白衣の公爵令嬢
レティは医師としてのめり込んでいた。
久しぶりに本格的な患者への治療。
確かな手応え。
貴族邸だけへの往診とはいえ、家人達の病気や怪我も多々あった。
短い期間であるが故に、彼女は貪欲に医療に取り組んだ。
学園が休みに入ると直ぐに……
レティが相談があるのと、アルベルトに可愛い顔をして言って来た。
医師としてスキルアップをしたいから、冬季休暇は皇宮病院通いをしたいのだと。
いや、すると言ったのだ。
相談も何もあったもんじゃない……もう決定事項である。
翌日から皇宮病院に朝から晩までいるのだ。
当然お妃教育もキャンセル。
この日、アルベルトは皇宮病院にやって来た。
視察だと言って。
いや……
絶対に公爵令嬢を見に来たんだろうと皆が思った。
彼女は朝から晩まで病院にいるのだから。
しかしこの時は、病院にはレティの姿は無かった。
往診に出ているとの事。
アルベルトは暫く滞在して病院を見て回る。
ここぞとばかりに、改善して欲しい所を病院長が捲し立てた。
皇太子殿下が病院に視察に来てくれる事が効果だと、彼女を医師にした事は正解だったと病院長は胸を張った。
これで病院が改善される。
何度も改善案を宰相と文部相に打診したが、他に優先して改善しなければならない事があるからと後回しにされていたのだった。
アルベルトが帰ろうと皇宮病院を出ると、馬車から下りたばかりのレティの姿があった。
往診から戻って来た様だ。
重そうな医療鞄を手にしながら、ユーリと立ち止まって熱心に話をしている。
アルベルトがそこにいる事にも気付かないで。
白衣を着たレティは……
アルベルトの知らない大人びた女性の顔をしていた。
綺麗なストレートな亜麻色の髪は頭の後ろで一括りに結ばれているだけだが、綺麗な横顔と凛とした佇まいがやけに大人っぽく感じる。
多分……
これが20歳のレティなんだろう。
「 行こう 」
「 お声を掛けないんですか? 会いに来られたんでしょ? チューはしないんですか? 」
……と、病院長から改善を要求された資料を持ちながら、クラウドがアルベルトに言う。
「 仕事の邪魔をしたら駄目だからな 」
「 おお……殿下が大人になられている 」
「 ………うるさい! 」
何時もなら……
男性といるリティエラ様を見掛けたら、たとえ子供であろうとも、当然の様に邪魔をしに行くと言う大人気ない事を平気でなさるのに……
「 白衣を着たリティエラ様も素敵ですね。おや?耳が赤くなってますよ 」
「 ………うるさい! 」
レティに駆け寄りたいのを我慢しているアルベルトを見て、クラウドは面白がっている。
アルベルトはドキドキしていた。
大人びたレティに見惚れて少し耳が赤くなる程に。
本当に…
こんなにドキドキするのにマンネリなんてある筈が無いよ。
レティ……
多分……
ループの話を聞かされて無かった時なら、レティを理解できずにモンモンとする事になったのだろうが。
もしかしたら……
また、泣かせてしまう様な事を言ってしまっていたのかも知れない。
立ち去って行くアルベルトに向かって、レティの後ろにいる護衛騎士達がアルベルトに敬礼をしていた。
レティには常に護衛騎士が付けられている。
どうやら2人と一緒に馬車に乗っていた様だ。
今日の護衛騎士達には、褒美の言葉を与えようと思ったアルベルトだった。
***
「 それにしても……残念です 」
執務室に戻ると、クラウドが病院の資料を整理しながら言う。
「 この冬季休暇は、またリティエラ様に女官のアルバイトをして貰うつもりでしたが…… 」
「 何だと!? 」
この部屋にレティがバイトとして……?
