未来への第一歩
季節は秋から冬へ……12月に入った頃。
虎の穴の薬学研究室のミレーから、ポーションが完成したとの一報が学園に行く前のレティに届いた。
朝、ミレーが公爵家に立ち寄ったのである。
ミレーは徹夜明けの顔をしてるのに晴れやかな顔をしていた。
薬師達は皆、一旦帰宅して睡眠を取るらしいから、学園帰りに虎の穴に来る様にと言う。
先ずは、ドラゴンの血とサハルーン帝国のポーションを持ち込んだレティに報告をしたかったのだと。
まだ学生である事から、思うように虎の穴に通えないレティは、ちゃんと薬学研究員の一員だと思われていた事が嬉しかった。
そう……
4度目の人生のレティは薬師であるのだから。
この日は、ユリベラやマリアンヌとの学園帰りの寄り道の日だったけれども……
クリスマスに向けての新作スイーツを試食させて貰う日だったけれども……
レティは約束を次週にして、虎の穴にすっ飛んで行った。
そして、その前に……
ちゃーんとアルベルトにお知らせに行く。
馬車から飛び降りて、制服を着た可愛いレティがアルベルトの執務室まで駆けて行く。
お可愛らしい。
警備員やスタッフ達は、皇宮に出入りするレティが登城する度に癒されている。
アルベルトの執務室は皇太子宮にある。
関係者しか入れない皇族のプライベートゾーン。
もう、レティは出入り自由であった。
コンコンとドアをノックして……
しかし、返事が待ちきれない。
「 アル! ポーションが完成したって! 」
ドアを勢いよく開けたら、執務机で書類に目を通していたアルベルトが顔を上げて破顔した。
手には、レティから誕生日に貰った万年筆が握られている。
「 お帰り、学園からそのまま来たんだ…… 」
「 ただいま! ポーションが完成したんだって! 」
ここまで走って来たのか……
前髪が左右に分かれて可愛いオデコが丸出しになってる所が可愛らしい。
アルベルトはレティの側に行き腰を折ると、チュッっとその可愛いオデコに唇を落とす。
会えば挨拶のキスをするのが2人のルール。
「 ポーションの話は聞いてるよ 」
「 アルも一緒に行こ? 」
か……可愛い……
背の高いアルベルトの顔を見上げておねだりするレティに、デレデレと蕩けそうな顔になる。
皇子様のこんな顔はレティの前でしか見れない。
「 殿下、後は大丈夫ですので、リティエラ様とご一緒して下さい 」
「 あっ!クラウド様……ご機嫌よう 」
「 お帰りなさい、リティエラ様。行ってらっしゃい 」
「 行って来ます 」
そう言って、レティはアルベルトの手を引っ張って執務室を後にした。
「 本当に可愛らしいお2人だ 」
魅了の魔術使いの捕り物では、お2人共にお辛い思いをされたであろうに。
アルベルトの側近であるクラウドもあの日あの場所にいた。
皇帝陛下も宰相も酷な事をなされたものだ。
いくら非常事態だったとはいえ。
宰相が殿下の婚約者の父親だから、あんな思いきった策が出来たのだろう。
彼等は……
人の心を弄び、操る魔術を使うそれ程恐ろしい者達。
そんな得たいの知れない気持ち悪さの中で、アイリーンがアルベルトに好意を持っているからこそ成り立った策略で、ルーカスはアイリーンの弱点を突いた策に打って出たのだ。
魅了の魔術がアルベルトには効かない奇跡的な事を利用して。
国の危機が迫ってるからこそ、あんな茶番劇を実行したアルベルトの皇子としての覚悟と成長をクラウドは感じた。
そして……
リティエラ様もそれを理解してらっしゃる。
あの時、静かに抱き締め合っている2人を見て、クラウドは胸が熱くなったのだった。
それにしても……
殿下にだけ魅了が効か無い理由を考えると、これは絶対にリティエラ様への強い愛からなんだと思う。
多分リティエラ様も魅了の魔術は効かなかったのでは?
