王女達の攻防戦
「 アルベルト様、ワタクシのお茶会にご招待をしても宜しいかしら? 」
甘ったるい声を出すオルレアン国の王女が、今、アルベルトの執務室に押し掛けている。
各国の要人達は皇都にあるホテルに滞在するが、王族は警備の都合上、皇宮の客室に滞在する事になっていた。
来国している王女は4人。
港に出迎えに来たアルベルトに一目惚れをした王女達の、彼を射止める為の攻防戦は始まっていた。
「 申し訳ないが、その時間は会談があるので行く事は出来ない 」
アルベルトへの要望は付き添って来ていた侍女に言付ければ良いものを、毎回王女達自らアルベルトの執務室に押し掛けて来るので、執務が滞り困り果てていた。
各国の要人達も皇太子との会談を希望しており、アルベルトは分刻みに忙しくしていたのである。
「 一層の事、リティエラ様をここにお呼び致してはどうです? 」
クラウドが魔除け代わりにレティを呼ぼうと考えたのには、溜まった資料の整理を頼みたかった事もある。
クラウドはレティの文官としての能力を高く評価していた。
学園が終わってからここに来て頂いて、アルバイトをして貰おうと提案する。
「 お前なぁ、俺の婚約者を何だと思っているのか? 」
呆れるアルベルトだったが……
確かにこの部屋にレティが居てくれたら……と、考えただけでも胸が高鳴る。
「 駄目だ! 駄目だ! ジルが居た時にイニエスタ王女に散々な目に合わされていたんだろ? レティをそんな目に合わせる訳にはいかない 」
それは……
アリアドネ王女が軍事式典の時に来国していた時。
暇をもて余していた王女がちょくちょく女官室にやって来ては、ジルを苛めていたと言う話は後に彼女から聞いた話。
平民で若いジルがアルベルトの側にいるのが気に入らなかったのである。
アルベルトはレティも同じ目にあっていたと言う事は知らない。
王女に待ち伏せをされ、差別的な事を言われたスポーツ大会の夜の事は知る由も無かった。
「 では何時なら宜しいのですか? 」
断っても断っても食い下がるオルレアン王女。
王女達との交流も大事な外交の1つなのでこれ以上は無下には出来ない。
「 では、明後日の3時に私のお茶会に招待致します 」
「 分かりましたわ、楽しみにしておりますわ 」
やっと王女が居なくなり、ホッとしたのもつかの間……
入れ替わりに他の王女がやってくる。
「 アルベルトさまぁ、オルレアン国の王女とお茶会のお約束をされたのは本当ですか? 」
「 では、明後日の3時に私とお茶会を……… 」
コンコンコン……
「 明後日の3時に私と…… 」
コンコン……
「 明後日の3時に……」
王女達とは1度お茶会をすれば十分だろう。
皆纏めて片付けてやる!
そう思ったアルベルトだったが、2人だけでお茶会をすると思っている各々の王女達は、明後日の3時を楽しみにしたのだった。
そんな明後日の前日に、アリアドネ王女が来国してきたのである。
***
「 素敵な殿方ですわね 」
ワタクシ思わず見とれてしまいましたわと、皇帝陛下と皇后陛下に挨拶を終えた王太子夫婦が案内された客室でソファーに座り、お茶を飲みながら静かに話す。
他の要人達は近くのホテルに期間中滞在をするが、王族の滞在先は警備上宮殿の客間である。
「 おいおい……」
慌ててカップをソーサーに戻して妃の手を握る王太子だが、この王太子妃もまた他国の王女であった。
「 ドネがアルベルト皇太子殿下に執着するのも分かりますわね 」
「 ああ…… 」
王太子はアルベルトよりも8歳年上である。
まだ王太子であった父に連れられてシルフィード帝国に来た時に、子供の頃のアルベルトに会っている。
小さい頃から美しい皇子だと思っていたが……
これ程の美丈夫になるとは。
それにアルベルト皇太子はドラゴンをも倒した雷の魔力の持ち主。
婚約者はいるが彼女は公爵令嬢だと聞く。
側室を認められているシルフィード帝国なら、他国もほおってはおかないだろう。
これは我が国も名乗りを上げるべきである。
シルフィード帝国の皇太子妃……やがては皇后陛下。
こんなに魅力的な話は無い。
アルベルト皇太子なら……
父上の無茶な相手との婚約を帳消しに出来る。
可愛い妹を、あんな年上の男……それも公爵に嫁がせるなんて……
ドネには何としても頑張って貰うしかない。
***
約束のお茶会に王女達4人が顔を合わせて唖然としている。
どう言う事?
