皇宮の賑やかな朝
アルベルトの執務室は3階の皇太子宮にあるが、皇帝陛下の執務室は2階にある。
2階はシルフィード帝国の政治の中枢の場で、大臣や議員達のそれぞれの執務室、大小の会議室が多々あり、1番広い議会室もある。
レティが大臣達とお茶会を開いた応接間や、医師免許を貰いに来たのも2階の会議室で、その帰りには父である宰相の執務室に入室している。
3階は皇族のプライベートゾーン。
大きな階段を上がり、左に行けば皇太子宮で、右に行けば皇宮の皇帝陛下と皇后陛下の部屋があり、皇后陛下の執務室もここにある。
皇太子宮の扉から出ると皇宮に続く回廊があり、突き当たりの扉を開けると皇宮だ。
小さな回廊でも6メートルの幅があり、大きな回廊になると10メートルは優にあるので、宮殿がどれだけ巨大なのかが分かる。
皇帝が住む宮殿……
この巨大な敷地全体を皇宮と呼ぶ。
レティが歩くと警備員や騎士達が敬礼をする。
可愛い……
可愛らしい。
白衣を着たレティに皆が熱い視線を送る。
そして……
この白衣も、やはり小さなレティにはサイズが少し大きい。
だから余計に可愛らしいのだ。
皆が可愛らしいレティの白衣姿に萌え萌えである。
「 皇后陛下。皇宮病院から医師が参りました 」
「 おはいり下さい 」
返事をしたのは侍女長。
部屋に入ると……
クリーム色の壁、大きな窓には深紅とゴールドのドレープのたっぷりと入ったカーテン。
壁には皇后陛下が施した刺繍のタペストリーが何枚も飾られている。
豪華なソファー2セットがドーンと並べてあり、1つのテーブルの上には、やりかけの綺麗な刺繍のテーブル掛けが置いてあった。
奥の寝室に入ると赤を基調とした豪華な天涯付きのベッドがあり、ベッドの上には皇后陛下がナイトウェアを着たままで上半身を起こし、レティを見ていた。
「 お早う、レティちゃん 」
「 お早うございます 」
「 レティちゃんにこんな姿を見せる事になるなんて……ごめんなさいね 」
「 いえ……今朝は医師として来ておりますので、このままでいて下さらないと困りますわ 」
医療器具を出して皇后陛下を丁寧に診察をして、何時も専属の女医が記録している健康診断の用紙に記入して行くと、侍女達がレティの完璧な医師ぶりに感嘆した。
「 はい、これで終わりです。何時もと変わらない体調で何よりです 」
「 まあ! レティちゃんは本当に医師なのね 」
目を丸くしている皇后陛下にレティはニッコリと笑う。
風邪が流行ってるからと、レティお手製のうがい薬を出した。
皇帝陛下の分も一緒に。
それから……
お手製のスキンクリームを皇后陛下に渡す。
「 あっ! これはモニカ達が良いと言っていたクリームなのかしら? 」
侍女達の伝達網は侮れない。
「 まあっ! もしかしてローズが使っているクリーム? 」
母親達のお茶会でのお喋りも侮れない。
皇后陛下が太鼓判を押して下さったなら工場化も夢じゃない!
レティは必死で売り込んだ。
「 レティちゃん。この後、朝食を一緒にどう? 」
「 はい。ご一緒したいです 」
レティはソファーに座り出されたお茶を飲む。
紅茶も上級の葉を使っているのか、皇宮で出されるものはとても美味しい。
「 貴女のいるローズが本当に羨ましくて……アルは剣術ばかりに興味があって本当につまらないわ 」
私もでーす!
