側近は救世主
「 おいおい……お前らまだ喧嘩をしてるのか? 」
「 新年早々何やってんだよ? 早く仲直りしなよ 」
「 アルが叱られた仔犬みたいにショボくれてたぞ! 」
新年祝賀行事は、上位貴族達による皇族の3人への新しい年を迎えた事へのお喜びの挨拶をする事である。
ウォリウォール公爵家は、シルフィード帝国の序列第1位の筆頭貴族であるから、皇族への挨拶に呼ばれるのは1番始め。
その次にエドガーのドゥルグ侯爵家、レオナルドのディオール侯爵家へと続いて行くのである。
レティは兄達の叱責にツーンとする。
「 これはわたくし達の問題ですから、口を挟まないで頂きたいですわね 」
あの後、追い掛けてもレティは怒ったままで、送って行く馬車の中でも口を聞いてくれなかった。
そりゃあ、仮病を使って呼び出したのは悪かったが……
いや、あれはあの時に許してくれた筈だ。
じゃあ……何で?
「 レティ、何をそんなに怒っているのか言ってくれ! 失言したなら謝るから。言ってくれないと分からないよ…… 」
「 分かってくれなくて結構ですわ! アルには分かるわけ無いんだから! 」
けんもほろろにそう言って、レティは馬車を下りて公爵邸に入って行った。
何でこんなにレティを怒らせてしまったのかと、改めてあの時の事を思い浮かべるが……
やはり何が彼女の逆鱗に触れたのかが分からない。
そうして……
新年祝賀行事の今に至る。
目を合わせてくれなかった謁見の挨拶の後……
帝国民への新年の祝賀にバルコニーに出た時も、貴族席にいるレティは視線を合わせてくれない。(←勿論2人の距離は随分遠い)
次の晩餐会でも、公爵家の席にいるレティはバクバクと食べているだけで、アルベルトの熱い視線を全く無視したのだった。
原因の分からないアルベルトはホトホト困り果てていた。
「 お前、何をやらかしたんだよ? 」
「 それが分からないんだよ 」
ラウルがレティに問いただしても全く取り合わないと言う。
「 まさか……今頃になってアレを怒っているとか? 」
「 他の女に迫ってる所を見られたのは確かに不味い 」
「 女は、いきなり昔を思い出して、しつこくネチネチと言うらしいからな~ 」
親父も突然のお袋のネチネチにあたふたしてる時があるよな。
……と、3人は親の話で盛り上がっていた。
あれを責められたらどうしようも無い。
あの時の状況なら、致し方ない事だとアルベルトは割り切っている。
だからレティに謝罪など出来ないし、許しを乞う事も違うと思っている。
ましてや今更あれを持ち出したくはない。
万事休す。
アルベルトは頭を抱えた。
***
クラウド・ラ・アグラスは、アルベルト皇太子殿下の側近である。
彼は騎士時代の時から幼い頃のアルベルトの護衛をしていて、その頭の良さから将来の側近に抜擢され、その為に文官養成所にも入所したと言う。
護衛も兼ねて、今アルベルトの一番近くにいる人物である。
彼はずっと気になっていた。
アルベルトとレティの目に見えない絆と言うものが。
何処にいても殿下はリティエラ様を見付けなさる。
そしてリティエラ様も……
そしてお2人は思わぬ所でよく遭遇をする。
確証を得たくて彼はずっと密かにある計画を立て、準備をしていた。
この新年祝賀行事の舞踏会の良い余興になると思い、皇帝陛下に許可を貰いに行けば……
元々楽しい事の好きなお茶目な陛下は多いに賛成した。
***
「 皆様、良いですね? 殿下は何も知りませんから 」
女性達に準備した仮面とマントを着用して貰い、アルベルトが無事にレティの手を取るかどうかの余興だ。
皆も大乗り気である。
特に女性達はやる気満々だ。
もしかしたら皇子様が婚約者と間違えて自分の手を取ってくれるのかも知れないのだから。
「 なるべくマントを頭から深く被り、ドレスがはみ出さない様にして下さい。殿下に気付かれ無い様に 」
背の高い女性は椅子に腰かけて、男性は女性をなるべく隠す様に。
新年の楽しい余興に皆はワクワクしていた。
「 皇帝陛下、皇后陛下及び皇太子殿下のお出ましです 」
何故レティが一緒では無いのかと言うアルベルトには、大切な人を迎えに行くと言う余興をすると言う事だけを伝えてあった。
折角レティと話すチャンスだったのに……
何時もこの時に一緒に入場を待っている父上や母上の前でなら……
レティの手を取って近くで見つめ合えば……
レティの態度が軟化するのではと思っていたのに。
今日の皇太子殿下の衣装は、紫の夜会服。
2人で色の打ち合わせをしての衣装なので、レティも当然ながら紫のドレス。
ここに来ている夫人や令嬢達は、基本は皇后陛下と皇太子の婚約者のドレスの色とは被らない色にしているので、紫のドレスを目指して探せば直ぐに見付ける事が出来るのだが。
「 さあ、皇太子殿下! 大切な女性を…… 」
クラウドがそう言い終わる前に、既にアルベルトはカツカツと長い足で歩いていた。
皆がドキドキとする瞬間……
どうしましょう……わたくしの手を取られたら……
もう、一生手を洗いませんわ。
手にキスなんてされたら……
どうしょう……
俺の彼女が殿下に手を取られたら……
彼女は泣いて喜ぶに決まっているぞ……クソッ!