2人だけのお茶会では無いの?
お茶会の準備をしたクラウドが立ち尽くす王女達に席に付くように促す。
「 クラウド様! これはどう言う事ですの? 」
「 皇太子殿下主催のお茶会でございます 」
「 どうして2人だけのお茶会を開いては下さらないの? 」
「 殿下はお忙しい身でございます。それに2人だけのお茶会は婚約者がおられる殿下にとっては本意ではありません 」
それは……
王女達もアルベルトには寵愛している婚約者がいる事を知っている。
そんな風に言われたら何も言えないのだが、王女達はそれでも怯まない。
そこに……
アリアドネ王女がやって来た。
「 ここかしら? アルベルト様主催のお茶会のサロンは? 」
皇太子殿下がお茶会を開くと聞き付けてやって来たイニエスタ王国のアリアドネ王女は、どの王女よりも背が高くスタイル抜群でその美しさは群を抜いていた。
そして……
ここにいるどの王女の国よりイニエスタ王国は大国であった。
「 あら? 皆様ワタクシに自己紹介をして頂けますかしら? 」
「 何故貴女に自己紹介をしなくてはならないのかしら? 」
先にマウントを取りに来ているアリアドネ王女に、オルレアン国の王女も負けてはいない。
オルレアン国はイニエスタ王国の次に大国であった。
「 こっそりと荷物に紛れてやって来たくせに笑わせるわ 」
「 それに貴女とアルベルト様の婚姻は破談になったのでは? 」
「 だからこっそりとシルフィード帝国にやって来たのかしら? 」
他の王女達も参戦する。
王女と言う身分はどの国の王女であっても同等なのであるから。
「 なっ!?………… 」
顔が真っ赤になりワナワナと震えるイニエスタ王国の王女。
「 破談になどなっておりませんわ。あれはシルフィード帝国民が、ワタクシを皇太子妃にと願うあまりに流した噂話ですわ 」
……と、扇子で口を隠しながら言う。
睨み合う王女達。
ワタクシこそがアルベルト様に相応しいわと、自分の良いところを言いバトり始めた。
うわ~……無駄な争いをしてる……
王女達の醜い争いを静観しているクラウドは呆れ顔だ。
そこにアルベルトがやって来た。
お茶会のサロンはレティがお妃教育をしていたサロンで、廊下側もガラス窓で、外からも中からも見えるオープンなサロン。
窓ガラスから見えるアルベルトに王女達は先程の醜い争いを止めて、ボーっと見とれていた。
スタスタと長い足で歩くアルベルトは、ブロンドの髪はキラキラと輝き、優しげなアイスブルーの瞳は真っ直ぐに前を見て、スッと高い鼻の整った横顔も国宝級に美しい。
「 遅れてすまない 」
入ってきたアルベルトを王女達がカーテシーをして出迎える。
「 アルベルト様 」
直ぐにイニエスタ王女がアルベルトに駆け寄り腕を回す。
「 お茶会は久し振りでございますね。前回は2人だけのお茶会でしたのに、今回は残念ですわ 」
ここにいる王女の中で、アルベルトと面識があるのはイニエスタ王女だけである。
「 それに……また、オペラ観劇にご一緒したいですわ 」
アルベルトの横で、ドヤ顔で見下すイニエスタ王女に他の王女達は悔しさに歪んだ顔をする。
王女の手を振りほどきアルベルトは王女に席に付くように促す。
丸テーブルに椅子は5脚。
「 あら!? 呼ばれてもいないのに図々しく押し掛けて来たマナーの無い方がいらっしゃいますのね?」
オルレアン王女が言うと、他の王女達も扇子を口元に持ってきてクスクスと笑う。
「 それは…… 」
アルベルトに懇願する視線を投げ掛ける裏で、王女は他国の王女達を睨み付けた。
「 クラウド! 椅子の手配を! 」
「 アルベルト様、お気づかい有り難うございます 」
直ぐ様イニエスタ王女も参加する様にしたアルベルトに涙を拭いながら感謝するが……
ニヤリとほくそ笑む王女を見てしまったクラウドは、庇護欲を感じさせる様な見事な泣き真似に、女のあざとさを知るのだった。
そうしてアルベルト皇太子殿下と王女達5人のお茶会が始まった。




