑った。




