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建国祭の2日前

 


 昨夜約束した通りに、早朝訓練に行こうとレティの部屋をノックする。


「 はい、どうぞ 」

 まだ夜明け前だが、レティはちゃんと起きていた。

 朝から聞く可愛らしいレティの声に胸が高鳴る。



 部屋に入ると、レティはポニーテールにした頭に乗馬服姿。

 背中には弓矢を背負っていた。


「 レティ!? もしかして訓練に参加するつもりなの? 」

「 そうよ。昨夜言ったでしょ? 」


 確かに……

 行くと言っていた。

 見に行くでは無かった。

 アルベルトは自分を見に来るのだと思っていたのだった。

 カッコよく見せなきゃと……


 そう……

 レティは何時もアルベルトの考えの斜め上を行く。



 レティは皇宮で朝を迎えるならと、朝練に参加するつもりで乗馬服と弓矢を持ってきていた。



「 騎士団の訓練は危険だよ? 」

「 ええ……分かっているわよ 」


 訓練場に向かいながらふと考えた。

 彼女は真剣を使えるのかと……


 弓矢が使えるのは何処かで習ったのだとまだ納得がいく。

 実際に公爵邸の庭の奥に、レティが弓矢の練習場を作ってると聞いた。


 しかし真剣は騎士団に入らないと使え無い。


 まさかね……

 まさか真剣は使えないだろう。

 それに真剣はかなり重く、訓練をしてない女性が持てる物ではない。

 持ち方の分からない素人が持つと、触るだけで腕や掌を切る事があるのだから。


 そう……

 だけど……

 あの日武器屋で見た彼女が剣を抜き、構えた様が思い出される。

 もしかして……





 ***





 レティはアルベルトと一緒に騎士団の訓練場に足を踏み入れた。


 ああ……

 懐かしい。


 3度目の人生は3年前の事。

 騎士養成所に入所してる時もこの訓練場で訓練をするから、レティは約2年間ここで訓練をしていたのだ。

 ガーゴイルの討伐に出向くその日まで……



 あの頃の想いが

 あの頃の自分が、走馬灯の様にレティによぎって行く。


 グレイ班長……

 ジャクソン、サンデイ、ロン、ケチャップ……

 皆いる。

 私もいる……

 あの隅っこで剣を振っているのは私だ。



 新米騎士だったから……

 あの奥の一番端から皇太子殿下を見ていたっけ。


 朝練に来る皇太子殿下を……

 長い足で、柵をひょいと乗り越えて入って来る姿が見たくて、毎朝一番早くからここでスタンバイしていたのだった。


 どんなに遠くで見ていても、キラキラと輝く黄金の髪……

 ドキドキしながら王女と婚約をした皇太子殿下を見ていたのである。

 遠く離れた所から……



 あれ?

 今……

 私が手を繋いでいる人は誰なんだろう。



「 レティ!? 」

 目の前には優しい瞳で顔を覗き込んで来た殿下の顔があった。

 レティは……

 いつの間にか切ない想いに涙がポロリと零れ落ちていたのだった。


「 どうした? 」

「 なんでもない……目にゴミが入ったの 」

 涙を腕でゴシゴシと拭いて、ウォーミングアップにグレイ班長が教えてくれたメニューをこなして行く。



「 レティ、僕と手合わせをしてみるかい? 」

「 えっ!? 良いの? 」


 アルベルトはレティがどうするかを見ていた。

「 ああ、剣を持っておいで 」


 レティは弾む様に剣が収納されている場所まで駆けて行き、横にあるノートに名前を書き剣を手にした。


 嘘だろ!?

 騎士団団員でも無い君がどうしてそれが出来るんだ?


