表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
353/641

やらかした皇子様

 


 もう診療時間が終わると言う頃。

 レティは皇宮病院のドクタールームでカルテの整理をしていた。


「 リティエラ様! 殿下の具合が悪いそうで……リティエラ様に往診に来て貰いたいと侍従が来られております 」

 病院の受付嬢がドアを開けた。

 最近……

 若くて綺麗なお姉さんに代わったばかりだ。



「 えっ!? アルが? 」

 今朝は元気だったのに……

 朝食もバクバク2人分を食べていたわ。

 私と同じで……


 レティも食欲旺盛だ。



 最近皇都では風邪が流行っていた。

 アルベルトには、新年早々に大事な新年祝賀の行事がある。


 これは大変とばかりに診療鞄を抱えて、待合室に行くと侍従のテリーが待っていた。


「 テリーさん! ごきげんよう。殿下の状態は? 」

 レティは白衣を着てマスクをしている。


「 リティエラ様。お久し振りでございます。あの……皇子様はお熱がある様だと……」


「 まあ! やっぱり風邪ね 」

 レティは薬剤室に入って薬棚から風邪に効く薬を持ち出して、小さな薬箱に入れて行く。


 本来ならば主治医の医院長が行くべきなんだろうけど……

 医院長は今、留守にしている。



 レティは皇太子宮に急いだ。



 コンコン……

 部屋をノックしても返事がない。

 侍女達も下がっているのか部屋がひっそりとしている。


「 病院から来ました医師のリティエラです。入りますよ 」


 そう……

 今は医師として来ているんだ。


「 殿下? 具合はどうですか? 」

 寝室のベッドに寝ているアルベルトの顔を覗くと目を閉じていた。


 眠っているの?


 ふむ……

 顔色は……少し赤い。

 やっぱり熱があるのかな?


「 失礼します 」

 アルベルトの額にそっと手を当てる。


 ん?

 熱は無いようだけど……

 小さな手で頬もペタペタと触ってみるが熱は無い。


 首筋に手を当てて脈をはかる。

 あっ!脈が早い。


「 ……… 」


 何かを察知したレティ。


 ガサゴソと音がしたのでアルベルトが片目を開けると、注射器を持って悪そうな顔をしたレティが近付いて来る。


「 これは…… 大変な病気だわ……痛~いお注射を打ちますね

 」

「 うわーっ!!……レティ! 嘘だ! 病気じゃ無い! 仮病だ! 」

「 ………… 」

「 えっと…… 」


  上半身を起こしたベッドの上で、蛇に睨まれた蛙の様になる皇子様。

「 ごめん……君に……その……僕も……診察をして欲しくて…… 」


 アルベルトの主治医は皇帝陛下と同じで病院長だが、今朝、皇后の健康診断に行ったレティに自分も診察をして貰いたいと、邪な考えをしたのである。


「 ………良かった…… 」

 もう! 本気で心配したんだからと言いながら、レティはベッドの近くの椅子に座り込んだ。




 ──30分前──



「 皇子様……仮病はいけませんよ 」

「 大丈夫だ。早くレティ医師をここに連れて来てくれ 」

 叱られるだろうと分かっていてもやりたい男心が炸裂する。



 皇子様は、以前はこんな馬鹿げた事をなさるお方では無かった。

 思慮深くて、何事にも考えてから行動をされるお方だった。

 ラウル様達と一緒にいる時でさえも。


 何時も大人びて、何時も退屈そうになさっていて……

 何時も同じ表情で……

 皇子様には感情が無いのかと思った事も。


 特に……

 学園にご入学をされてからは……

 毎日つまらない顔をしておられた。

 だけど……

 留学から帰国されてからは毎日が楽しそうで。

 それはリティエラ様と出会われたからなんだろうと、今なら分かる。


 そんな皇子様は、リティエラ様に関してだけは考えるよりも先に感情が動く様だ。

 こんなに嬉しそうなお顔をされて……

 本当に喜ばしい。

 ……が、絶対に叱られますよね。


 テリーはアルベルトが思春期に入る頃に付けられた侍従で、子供の頃の事は知らないが、思春期のややこしい時期から側に仕えてアルベルトを見て来たのであった。



 年末の公務が早く終わり、クラウドや女官達も帰宅した。

 明日は新年祝賀の行事の為の打ち合わせで城に缶詰めだ。

 年が明けると新年祝賀の行事があるのだから。


 まだ病院にいるだろう。

 部屋に戻ると急に手持ち無沙汰になって、レティに会いたくなった。


「 俺も……白衣を着たレティに診察して貰いたい…… 」

 



 ***




「 じゃあ!病院長には仮病だったと報告しておきますね 」

 レティが立ち上がり部屋から去ろうとするのを、アルベルトは飛び起きてレティの側まで行き抱き締めた。


「 怒ってる? 」

「 怒ってる 」

「 忙しいのにごめんね 」

 耳が垂れて、キュ~ンと泣きそうなしょんぼりとした顔は叱られた仔犬の様で……

 あんな事が出来た(ひと)とはとうてい思えない。(←やはり拘っている)


 レティはクスクスと笑った。

 笑ったレティを見て仔犬の垂れた耳がピンと上がる。


「 もう怒って無い? 」

「 怒って無いわ 」

 良かったと言って仔犬は尻尾をブルンブルン振りながら、レティをぎゅうぎゅうと抱き締めて来た。



「 でも……風邪が流行ってるのよ。アルも気を付けて 」

 レティはアルベルトにうがい薬を出した。

 両陛下にもお出ししたのと言いながら。


「 外から帰って来たら手を洗って、これを水に薄めてガラガラとうがいをしてね 」

「 うん! 分かったよ 」



 白衣姿のレティにドキドキする。

 マスクを付けているのがもどかしい。


 レティはやる事があるのと、医療器具を持って来た医療鞄につめ出した。

 もう帰ってしまうのかと寂しくなる。



「 ねぇレティ……マスクを外して……キスが出来ない 」

 アルベルトはレティの腰に手を回した。


「 ………致しません!! 」

 レティはアルベルトをキッと睨み付けながら、腰に回されたアルベルトの腕からスルリと抜け出して、怒って部屋を出ていった。



 レティは医者としてここに来た。

 その医者に向かって、キスをしたいからマスクを取れと言ったのだ。


 必死で頑張っている自分を軽んじて……

 否定されているかの様に思えた。



 レティは……

 3度の人生での生き方を否定される事を何より嫌う。

 どの人生も中途半端に死んでしまったが……

 懸命に努力して生きていたのだから。


 勿論、アルベルトがそれを否定したのでは無いと分かっていたが……

 最近色々あったから……

 我慢してきた怒りが一気に来たのだった。

 自分でも、やりようのない怒りが。




「 何で急に怒ったの? 」


 頬にキスは2人の挨拶。

 だから……

 アルベルトはやらかしてしまった事には気付かない。




 レティのこの怒りは……

 年を跨いだ新年祝賀の行事の時まで続いたのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