そして……
あの絶妙なタイミングでのリティエラ様の登場。
後からの検証で、お2人は時間を擦り合わせていたのかと言う声も上がる程に。
絶対にこの2人には何かある。
呼び合う強い絆……
お互いに引き合う何かがあるのではと思う。
レティに手を引かれて行くアルベルトの、なんとも幸せそうな顔を見ながらクラウドは思うのであった。
***
薬学研究員達はレティの到着を待っていた。
皇太子殿下と手を繋いでやって来たのには驚いたが。
出来上がったポーションは、レティが持ち込んだサハルーン帝国のポーションよりも遥かに効き目は凄いらしい。
薬師達は新薬の成功に胸を張った。
サハルーン帝国のポーションの成分を分析して、それを参考にしたと言うズルは、この際置いておこう。
マウスを見れば……
皆がドラゴンばりに強気になっていた。
パワー全開で人間に威嚇してくる。
ただ……
このポーションはドラゴンからの血から出来ているので、数に限りがある。
ドラゴンなんかそうそう現れないし、現れたら困る生き物である。
1瓶の血液で作ったポーションで約1万人分のポーションが出来ると言う。
沢山の量のドラゴンの血液が冷凍室に保管されてるので、あの時エドガーをこき使って血を抜き取っただけの事はあった。
その全てが長期保存の可能な魔道具に入れられているのである。
少しの体力回復なら、今までの栄養剤で十分であるから、緊急の時にだけ、医者から依頼を受ける形にしたいとミレーは言う。
これが……
3年後の流行り病の時の体力回復に役立つ第一歩となった。
特効薬がまだ発明されていないのが焦る所だが……
レティはアルベルトと顔を見合せ、喜びを分かち合った。
さて……
そうなると誰に使用してその効果を見るかと言う事になる。
相当弱ってる人は……
「 ルーピン所長だわ! 」
レティが閃いた。
ルーピンは消防団に所属をしてる。
ルーピンが水の魔力使いだと知ったレティから、役に立つ事をしろと言われて、帝国にいる水の魔力使い達と一緒に消防活動に精を出している。
時には、遠く領地にまで馬を走らせる事もある。
身体1つでいける事から、今では皇帝陛下からも凄く頼りにされていた。
なので……
冬の時期が近付くと火災が増えて来るので、今や疲労困憊の状態。
貴族の家には魔道具が浸透しているが、平民の暮らしにはまだまだ薪と蝋燭が主体である事から、冬になると特に火災が多かった。
薬師が所長室にいるルーピンを呼びに行くと、昨夜も火事を消して来たとかでかなりヨレヨレの状態で部屋から出てきた。
ルーピンは、レティを見るなり駆け寄って来ていきなりハグをしようとする。
「 何の真似だ!? 」
横にいたアルベルトに腕を捻り上げられる。
「 あっ!? 殿下……いらしたのですか!?………痛たたた……痛いです殿下…… 」
「 だから何の真似だと聞いているんだ! 」
「 話しますから……手を離して下さい……痛たたた…… 」
アルベルトが手を離すと、ルーピンは腕を擦りながらアルベルトとレティに応接室に入る様に促した。
スタッフのお姉さんからお茶を出されてもまだルーピンは腕を擦っている。
出されたお茶を啜りながら、ルーピンは言う。
「 殿下が魔力の回復をされたなら、私もリティエラ様に触れたら回復をするのかと思いまして…… 」
「 はあ!? 飯を食えば良いだろ? 」
「 いえ……あの実験の続きをしようと思いまして 」
「 実験? 」
「 リティエラ様の命のキスが、他の魔力使いにも適用するのかと 」
「 !? ………お……お前……レティにキスをしようとしたのか? 」
アルベルトから恐ろしい殺気が……
「 いや……その……実験ですから 」
「 その必要は無い! 」
「 手を握るだけでも 」
「 何度も言わせるな! その必要は無い!」
