縁の恩送り
建国祭から8日後。
イニエスタ王国からの船がシルフィード帝国にやって来た。
いきなりやって来たイニエスタ王国の船を着岸させる事は許されず、中にはイニエスタ王国の国王が乗っているとの報告を受けて、皇太子が港に出向く事になった。
皇宮騎士団団長のロバートを引き連れた重々しい出迎えとなる。
一国の王が国を離れるのは異例の事だ。
その怪しさもあり、アルベルトとロバートは前もってルーカスから国王の姿絵を見せられていた。
タラップから下りてきた国王は少人数の精鋭だけでやって来た様だ。
「 殿下……影武者な事も考えられますぞ 」
ロバートがアルベルトに囁いた。
「 突然の来国を許して貰いたい 」
アルベルトの前に立った男は、王太子や王女と同じシルバーの髪にブルーの瞳。
目尻にある皺からは、父親と同じ世代の男だと窺える
国王だ。
彼から感じるオーラは上に立つ者以外の何者でもない。
「 上に立つ者は瞬時に人を見極める力を培わなければならない 」
父である皇帝陛下から常に言われて来た事が花開く。
「 私はシルフィード帝国の皇太子、アルベルト・フォン・ラ・シルフィードと申します。以後お見知りおきを 」
アルベルトと握手を交わした後に、国王は帯剣していた剣を差し出し、家臣にもそれを促す。
「 シルフィード帝国の皇帝陛下にお目通りを願いたい 」
「 我々はイニエスタ王国の国王陛下を歓迎致します 」
アルベルトは姿勢を正し、丁寧にお辞儀をした。
アルベルト皇太子。
なる程……
聞きしに勝る美丈夫ぶりだ。
それに……
この気骨、このオーラ。
正に将来の皇帝の器。
「 ……ドネが惚れる訳だ……余も惚れたわい 」
イニエスタ国王は独り言ちた。
昨年。
シルフィード帝国の皇太子とイニエスタ王国の王女との婚姻が、大々的に世界に広められたのはこのイニエスタ国王の策略だった。
皇太子との婚姻を進める為にシルフィード帝国にまで行ったアリアドネ王女から届いた書簡には、想い合っているアルベルト様とワタクシの仲を宰相が邪魔をして、自分の娘を皇太子妃にしようとしていると言うものであった。
シルフィード帝国の宰相ルーカス・ラ・ウォリウォールはかなりの強者だとは、聞き及んでいた事だ。
そんな強者が可愛い姫の邪魔をする?
自分の娘を皇太子妃にする為に……
何度も皇太子との婚姻を打診して来たのに、断られていたのは権力を握ろうとする宰相の仕業だったのかと。
あの時の事を思い返す。
もっと調べるべきだったと。
それにしてもこれ程の皇太子が寵愛する、あの宰相の娘である婚約者を見てみたいもんだ。
騎士団が取り囲む物々しい雰囲気の中、イニエスタ国王を乗せた馬車は皇宮に向かって走っていた。
***
謁見の間では、王座の椅子に座るシルフィード帝国の皇帝。
その前で跪くイニエスタ王国の国王。
その後ろには家臣達も跪いていた。
両国の力関係は歴然だった。
イニエスタ王国はかつてのシルフィード帝国の属国。
言わずもがな皇帝を前にすれば、国王は跪く事になる。
ましてや、自国の者が天地を揺るがす程の大事件を起こしたのだから。
「 面を上げよ、久しいのうイニエスタ国王。 」
「 はっ! この度は我が国の者の不始末……どうお詫びしていいのやら……言葉が見付かりません 」
そう言って頭を垂れた。
そして………
国王は、王太子を廃太子にして第2王子を王太子にすると言い、王女は他国に嫁がせると。
「 王太子を廃太子にするとな? 」
「 はは! どうかそれで我が国の不始末を許して頂く事は出来ないものかと……… 」
「 おしいぞ……王太子は話してみても、気骨のある王子だったぞ? 」
「 いえ…あれは私の了解も得ずに王女や炎の魔力使いを、この国に入国させた罪を負わす事が妥当だと判断しました 」
国王は責任を取らすの一点張りであった。
そこに……
赤のローブの爺達がやって来た。
「 陛下! 我々はつい先日まで、イニエスタ王国に滞在しておりました。 どうか私共の意見を聞いては下さらぬか? 」
「 よい! 自由に申してみろ 」
爺達はぞろぞろと10人で出て来た。
いや……1人で十分事足りるだろ?