……とは言えない。
皇后陛下はレティがいるのが余程嬉しいのか、支度をして貰ってる間もずっとお喋りをし続けている。
「 アルも小さい頃は、バイオリンを弾いていたのに……今では全然弾かなくなったのよ 」
「 バイオリンですか? 」
「 そうなのよ。神童とまで言われて……期待してたのに残念だわ 」
「 皇子様は10歳位から剣術に夢中になられて……それ以来バイオリンは止めてしまわれましたわね 」
バイオリンを弾く皇子様はそれはそれはお美しくて……と、侍女長が両手を胸に当てた。
「 まあ、シイラったら、男の子に美しいなんておかしいわ 」
支度を終えた皇后陛下がコロコロと笑いながら、お待たせとレティの前に座った。
見てみたい。
アルのバイオリンを弾く姿を。
美しい……って……
***
皆でキャアキャアと言いながら朝食が準備されてるサロンに行くと、そこには皇帝陛下が先に来て座っていた。
レティは慌ててカーテシーをする。
「 皆、お早う。余は随分と待ちくたびれたぞ。」
「 あら? 陛下、いらしてたのですか? 今朝はレティちゃんと2人で女子トークをしながら食べるつもりでしたのに 」
皇后陛下が怪訝な顔をして立ち止まる。
「 なんと……つれない事を。初めてレティちゃんが皇宮に来たのだから、余も仲間に入れておくれ 」
さあさあ2人共、座りなさいと皇帝陛下が手招きをしている。
レティは2人のやり取りを見てクスクスと口に手を当てて笑った。
うちの親と変わらないわ。
席に着くと、美味しそうな料理が次々に運ばれて、テーブルに並べられる。
「 誰かを交えて朝食を取るのは久し振りだな 」
「 ええ……アルは朝は騎士団に行ってますしね 」
そもそも皇宮には寄り付かないのだと言う。
そう言えば……
アルは朝食は何時も1人だと言っていた。
昼食は勿論の事、夕食も家族で食べる事は滅多に無いと。
ウォルウォール家では、朝は必ず家族揃って食べている。
朝から兄妹喧嘩で母から怒られたりと……
レティが話すウォルウォール家の話を、2人は楽しげに聞いて笑っていた。
急にサロンの外が騒がしくなった。
ドアがバンと開けられて……
「 母上! レティを返して下さい! うわっ!?父上までいる! 」
サロンに入って来たアルベルトが、3人で仲良く食べている姿を見て驚きの声を上げる。
ずっとレティが戻って来るのを待っていたんだと言って、凄くおかんむりだ。
皇帝陛下がニヤニヤとしている。
「 まあ!? 折角レティちゃんが皇宮に来たのに、直ぐに帰す筈が無いでしょ? 」
「 レティは私のものなんだから、私の許可を取って下さらないと困ります 」
「 あら? 今日、レティちゃんがここにいるのは誰のお陰かしら? 」
皇帝陛下はクックと笑い。
皇后陛下と皇太子殿下は睨み合っている。
何だか珍しい光景だわと、侍女やメイド達がオロオロする。
そこに……
「 アルも一緒に食べよ? 」
レティの可愛らしい声が響く。
レティを見るアルベルトはフニャリとなってしまった。
可愛い……
俺の婚約者はこんなにも可愛い。
こうして4人で食べる事に……
3人で朝食を食べるのは実に10年振りだとか。
たま~に一緒に夕食を取る時でも、アルベルトはろくに話さないと言う。
最近は、皇帝とは公務の話を少しはする様にはなったが。
楽しくお喋りをする皇后とレティ。
アルベルトは皇帝と話しながらも、レティの話にちゃちゃを入れる。
いつの間にかサロンには皇太子宮の侍従やメイド達も来ていた。
折角シェフが作ってくれたのに勿体無いと、皇太子宮で用意されていた朝食を運んで来て貰っていた。
レティは料理を自分で作るからその大変さを知っていて、最近では公爵邸の庭にじゃが芋や人参なども自分で作っているので、実った時の喜びも知っている。
食材の無駄は許さない。
アルベルトはそんなレティに目を細めた。
レティは、何時も自分が気付かない大切な事を教えてくれる存在。
勿論、皇宮の皆はレティのこんな所が大好きなのである。
皆で食べると食も進む。
そんな4人を、昔からいる侍従や侍女達は目頭を押さえながら見ていた。
たった3人しかいない我が国の皇族。
ひっそりとした皇宮。
そこに……
こんなに可愛らしい妃が加わって……
1人増えただけでもこんなに賑やかなのである。
彼等は、遠くない未来の皇族の姿に思いを馳せた。
「 レティ、有り難う。父上も母上も…楽しそうだった……俺も…… 」
食事を終えた2人は、庭園を仲良く手を繋いで散歩中。
12月末の朝なのでかなり寒いが、宮殿は暑いくらいなので冷たい朝の風が心地よい。
「 じゃあ、次に泊まった時も皆で一緒に食べましょうね 」
「 ………いや、それは無い! 僕と2人だけで食べよう 」
「 どうして? 」
楽しかったんでしょ?……と、首を傾げる。
「 邪魔されたくないから 」
アルベルトはニヤリと笑ってレティの頬にキスをした。
「 昨夜は…… 」
レティは何か言いたいのかモゴモゴと言っている。
「 ん? 待ってた? 」
「 そうじゃ無いけど…… 」
「 待って無かったの? 少しも? 」
「 ……ちょっとだけ……待ってた 」
アルベルトは、恥ずかしそうに上目遣いで見上げてくるレティの可愛いおでこにチュッとキスをする。
「 昨夜は良く眠れたんだね。今日はスッキリとした顔をしてる 」
「 うん……グッスリ 」
「 勉強も良いけど、夜はちゃんと寝ないと駄目だよ 」
「 うん……ちゃんと寝る 」
アルベルトは、かなり疲れ気味のレティの寝不足を心配して、昨夜はレティの部屋には行かなかったのだった。
夜中にこっそりと……
熟睡しているレティに、お休みのチューをしに来た事は内緒だ。
その朝の公爵家では……
レティがいなくて、ラウルも昨夜はレオナルドの家にお泊まりの寂しい朝食だった。
ルーカスと2人で朝食を取ったローズは……
ラウルに来た釣書とにらめっこしていた。
うちにも早く嫁を……と。




