過去の1つや2つ
今日はアルベルトとレティのデートの日。
約束したラウルのお店の開店祝いを買いに皇室御用達店に行くのである。
結局、建国祭の準備で皆が忙しくなりお買い物デートは今になってしまったのだ。
そしてその後は2人でディナー。
皇太子殿下と公爵令嬢のデートだから、変装をしなくても良いデート。
もう……
朝からドキドキ。
お母様もハイネもマーサも気合いが入りまくっている。
白のレースのブラウスにチェックのグリーンと青のドレスは、袖口もレースが可愛らしいリティーシャの新作ドレスだ。
髪は青のチェックのリボンを編み込んで後ろで緩く結び、白い肌が美しい小さな顔にはナチュラルメイクもする。
頭の後ろのバレッタはアルベルトからのプレゼント。
「 殿下の馬車が到着致しました 」
公爵家の門番が知らせる。
入って来たのは皇太子殿下専用馬車。
皇太子殿下専用馬車が動く時は、第1騎士団達が街中の整備も兼ねて護衛に付く。
今日は第2班が担当なのか、グレイやロン、ケチャップ達の姿は見られない。
馬車から下りて来るアルベルトを出迎える。
今日のアルベルトは深いブルーのジャケットにスラックス。
襟には金の鎖が3本あしらわれ、ジャケットは金糸で縫い取りがされていて、とても華やかな装いだ。
「 今日の君は一段と素敵だよ 」
頬にキスをされながら、レティの耳元で囁く様に言われ真っ赤になる。
皇子様は声も素敵なのだから。
「 私の愛しい婚約者殿。これから始まる2人の時間を甘い夜に 」
皇子様はそう言ってレティの手の甲にキスをする。
「 ひゃい………た……楽しく過ごしましょう 」
大人な笑みで見つめてくるアルベルトに、ドキドキして声が裏返ったレティなのである。
***
馬車の中ではアルベルトがレティを横に座らせた。
手を繋げないからと。
元々レティには甘々のアルベルトだが、ループの話を聞いてからはさらに甘くなっていた。
手を繋ぎながら見つめあっている。
「 可愛い顔を僕に見せて」
……と、覗き込んでくる様にして。
いや……
もう勘弁して欲しい。
こっちが溶けそうだとレティは思うも、彼の瞳は甘くレティを見つめたままである。
可愛い可愛いと言いながら……
馬車から下りて来る2人を御用達店のスタッフが勢揃いをして出迎える。
皇室御用達店は、公的機関であるホテルの下にあり、2階にはレストランがある。
建国祭の時は、ここに王族以外の要人達が泊まったと言う格式の高いホテルである。
「 殿下、お久し振りでございます。婚約者様もお久し振りでございます 」
揉み手の支配人の鼻の下のチョビヒゲは……何かの間違いで付いているのか?
レティはチョビヒゲが気になって仕方無い。
「 ああ、久し振りだ。よろしく頼む 」
えっ!?
鼻の下のチョビヒゲに気を取られて聞き逃す所だったが……
私にもお久し振りと言ったか?
聞き間違えか?
「 今日はよろしくお願いします 」
チョビヒゲを見ながらドレスの裾を持って、軽く挨拶をした。
買い物はラウルの店の開店祝いのプレゼントだけれども、アルベルトにアクセサリーのコーナーに手を引かれて連れて行かれた。
「 お越し頂き有り難うございます 」
アクセサリーの担当のお姉様が頬を赤らめながら挨拶をする。
「 君にプレゼントをするから、どれでも好きな物を選ぶと良い 」
嬉しそうに言うアルベルトは、レティにもプレゼントをしてくれる様だ。
「 婚約者様は以前はこちらの…… 」
「 彼女は初めて来店する! 」
アルベルトが慌てて遮る様に言うと……
店の者達が青ざめた様子でひそひそとやっている。
私を誰かと間違えているんだわ。
以前にも令嬢と来たのかも知れない。
アルはその女性にプレゼントをしたのね。
ならばと悪い顔になる。
「 わたくしが以前に選んだアクセサリーはどれかしら? 」
その女性に何をプレゼントしたのかにも興味が湧く。
「 あの……その……ワタクシ共の……勘違いでして…… 」
お姉様の顔は青ざめ、しどろもどろである。
チョビヒゲも顔をひきつらせている。
「 ねぇ……殿下、わたくしは……何をプレゼントして貰ったのかを忘れてしまいましたわ 」
教えて下さいませと、皇太子殿下に向かって首を傾げる婚約者。
見つめ合う2人は、まるで蛇に睨まれた蛙の様だと店の者は思った。
殿下もこんな顔をするのだと。
「 いや、違うんだ、いや…… 」
慌てたアルベルトはレティの手を引き応接室に入る。
レティはこれ以上は無い程の悪い顔をしていて、手を引かれるままに歩いて行く。
こんな顔はラウルそっくりだとアルベルトは天を仰ぐ。