……と、人知れず吹き出したのは皇帝陛下の横に立ち、成行きを見ているアルベルト。
ルーカスとデニス、イザークが2人の後ろに控えていた。
「 王太子は融通の利かない奴だが、第2王子よりはマシじゃ 」
「 我が国の殿下よりは出来損ないじゃが、第2王子よりはマシじゃ 」
「 妃様も我が国の妃様よりは不細工だが…… 」
「 分かった分かった、それ以上は言わんで宜しい 」
爺達の100━0発言に皇帝もたじたじである。
アルベルトは顔を横にして口元に手をやり笑いを堪える。
「 余は、この爺達の先見の明を信じるぞ 」
「 しかし…… 」
「 貴殿も分かっておろう……イニエスタ王国の将来を担うにはどちらが相応しいか…… 」
国王は思う。
正直言って有り難かった。
王太子と王女は王妃の子だが第2王子は側室の子だった。
それにより家臣達の対立も凄いものであったが為に、国王は早々に立太子の礼も終わらせて、第1王子を王太子にしていたのである。
それ故に王太子の廃太子は苦悩の決断だった。
第2王子もいるとはいえ、学者タイプの第2王子には王太子は勿論だが、将来の国王になるには荷が勝ちすぎると思ってはいたのだ。
それに……
王太子は明るく国民からの人気もあり、外交にも長けていた。
このアルベルト皇太子と並ぶにはかなり劣ってはいるが。
「 我が国は、王太子の罪を不問と致す。それから炎の魔力使いの死により、その罪も不問とする 」
「 身に染みる温情を有難うございます 」
頭を垂れる国王に皇帝が優しい顔になる。
「 我がシルフィード帝国は、イニエスタ王国の先代王から受けた恩は忘れてはいないぞ 」
皇帝には、先帝が崩御した時に、いち早くシルフィード帝国を支持したイニエスタ王国の先代王への恩があった。
それ故に、隣国からの進行を躊躇させたのも事実であった。
ああ……
あの時、父上のなされた事が……息子の私に返って来たのか。
「 我がイニエスタ王国も、この恩は一生涯忘れません。将来、アルベルト皇太子に窮地があれば、我が国の王太子が馳せ参じる事になるでしょう 」
国王は、涙ながらに頭を下げた。
「 代々続く両国の縁をそなたも大切にする事だ 」
「 はい!肝に銘じます 」
アルベルトに語りかける皇帝は嬉しそうな顔をした。
シルフィード帝国と事を構えるなんてとんでもない事である。
あの不気味なタシアン王国が、我が国の支持表明なんかをすれば……
それこそ、代々培ってきた他国との関係も悪くなる。
シルフィード帝国がタシアン王国に睨みを利かせているからこそ、我々は安心して暮らせている。
国王に届いた知らせは、我が国の炎の魔力使いによる、シルフィード帝国の皇太子の殺害未遂並びに婚約者への襲撃。
何故あの侍女がこんな事を仕出かしたのかの理由は分からないが……
炎の魔力使いを無断で他国に連れて行ったと言うことが罪なのである。
王太子の首を跳ねろと言われれば、そうする覚悟もあった。
それ程までのギリギリの事態だったのである。
その夜は両国間の晩餐会が開かれた。
「 両国の永遠なる友情と平和を祝し、乾杯! 」
このニュースは即座に世界各国に届けられる事になる。
監禁状態だった王太子夫妻とアルベルト皇太子が出席し、両国の橋渡しをした爺達とも酒を酌み交わす和やかなムードの晩餐会となった。
相変わらず爺達は100━0ではあったが……
そこにはアリアドネ王女の姿は無かった。
王国を不在にはしておけぬ事から、翌日早々にイニエスタ国王は王太子と王女を連れて帰国した。
港に見送りに出向いていたアルベルトを………
王女は、船の上から見えなくなるまで見つめていた。
***
「 父上に頭を下げさせる事を仕出かした私は…… 」
「 よいよい、国の為なら何度でも頭を下げようぞ 」
「 父上…… 」
王太子は涙ながらに父であり国王である王を誇りに思った。
家臣達も泣いていた。
「 それより……あの爺達じゃ!我が国で我々の悪口ばかりを言い、飲み食いばかりしておったくせに…… 」
国王は爺達に助けられたから何かお礼をしようと思った。
爺達の滞在中の飲み屋での個人請求はシルフィード帝国にしないつもりだったが、そのあまりにもの金額に……
半分だけ皇太子に請求する事にした。
毎日の様に街の酒場でどんちゃん騒ぎをして、民衆達に振る舞えたのはお金に糸目が無いからだった。
だから爺達はイニエスタ王国では英雄扱いだった。
ローランド国でも英雄だった。
何はともあれ、特使としての爺達の派遣は大成功だった。
彼等は他国民との交流を見事に果たしたのであったのだから。
後日、その半分だけの請求金額が届いたアルベルトは青ざめた。
「 あの糞ジジイ共め…… 」
次話でこの物語の前半の終わりとなります。
読んで頂き有り難うございます。