そんな様々な妄想の中。
アルベルトの瞳はある女性を捕らえて外さない。
真っ直ぐにその女性に向かって歩いていく。
皇子様が1人の女性の前に立った。
その女性は……
頭から深くマントを被って、他のマントを被った女性達に混ざって椅子に座って俯いていた。
皇子様はその女性の手を取り……
跪いて……
彼女の手の甲にキスをした。
えーっ!!
立ち上がった女性から見えてるドレスの色は黄色。
会場がざわついた。
殿下……
やっちまったな。
これは……
あの、気の強い公爵令嬢は怒り狂うぞ。
クラウドも……
失敗か……
これは不味い事になったと青ざめた。
なんと……
黄色のドレスを着ている女性は……
跪いている皇子様の頬にキスをしたのだ。
皆の心臓は破裂しそうだった。
貴女は誰ですかーっ!
皇子にそんな事をして良いのですかーー!!
だけど……
仮面を外して現れたのは……
婚約者の公爵令嬢。
会場からはうわ~っと歓声と拍手が沸き上がる。
安堵の声と共に。
えっ!?
何!?
皆……何故そんな格好をしている?
ここでやっとアルベルトは周りの様子がおかしい事に気付いた。
喧嘩をした後のレティからの、頬にキスは仲直りのキス。
アルベルトは……
レティが仲直りのキスをしてくれたと思っていたのだった。
良かった……
***
やるなら本気でかくれんぼをしなきゃ!
……と、クラウドから詳細を聞いたレティは、マーサに頼んで公爵家から急遽黄色のドレスを持って来させたのだった。
黄色のドレス。
紫のドレスとは全く違うし、この黄色のドレスはまだ何処にも披露した事の無い新作ドレス。
フッフッフッ……
アルに私が分かるわけ無いのだ!
悪戯好きのレティは、クラウドの余興に大乗り気で、怒っていた事もすっかり忘れていた。
「 どうして分かったの? 」
レティは悔しそうだ。
「 僕が君を分からない訳が無いよ 」
あの会場の盛り上りのままにダンスの曲が演奏されたので、2人はダンスを踊っている。
今日はこの2人がファーストダンスだ。
兎に角、訳は分からなかったが、アルベルトはレティと踊れている事が大事だった。
一番肝を冷やしたのはこの余興を計画したクラウド。
仲良く踊る2人を見ながらホッと胸を撫で下ろした。
この事で……
やはり2人には何か赤い糸が繋がっているのだろうと確信した。
それもとてつもなく強い絆。
「 もう怒ってない? 」
「 あっ! 私、怒ってたんだわ 」
「 うわっ! でも……もう仲直りのキスをしたからね!! 」
「 ……… 」
焦るアルベルトに……
レティは少し考えてニッコリと笑った。
天使の様な笑顔で。
レティはただ単に、自分を見付けてくれたのが嬉しくて、アルベルトの頬にキスをしたのだった。
ほうぅと胸を撫で下ろしたアルベルトは、レティの頭にキスを落とす。
良かった……笑ってくれた。
「 私だって直ぐにアルは分かるわ……よ 」
レティがクルリとターンしながらアルベルトに言う。
「 そう? 」
「 だって……もう17年もアルだけを見てきたんですもの 」
「 でも、きっと今は……僕の方が好きだから…… 」
「 あら!? 私よ! 私の方が好きだわ 」
絶対に僕だよ私よと、甘~い顔した2人がクスクスと笑い合いながら囁き合う。
甘い甘い空気の2人にあてられて、舞踏会は幸せ色に包まれていた。
「 やれやれ……やっと仲直りしたんだな 」
「 しかし……どうしてあれがレティだと分かったんだろ?」
「 愛の成せる業だね~兎に角必死だったんだよ 」
それにしても……
あのアルを……
あれだけ悩ませるレティって本当に凄いよなと、兄達は笑った。
***
後からクラウドに詳細を聞かされたアルベルトはクラウドに感謝した。
「 えっ!? 殿下達は喧嘩をしていたのですか? 」
クラウドはこの企画に夢中で、2人の様子が変な事に全く気付いていなかった。
「 ああ……レティを怒らせた原因は分からないから、お手上げだった。クラウドのお陰で仲直り出来た 」
「 殿下。怒らせた原因はもう聞かない方が良いですよ。その話を思い出す事によって、また怒りが込み上げて来るらしいので 」
クラウドは腕を触りながらブルルと震えた。
余程奥さんが怖いと見える。
アルベルトは皇宮にいるたった一人の皇子様だ。
素直で真っ直ぐな性格の皇子で、我が儘1つ言う事も無かった。
それは……
周りの大人達が、皇子に不快な思いを1つもさせてはいけないと、宝物に接する様にして来たからである。
実際にアルベルトは帝国の宝物なのだから。
誰からも崇められ、誰もが自分に仕え、誰にでも命令出来る立場の皇子。
何でも思い通りになり快適だった人生に、突然思い通りにならない不快な物が現れた。
それがレティ。
だけどその不快な物が……
心地よくて、楽しくて、愛おしくて……
何時もずっと心の中で、暖かい熱を帯びて存在しているのだ。
その不快な物の機嫌が直り、笑ってくれただけでこんなにも嬉しい皇子様なのである。
面白い、続きが読みたいと思われた方は
ブックマーク、下の五ツ星の評価をしてくだされば嬉しいです。
読んで頂き有り難うございます。