 まだ自分の剣を持てない新米騎士達は、団の剣を借りる時には必ずノートに名前を書くのが規則である。

 剣はこうやって厳重に管理されている。



 審判はグレイに頼んだ。

 アルベルトが自分でレティの相手をするのは、レティに怪我をさせない自信があるから。


 それよりも……

 彼女が剣を持ち、構えると空気が変わった。

 慣れてる。

 彼女はやはり真剣を持った事がある。



 精神統一した気配が……

 スゥーっと研ぎ澄まされた不思議な感覚が彼女から伝わってくる。


 彼女から踏み込んできた。

 早い……

 前に卒業試合で木剣で手合わせをした時よりは遥かに早い。


 何だ?

 彼女にはスキが無い……


 真剣を持つとこうも変わるのか?

 カンカンと剣の打ち合った音が鳴り響く。


 似ている……

 これはグレイの剣?


 何度も何度もグレイと打ち合っているアルベルトだから分かる事。


「 クッ…… 」

 レティは凄い早さで打ち込んでくる。

 アルベルトがレティに切り付ける事は出来ない。

 レティが剣をかわして避けなければ、彼女が怪我をする事に繋がる。


 アルベルトは思いっきりレティの剣を叩きつけた。

 カーン!!


 レティは剣ごと前に倒れる。

 膝を付くレティに剣を突き付けて終わりにする。



「 止め! 勝者、皇太子殿下 」

 グレイがアルベルトに向かって手を上げる。



「 良い手合わせだった 」

「 有り難うございます 」



 君は……

 一体何者なんだ?


 剣を見ながら嬉しそうな顔をするレティを、アルベルトはずっと見つめていた。




 ああ……

 やっぱり真剣を持つと精神が統一される。

 好きだな……この感覚。


 レティは剣を収納して、次は弓矢の訓練場に駆けて行った。



 いや、もうこれは指摘するまでもない。

 レティは弓矢の訓練場も知っているのだ。


 騎士団の訓練は申請すれば誰でも見学が出来る。

 見学するブースが作られているのだから。


 アルベルトは、学園を卒業してからは朝練だけでは無く、日常の訓練も出来るだけ参加する様にしている。

 それが、見学に来る女性が最近増えた原因だが。


 だから……

 そこから見渡せる範囲なら知っていても理解出来るが……

 弓矢の訓練場は、第2訓練場にありここからは見えない。


 第2訓練場は秘密の訓練をする所。

 決して部外者には分からない場所にあるのだ。



 彼女は間違いなく騎士だ。

 自分でも時折騎士だと名乗る事もあるし、たまに騎士の立ち方をするのも、騎士の敬礼をするのも騎士だからだ。


 何故だ?

 何故騎士なんだ?



「 殿下、リティエラ様は何故真剣を使えるのでしょうか? 」

 グレイが不思議がるのは当然だ。


 いや寧ろこっちが聞きたい。

 レティに剣を教えたのはお前じゃ無いのかと。



 そしてレティはここに来た時に泣いていた。

 大粒の涙の先にはグレイがいた。



 グレイとレティ……

 教えてくれ。

 君達の関係を……





 ***





「 公爵令嬢が皇太子宮に昨夜から滞在してるですと? 」


 イニエスタ王女は凄い形相でギリリと爪を噛んだ。

 ワタクシが一歩も足を踏み入れられなかったアルベルト様の皇太子宮に……


 あの時……

 あの侍女長さえ邪魔をしなきゃ……

 ワタクシがアルベルト様の特別になっていたかも知れないのに。



「 ドネ、今は公爵令嬢を認めてあげなさい 」

 兄の王太子が寛大さを見せる様にと助言をする。


 色々と探りを入れているが……

 公爵令嬢の人気は高い。

 今、彼女を無視する事は出来ない。


「 皇帝陛下や大臣との会談でも、どうしても宰相が邪魔でハッキリとは側妃の事を進言出来ないんだよ。国と国の関係性を重視するには我が国との婚姻が大切だと主張はしてるんだけどね 」


 どちみち皇太子とドネが結婚をすれば、嫌でもドネが皇太子妃になり公爵令嬢は側妃になるんだからと言う。


 それが身分の差。



「 良いわ……それでも…… 」

 ワタクシが皇太子妃になれば、公爵令嬢は側妃。

 いいえ!廃妃として皇宮から叩き出してやるんだから。



 王女は学園で受けた屈辱を忘れてはいなかった。

 あの時の帰れコール。


 何故あの時アルベルト様は、公爵令嬢を不敬罪として処罰をしてくれなかったのかしら?