少し前に彼女に打診をしたら、この冬季休暇は皇宮病院で医師の勉強をしたいと断られたと言う。
アルベルトは想像をした。
イチャイチャしながら執務をする2人の姿を……
「 クラウド! レティにはかなり前から予約をしないと駄目なんだ! 」
それに……
俺にも前もって言ってくれれば、彼女の前に美味しい人参をぶら下げたのに。
自分とのデートだって……
予約無しでは平気で断られ、美味しい条件を提示しないとデートをしてくれないのだ……とは……
いくら何でも言えないが。
アルベルトは……
気落ちのあまり、この日は何だか執務に精を出せなかったのだった。
***
シルフィード帝国に女医は限り無く少ない。
いや……
今、皇宮病院にいる女医は、皇后陛下専属の女医だけである。
それも彼女は先代の皇后陛下付きの女医だったので、かなりお年を召されている。
だから……
2度目の人生で女医となったレティは、皇太子妃付きの女医になれと医院長に言われていたのだ。
皇族には毎朝、主治医による健康診断がある。
この日レティは、病院長から明日の皇后陛下の健康診断に行く様に言われた。
皇后陛下付きの女医が体調不良を訴えたからだとか。
皇族の健康診断は早朝の決まった時間に行われるので、レティは皇太子宮の自分の部屋に泊まる事になった。
1日位……いや、毎日健康診断なんかしなくても良いと思う。
今までは1人しか女医がいない中でどうしていたのだと。
レティを……
皇太子妃よりも医者にしたいと言う医院長の陰謀だと言う事は、レティは知らないのであった。
レティには皇太子宮に自分の部屋がある。
いつの間にか出来ていたのだ。
あの日……
魅了の魔術使いの捕り物があった後……
レティはアルベルトの部屋で一緒に眠った。
ラウルの店を後にした2人は皇太子殿下専用馬車に乗り、
行った先は公爵邸では無く皇宮。
皇太子宮に着くと……
もう遅い時間なのに侍従のトニーと侍女のモニカがニコニコしながら出迎えてくれた。
アルベルトはそのまま部屋に入り、レティは建国祭の時に泊まっていた客間に通された。
暫くして侍女長のモニカとレニーとマイラがやって来た。
レニーとマイラは建国祭の時に、レティがこの部屋にお泊まりした時にレティのお世話をした侍女である。
久し振りの再会にキャアキャアと喜ぶ。
先程、あんな事があったのが嘘の様に……
「 この部屋はリティエラ様のお部屋になっておりますので、ご自由にお使いください 」
「 私の部屋に? 」
「 はい、皇子様のお申し付けで、何時でもリティエラ様が来られても言い様にと準備が出来ております 」
「 ………… 」
「 皇子様から、今夜はお泊まりになると聞いておりますので、今、湯浴みのご準備をしております 」
「 えっ!? 私……今夜はここに泊まるの? お泊まりセットを持って来て無いわよ? 」
大丈夫ですと通された衣装部屋には……
ドレスやワンピース……
なんと新品の学園の制服が掛けてあった。
「 湯浴みの後はこれを着用して下さいませ 」
下着と寝間着まで用意されていた。
「 このお部屋はリティエラ様のお部屋ですので、お好きな物をお持ちなさって下さい。他にも私共に必要な物をお申し付け下されば、直ぐにご用意いたします 」
………と、驚くレティに、侍女のモニカがにこやかに言った。
その後レティは……
アルベルトの部屋に連れて行かれて、一緒に寝る事になったのだが。
***
部屋に通されると……
何だか嫌な予感が。
しかし、この夜はアルベルトがレティの部屋に来る事は無かった。
ちょっと期待したけど……
ちょっと待ってたりもしたけど……
いつの間にか眠っていたレティは早朝に目が覚めた。
何時もと違う部屋にキョロキョロとする。
「 あっ!? そうか……ここは皇太子宮の私の部屋だわ 」
あ~
なんか気分が良い。
ベッドに上半身を起こして伸びをする。
昨夜は、医学書を読まずに寝たレティは、久し振りにたっぷりと寝た。
最近は気が付くと朝方まで医学書を読んでる事もあって、かなり疲れが出ていた様だ。
自分で作った回復ドリンクを飲んでいたが、やはり寝不足は蓄積すると身体の調子が悪くなる。
なので、ぐっすりと眠れた今朝は爽やかな朝を迎える事が出来たのだった。
呼び鈴の紐を引っ張ると、直ぐに侍女のレニーとマイラがやって来てレティの支度を手伝う。
手際の良さは流石に皇宮の侍女である。
「 皇子様は、毎朝健康診断をされてから、騎士団の早朝練習に行かれるんですよ 」
「 そうなの…… 」
新たな情報だわ。
レティはワンピースの上に持参してきた白衣を着た。
「 まあ! リティエラ様……素敵ですわ……本当のお医者様みたい 」
「 あら! リティエラ様はお医者様よ? 」
そうだったわねとレニーとマイラが朝からキャアキャアと賑やかだ。
医療鞄を持って部屋を出ると……
皇宮の侍女達が迎えに来ていた。
「 お早うございます。リティエラ様。皇后陛下はもうお目覚めでございます 」
「 お早うございます。」
レティは皇宮に案内された。
皇帝陛下と皇后陛下のプライベートゾーン。
レティは初めて皇宮に足を踏み入れた。




