一世一代の大勝負
レティは劇場にいた。
勿論仕事である。
以前に注文を受けたアイリーンのドレスが出来上がったので、納品にやって来ていた。
劇場とレティの店は歩いて15分位の距離にある。
胸が見えそうな位に胸元は開き、袖無しで大きくスリットの入った紫の妖艶なマーメイドドレス。
スリットから覗く白い足が艶かしい。
「 思ってたより良い出来よ! 有り難う。急がせてごめんなさいね 」
既製品のドレスに少し手を加えるだけだから簡単である。
「 舞台で着るのですか? これは男性客が釘付けになりますね 」
「 そうね……舞台ね……今宵は一世一代の大勝負に出るわ 」
そう言ってアイリーンは頬をすこし赤らめた。
「 お前にしては手こずってるじゃないか? 」
「 肝心な所で何時も邪魔が入るのよ。でも、もう彼は私に夢中よ。観劇した夜に来てからは、毎日の様にアンビシャスに現れるんだから 」
バルタンが楽屋に入って来てレティを見た。
「 やあ、君……見掛けない顔だね 」
レティに爽やかに話しかける。
どうやらこの2人は皇太子の横にいたレティを覚えていない様だ。
今のレティは、ピンクのカツラを被るレディ、リティーシャなのだから気付く筈は無いのだが。
バルタンが妖艶な顔で見つめてくると、レティも見つめ返す。
騎士として、メンチの切り合いは絶対に負けたくはない。
レティが自分に見とれていると思ったバルタンは饒舌になる。
「 どう? こんなハンサム見たことが無いだろ?あれ?君……よく見ると綺麗だね 」
「 お兄ちゃん!その子はお姉様方のお気に入りの子だから、手を出しちゃダメよ 」
「 そうなの? 残念。ねぇ…俺を見てどう思う? 」
「 不細工! 」
「 !? 」
「 !? 」
ギャハハハハハ
アイリーンが笑いだした。
「 魅了を使って無いとやっぱり駄目なんだ 」
「 魅了? 」
「 何でも無いよ。あんた気に入ったわ 」
レティの不細工発言に、バルタンはショックを受け、アイリーンは大ウケした。
「 俺はイケメンだ! あんたの目は節穴か!? 俺はこの国の皇太子といい勝負だ! 」
バルタンは鏡を見て……うっとりとし出した。
普通の目と眉と鼻と口が整って並んでるだけの顔でよく言うわね。
アルは、全ての最高のパーツが最高の位置で並んでいるのだから……
こいつが束になっても敵うわけ無いじゃない。
この阿呆め!
「 じゃあ、失礼します 」
レティは帰る道すがら、頭の中がガンガンと鳴っていた。
アンビシャスはお兄様のお店の名前。
アルはオペラ観劇をしたあの夜に、お兄様の店に行くって言っていた。
挨拶に来た時、アルを見ると真っ赤になって惚けていたアイリーン。
もう嫌な予感しかしない。
レティはあのオペラ観劇以来、アルベルトには会っていなかった。
今回は、お妃教育の後の夕食も、急用が出来たからと中止になっていたのだった。
私との食事はしなかったのに店には行ったのね。
私の顔が見たいからって、少しの時間でも毎夜会いに来てくれたのに……
今は毎夜お兄様のお店に通ってるんだわ。
彼女に会う為に……
***
今宵の客は皇太子だけ。
彼は今宵は貸し切りにしたのだと言った。
スタッフもお酒の用意をさせただけで、彼は下がらせた。
今、この店にいるのは私と皇太子だけ。
私の歌を聴きながら、私の頭のてっぺんから足の先までを舐め回す様に見つめている。
熱のこもった熱い眼差しで。
あの眼差しだけで……
もう……どうにかなりそうよ。
彼は完全に私に落ちたわ。
歌い終わると彼がおもむろに立ち上がる。
瞳は真っ直ぐ私を見据えたままに……
