宰相ルーカスの手腕
「 父上!ルーカス! もう無理だ! レティが泣いてる 」
「!? ………私の魅了の魔術が効いてない!? 」
「 アイリーン! 罠だ! 俺達の正体が見破られている! 」
***
話は少し前に遡る。
ルーカスは、皇帝陛下、皇太子殿下、デニス国防相、イザーク外相を会議室に呼んだ。
ナレアニア王国の異常、ラウルの異常、そして何よりも自分の妻であるローズの異常から、シルフィード帝国に魅了の魔術使いが入国している事を皆に話した。
それは劇場から始まったと言う。
ローズの異常を見れば明らかだと。
そして……
ウォリウォール家の間者を使って調べたら、最近劇場にやって来たバルタン、アイリーン兄妹が直前までナレアニア王国にいた事が分かった。
船の乗船名簿を調べれば容易い事である。
ナレアニア王国の惨劇はシルフィード帝国にも聞こえていた。
何より、公爵令嬢と婚約破棄をし、平民と結婚をしようとした王太子が廃太子にされ、更に王子が王族から離脱した事が世界に衝撃を与えた。
「 何と……ナレアニア王国の一連の惨劇は、魅了の魔術によるものだったのか……… 」
皇帝陛下は勿論の事、ここにいる皆が青ざめた。
レティさえも気付いたローズの異常に、宰相ルーカスが気付かない筈が無かった。
間者を忍ばせ、バルタンとアイリーンに接触をしてずっと調べていた。
そんな頃、劇場から帰宅して来たローズとレティの会話を耳にする。
「 お母様? バルタンにお熱だったんじゃありませんの? 」
「 そうなのよ……でもね、殿下を見たらすっかり熱が覚めちゃって…… 」
やっぱり、貴女の殿下が1番素敵ねと、2人でキャッキャと言いながら楽しくお茶を飲んでいる。
詳しく聞くと、皇后陛下と殿下にバルタンとアイリーンが挨拶に来たのだと言う。
アイリーンが殿下を見て真っ赤になり、ボーっと見惚れていたとレティが口を尖らせていた。
ラウルに魅了の魔術が掛かってる事は明らか。
調べれば、ラウルの店にアイリーンが歌いに来てる事が分かった。
これらの事から考えて、ルーカスは……
もしかしたら魅了の魔術師を捕まえられるかも知れないと、心が逸るのだった。
そうして、皆を集めて密談をした。
「 殿下……昨夜ラウルの店にはアイリーンと言う歌姫が歌っていたと思いますが……どうでしたか? 」
「 どうって? 別に……どうもしないが……? 」
「 やはり……殿下には、魅了の魔術が掛からないのだと思われます。私のこの推測を確実なものにする為にも、今夜から殿下には毎夜ラウルの店に通って頂きます 」
こうしてアルベルトは毎夜ラウルの店に通った。
レティとの大事な夕食をキャンセルして……
何日か過ぎて、ルーカスはまた皆に召集をかけた。
アイリーンの歌声を毎夜聞いても変化の無いアルベルトを見て、アルベルトは魅了の魔術には掛からない事が決定的となった。
ラウルと比べれば一目瞭然である。
バルタンとアイリーン兄妹は魅了の魔術使いで、兄は女を魅了出来るが男には効かない。
妹はその反対で、男を魅了出来るが女には効かない事がルーカスの調べで分かった。
しかし……
やはりまだ実害も確証も無い事から、彼等を捕らえる事が出来ない。
過去の文献には、魅了の魔術師は人を操る事が出来ると記載されていたが………
実害が出てからでは遅すぎるのである。
ナレアニア王国の二の舞になる訳にはいかない。
彼等を捕らえるには早急に言質を取るしか無かった。
「 殿下には、殿下に好意を抱いている妹のアイリーンを誘惑して、言質を引き出して頂きたい 」
「 !? 」
人を操れる彼女は、魅了の魔術に掛かったラウルに、殿下を殺せとの命令が出来るのだと、ルーカスがアルベルトに頭を下げる。
どうか……レティの事は気にせずにお願いしますと。
「 アル! これは帝国の命運を掛けての大捕り物だ。チャンスは1度限りだと肝に銘じろ! 逃げられたら、人を操る事が出来る彼等を捕らえる事は不可能になる。絶対に自白させろ! 本気の誘惑をしろ! 女を抱いてでも言質を引き出すんだ 」
魅了の魔術が効かないアルベルトだけが出来る事である。
「 御意 」
絶対に失敗の許されない命令が、皇帝陛下からアルベルトに下された。
決行は今夜。
明日には劇場では次の公演がある。
もう既に沢山の貴族の夫人達がバルタンに魅了の魔術を掛けられている事だろう。
ラウルを見れば分かるように……
店に来ていた貴族男性達も、アイリーンから魅了の魔術を掛けられているに違いない。
何時なんどき、2人に操られてしまうのかが分からないのだ。
もはや、一刻の猶予も許されない状況であった。
ルーカスは万が一にもと、レティにこの捕り物の詳細を伝えた。
「 殿下には頑張って貰わなければならない 」
だから……
レティは絶対に来てはいけないと念を押した。
「 分かりました 」
そして……
アルベルトにも、レティには全て話してある事を伝えた。
「 それでレティは……何と? 」
「 分かりましたと 」
「 そうか…… 」
そうして店を無人にして、アルベルトが魅了の魔術師であるアイリーンから、言質を引き出す大捕り物が始まったのである。
店の周りにはロバート騎士団団長と、皇帝陛下付きの特別騎士団が取り囲み、兄のバルタンにはグレイ率いる第1騎士団第1班がずっと張り付いていた。
アイリーンに会いたがっている重症のラウルは、第1騎士団の第2班に監禁された。
ラウル以外に連日店にいたのは爺達10人。
アイリーンの肉弾攻撃の邪魔をして、アルベルトを守っていたのは爺達だった。
毎夜飲み食いをしながら。
爺達は魅了には掛からなかったが……
念の為に今夜は店に近付かない様にとの通達を出した。
全ての準備は整った。
後はアルベルトがアイリーンから言質を引き出すのを待つだけとなった。
緊張の面持ちで静かに店の周りで潜んでいると……
なんと………
そこに、レティが現れたのである。