「 レティ、良いかい、良く聞いて! 」
応接室に入るなり、アルベルトは自分の前にレティを立たせて、大きな深呼吸を1度してからレティの肩をギュッと持った。
「 僕は皇子だ。皇太子であるから沢山の人の接待をしなきゃならない。 母上の意向で令嬢とデートした事もある。多分プレゼントをした事もあるんだろう。 だけど…… 」
「 アル……もう良いわよ、分かったから 」
「 駄目だ! ちゃんと言わせてくれ! 」
そう言ってアルベルトはレティを抱き締めた。
レティとしてはモヤモヤはするが、自分と付き合う前の事は仕方無いと思っている。
だって過去の事はどうしょうも無いじゃない。
「 僕が好きになって……好きな女性をここに連れてきて、プレゼントをしたいと思った子は君だけだから! だからこれからも不愉快な言葉を聞くかも知れないけど……聞き流してくれたら有難い 」
君との時間をこんな風に気まずくしたく無いんだと言って、顔を覗き込んでくる。
「 うん……分かった。ちょっと意地悪を言っただけよ 」
……と、言うレティの上目遣いが可愛い。
「 だけど……これからは私以外の女性と来たら許さないから。嫌いになるからね! 」
「 うん……絶対に無い。約束する。レティに嫌いになられたら僕は生きていけない 」
2人はコツンとオデコを合わせた。
「 僕はこんなにもレティが好きだよ………レティは? 」
「 私も大好きよ 」
レティの顔が甘くなった事で安堵する。
アルベルトは危機を回避出来た。
応接室から2人が手を繋いで笑い合いながら出てきたのを見て、クビを覚悟したチョビヒゲやアクセサリー担当のお姉様は心底安堵した。
平謝りをするチョビヒゲ達に、皇太子の刺すような目が……
次に失言したら許さないぞと語っていた。
レティはアルベルトの瞳の色のアイスブルーの宝石のブローチを買って貰ってご満悦だ。
しかし……
宝石が大きい事から、かなりのお値段がする事が想像できる。
皇室御用達店は値段表示が無いのが気掛かりな所だ。
ラウルのお店への開店祝いは……
なんと魔道具で作られた光る花。
夜のラウンジにはピッタリの、花に型どられた硝子の模型がキラキラと光を発しているオブジェである。
光の魔力使いのノエルさん達が魔力で融合したのかと思えば嬉しくなる。
レティのアルバイト料ではとても手の届かないかなりのお値段なのだろうが、アルベルトが親友であるラウルの為に奮発するのだった。
***
場所はレストランの個室。
グリーンの壁紙の落ち着いた大きな部屋には、大理石で作られた縦に長い豪華なテーブルセットに、横には食事の後に寛いでお酒を飲める様にと用意された豪華なソファー。
お忍びで来るには格好の場所である。
ここにも王女や令嬢達とやって来たのかとチクリと心が痛むが、食いしん坊なレティは美味しそうな匂いにそんな思いは直ぐに掻き消される。
そして、出されたディナーはとても美味しかった。
デザートを堪能しているレティが突然に言う。
「 アル、さっきの事は気にしないで良いですからね。わたくしだってデートをした過去の1つや2つはありますから 」
「 えっ!? 」
アルベルトの珈琲カップの持つ手が止まる。
どうやらレティは先程の事を気にしてる様である。
「 ある筈よ。だって3回も20歳までを繰り返してるのですもの…… 」
レティがどうだとばかりに胸を張る。
そりゃあ……あるだろう。
そんな事を思い出さなくても良いのに……
グレイ、ユーリ……それ以外にもあるんだろう。
こんなに魅力的で美しい女性なのだから。
20歳のレティなら尚更だ。
「 うーんと……えーっと…… 」
レティはずっと唸りながら考えている。
しまいには頭を抱えて捻り出そうとしている。
だけど何も出てこない。
無いんだ……
アルベルトの胸が高鳴る。
「 無いわ……全然。……アル以外は全然無いわ……」
アルベルトはまだグレイの事や、ユーリの事はレティから聞いてはいなかった。
どんな風にレティと関わり、どんな風に過ごしたのかなんて怖くてまだ聞けてはいない。
自分の事を好きだった事は聞いてはいるが……
この2人がレティに大きく関わっている事は確かな事であるから。
レティにとっては、グレイは騎士団の班長であり、ユーリは医者としての先輩。
勿論彼等とは2人で食事もしたり、2人で出掛ける事もあったが、それは仕事や任務での事でレティにとっては、デートをしたと言う認識は無い。
本当に何も無いわとぶつぶつ言うレティ。
「 嬉しいよ、レティ…… 」
そう言ってアルベルトは破顔した。
読んで頂き有り難うございます。