まるで獲物を狙うような鋭い眼差しにゾクゾクする。
アルベルトは壁にアイリーンを押し付けた。
右手で、アイリーンの両手を彼女の頭の上に一纏めにして、左手は彼女の頬をなぞる。
大きく開いた胸元からは胸が見えてしまいそうだ。
アイスブルーの熱い瞳はアイリーンの瞳を捉えて離さない。
「 私はお前に惹かれている。こんなにも惹かれる理由を知りたい 」
「 ……… 」
「 こんなに焦がれる気持ちは初めてだ……私に何をした? 」
アルベルトはそう言うと、彼女の両足の間にグイっと片足を入れて、紫のドレスのスリットから露になった白い太ももを指で撫で上げた。
「 あ…んっ……… 」
その愛撫にアイリーンは思わず甘い声をあげる。
「 さあ! 私にどんな魔法を掛けたのかを言え! 」
太ももを撫でていた手は、そのまま細い腰を撫で上げ、胸の谷間をゆっくりと這う。
「 言うんだ! 」
「 ………それは…… 」
彼女の白い身体が朱色に染まり、瞳は虚ろになり熱を持つ。
もう一度彼女の頬を撫で、親指で彼女の唇を撫でる。
「 私がお前に狂ってしまう前に言ってくれ…… 」
彼女の顎をクイッと持ち上げると、アルベルトの唇が彼女の唇に近付いていく。
皇太子はもう私の物。
少し時間が掛かったけれども、彼は私の魅了の魔術に掛かった。
私に言い寄る彼の熱い眼差しは……私の心まで蕩けそう。
何て……素敵。
今宵私は彼に抱かれる。
皇太子妃。
こんな平民の私が皇太子妃になるのよ。
生意気な貴族達をひれ伏させてやるわ。
私が皇宮にいて、毎朝歌を歌えば永久に魅了は解けない。
邪魔な皇帝と皇后を殺ってしまえば、皇宮は私と彼の世界。
彼が皇帝で私が皇后。
この世界は私の思うがまま。
世界一美しいと言われている男と、毎日愛を囁きあって暮らすのよ。
小さい頃に親から捨てられた私達は2人だけで生きてきた。
泥棒をしたり人を騙したりしながら。
ある日。
リンゴを盗み、捕まって半殺しの目にあった時に出会った1人の老人。
私達兄妹は、老人に拾われて生き延びる事が出来た。
一緒に暮らす内に、この老人から不思議な術を教わった。
「 決して乱雑に使うんじゃ無いよ。危ない目に合いそうな時。殺されそうになった時にだけ使うんだ。そうすればお前達も生き延びていけるから 」
その老人は私達に術を伝授したら静かに息を引き取った。
彼を埋葬し、花を添えて私達はそこを後にした。
不思議と涙は出なかった。
魅了。
使って見れば生きることが楽しくなる。
食べ物にも困らないし、住居にも困らない。
誰をも自分の思い通りに操れる力。
お金も宝石も自由自在に手に入った。
そうして……
彼等は最大の禁忌を犯して行くのであった。
***
レティの大きく見開いた目から、涙がハラハラと流れ落ちていた。
初めて来た兄の店。
店の中央にはアルベルトと2人で贈った光の花が輝いていた。
目の前にいるアイリーンは、自分の店のドレスを着ている。
紫のドレスの大胆なスリットから白い足が露になっていた。
そこには……
アルベルトの足が割り込んでいた。
彼女を組伏せ、片手は彼女の頬にあり、その綺麗な横顔は彼女を熱く見つめている。
顎を持ち上げると…… 彼女の真っ赤な唇に近付いていった。
アイリーンの視線がレティを見据えた。
もしかして……
そこで泣いているのは皇太子の婚約者の公爵令嬢?
これは丁度良いわ!
貴女の愛しい婚約者は、今夜私のものになるのよ。
アイリーンは妖艶な瞳で薄笑いをする。
涙を流しながら立ち尽くすレティに……
勝ち誇った様な顔をして。