 だけど……

 学園の下衆な生徒達からの心無い苛めに、アルベルト様が優しくワタクシに寄り添って下さったのも事実。

 そう、あの時公爵令嬢を置き去りにしてワタクシの手を取って下さったのだから。


 アルベルト様は何か宰相に弱みを握られているのかも知れない。

 だから宰相の娘と無理矢理……


 無理矢理と言うのならあの時のキスも、無理矢理ぽかったわ。

 アルベルト様がキスをした様に感じたけれども……

 もしかしたら公爵令嬢がアルベルト様に抱き付き、無理矢理彼の唇を奪ったのかも……



 許せないわ!

 見ていなさい。

 宰相諸とも失脚させるわ。

 王女は血が滲む程に指先をギリリと噛んだ。



「 ドネ、次の皇后陛下とのお茶会に貴女も出席して、皇后陛下に気に入られる様にしなさいね 」

「 分かったわ! お義理姉様。以前から皇后陛下との関係は良好よ 」


 アリアドネ王女は以前にもシルフィード帝国に来ているので、皇后陛下の覚えは良いから他の王女よりは有利だと言う自信があった。




 そしてこの様な話は他国王女達の間でも繰り広げられていた。

 王女であるワタクシが皇太子妃になるなら公爵令嬢が側妃。

 それならばアルベルト皇太子が側妃を寵愛しても別に構わない。


 やがてはワタクシが皇后になる。

 側妃なんて何の権力も持たないただの愛人。

 そこに子が出来たとて、取り上げて皇后の子として育てる例は数多くある。



 王女として育てられた彼女達は、国の為なら他国へ嫁ぐ事も、自分の夫が側室を持つ事も冷静に受け入れられる覚悟がある。

 いや、受け入れなければならない定めなのだ。


 それが……

 国民の税金で何不自由の無い暮らしをしてきた王女としての矜持。




 そしてそんな王女達には、嫁ぐ相手のより高いステータスを必要としている。


 先ずは王太子に嫁ぐ事。

 第2王子や第3王子なんかはハズレでしかない。

 わざわざ他国にまで嫁いだのに、光が当たらない地位なんて死んだ様なものだと。



 その中でも皇太子は別格。

 最上級の物件である。

 王太子よりも地位は上。


 王女達は同じ年代に皇太子がいる事を喜んだ。

 今、世界の帝国はこのシルフィード帝国とサハルーン帝国の2国。

 サハルーン帝国の皇太子も若くて独身だが、国の3分の1が砂漠で暑い国と聞く。


 そして何より、同じ様にドラゴンに襲撃されて、サハルーン帝国は壊滅的なダメージを追ったのに、シルフィード帝国は皇太子の魔力で被害はゼロだった事も、アルベルト一択になった理由である。


 その上に世界一美しいとされる美貌の皇子なのである。



 絶対に逃す訳にはいかない。

 こんな世界最強最高の皇太子を、自国のただの公爵令嬢なんかに奪われる訳にはいかないのである。



 先ずはその公爵令嬢を見なければ。

 噂では彼女の様相は酷いものだと聞く。

 あれ程の美丈夫であるアルベルト様には釣り合わないとか……


 王女達は公爵令嬢のお披露目がある今宵の晩餐会を注視していた。







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― 新着の感想 ―
[気になる点] レティは騎士団の訓練でムジカクに色々してふしんがられているので、前の人生をそろそろ皇子様に言う時期なのでしょうか?皇子様にも前に言われてるしね。 [一言] あ~腹がたちますね‼イニエス…
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