今後もレティに触る事は許さないぞ!とルーピンに皇太子命令が下った。
アルベルトとルーピンが揉めてる間、レティは頬を染めアルベルトを見つめるスタッフを観察するのに忙しかった。
女性スタッフが新人に代わっていたのだ。
前のスタッフのお姉さんも綺麗だったが、今回も凄く美人でそれに随分と若い。
皇宮の女官や侍女は伯爵以上の高位貴族から選ばれるが、メイドやスタッフなどは子爵令嬢や男爵令嬢が多く、この辺になるとかなりお行儀が悪い。
因みに、下働きは平民を採用している。
貴族令嬢にとっても平民にとっても、皇宮勤めは皇族に会える事で人気だが、皇宮に勤務すると格が上がり、より良いお相手との縁談を望める事から、女性には倍率の高い勤め先であった。
それに……
皇宮には皇子様がいる。
女性達は、あり得ないロマンスに夢を描くのであった。
「 リティエラ様のご意見は? 」
「 ルーピン所長はご自分の好みで、スタッフの採用を決めてらっしゃるのかしら? 」
「 ? 何の話 」
「 ? 何か怒ってる? 」
レティが令嬢言葉になる時は、何か後ろめたい事がある時か、怒ってる時である。
この顔を見ると……怒っているのだ。
アルベルトは怒りが何なのかを警戒する。
「 顔とスタイルかな。人当たりが良ければ尚更結構! 」
「 …………… 」
「 まあね。殿下がここにいらしてからは、特に綺麗な令嬢の希望が増えましてね。嬉しい限りですよ。殿下もここに来るのが楽しいでしょ? 」
皇太子宮には若い女性がいないからねぇと、ルーピンがニヤニヤしている。
レティの顔色がみるみる内に変わって行く。
うわっ!?
ルーピンの奴……何を?
「 ここに来るのが楽しいの? 」
「 そんな事、思ってもいないよ 」
俯いて……
制服のスカートを握り閉めているレティが怖い。
アルベルトはルーピンの座っているソファーの脚をガンッと蹴り、顎をクイッって上げて外に出る様にと命令をする。
ニヤニヤしながら部屋から出たルーピンは、スタッフ女性がアルベルトを熱い目で見つめているのを見た。
やれやれ……
「 君! 殿下にちょっかいをだしたらクビだからね 」
ルーピンは2人にあんな事を言っておきながら、揉め事はごめんだと思うのであった。
そして……
その後はルーピンのおかげでアルベルトはひたすらレティのご機嫌を取る事になったのだった。
その後……
ルーピンはアルベルトから無理やりポーションを飲まされた。
「 実験されるのは嫌だー!」
「 黙れ! お前は虎の穴の所長なんだから、丁度良い! 」
これからルーピンは薬学研究員のモルモット……
いや、研究対象になるのである。
この魅了の魔術使いの話についての補足です。
340話での『魅了の兄妹』の作中にも書いておりましたが、この物語の世界では、魅了の魔術使いは分かった時点で即刻処刑をしなければなりません。
この捕り物に、皇帝陛下が直々に出向いた事が重要な事で、アルベルトとレティが、あの兄妹の口から魅了の魔術使いだと言わせた事が全てです。
アルベルトは皇子です。
これ程の国の危機が迫ってるならやらねばなりません。
レティが来なかったら、引いてみる作戦をやった事でしょう。
そんな皇子としての覚悟と成長を書いてみました。
色々と思う事はあるかとは思いますが……
これは現代の話でも過去の歴史の話でもありません。
私の空想の世界の話ですので、そんなもんなんだと流して頂けたら有り難いですm(__)m
それから、この魅了の魔術使いの話に沢山のコメントを有り難うございます。
今後の展開のネタバレに繋がってしまいそうでしたので、個々にはお返事をしなかった事をお許し下さい。m(__)m
全て有り難く読ませて頂いております。
どうぞこれからも宜しくお願いします。
読んで頂き有り難うございます。




