星空の下でのワルツ
翌朝ポンコツ旅の10人はディオール邸を出発する。
昨日の今日でこのまま領地を走るには大騒ぎになりそうだからと、まだ夜が明けぬ内にリンデン爺達数人に見送られただけでこっそりと出立した。
結局、買い物を予定していた昨日は、ドラゴン襲来でそれどころでは無くなった。
しかし、今日ここを発たないとラウル達の文官養成所とエドガーの騎士養成所の授業に間に合わなくなる。
学園と違って各養成所の夏休みは1週間と短い。
「 俺達は一体何をしに来たんだ? 」
俺は店の装飾品を買いに来たのにとラウルが嘆く。
「 それにしてもアルがいなけりゃ俺の領地はどうなっていたか……アル! 有り難うな 」
レオナルドは改めてアルベルトにお礼を言った。
「 いや……これは帝国への……いやきっと俺への戒めだ 」
平和な御代に胡座をかいてはいけないんだと彼は言う。
アルベルトは帝国の皇太子であり最高指揮官である。
ラウル達は改めてアルベルトの背負った物の大きさを認識した。
凄いな……我らが皇子は。
もう俺達よりどんどん先を歩いている。
俺達も頑張らなきゃな。
親父達の様に……
やがて皇帝になるアルをしっかりと補佐出来る様に。
「 エド! もっとスピード出せないの? こんなんじゃ牛に抜かされるわよ! 私と代わって! 」
「 煩い! お前にはぜーったいに手綱は握らせない 」
御者のエドガーと横にいるレティが揉めている。
「 しかし……何でレティは医者なんだ? 」
「 それは俺が聞きたい 」
大体あいつは何時も試験勉強さえしてないんだぜとラウルが言う。
「 頭はともかく、医者の技術は他の医師に張り付いて学ぶんだろ? 」
そんなもの何時やってるんだ?とレオナルドが頭を捻る。
「 いや、レティは医師になる前から足の傷を縫う医療行為が出来ていた 」
アルベルトが言うそれは、騎士クラブで怪我をしたノアの足の傷を縫った時の事であった。
レティは、領地でとか医学書を読んでとか言っていたが、アルベルトは勿論だが、兄であるラウルも納得のいく正解が出なかった。
「 それよりあのデカイ顔のリュックは何なんだ? 」
あのリュックの中からは何でも出てくるぞと3人は笑った。
「 それに弓矢はどうなんだ? 」
「 ああ、それに関しては庭に的を作って練習してる 」
ラウルは庭で弓矢の練習をしてる事を知っていた。
勿論、母親には秘密にしてくれている優しい兄である。
「 なあ、アル……皇太子妃になる条件って何かあるのか? 」
騎士であり、医師であり、薬師である必要があるのかとラウルが聞く。
「 いや? 特に必要なものは無い。まあ基本は俺が好きかどうかだ…… 」
それは満点だと嬉しそうにアルベルトは笑う。
ハイハイ……
それは今更言わずもがなだとラウルとレオナルドは苦笑いをした。
「 エドガー! 俺と代われ! 」
「 レティに運転させたら許さないからな 」
アルベルトはエドガーと御者の交代をする。
スピードを出したらレティが喜ぶので、スピードを早めたらまたもや馬車の中がシェイク状態になり、怒ったエドガーと交代させられる。
彼等はポンコツ旅を大いに満喫した。
馬車を運転するのは、皇子のアルベルトだけで無く高位貴族令息であるラウル達も、このポンコツ旅で初めて経験した事。
こうやって彼等は何でも一緒に、初めてを経験してきた悪ガキ達なのであった。
そして……
騎士で医師で薬師……
彼等は皇都に帰ると、程なくしてレティのもう1つの顔を知る事になる。
***
皇都へ帰るには道中2泊する必要がある。
前もって予約をしてないポンコツ旅だったので、部屋が思う様には取れない。
2人部屋が3部屋。
その内の1部屋はグレイ達騎士達が夜中に交代でアルベルトの護衛で使うので問題は無かった。
残りは2部屋。
普通なら皇太子が相部屋などあり得ないので1部屋を使うのだが、そうなると悪ガキ3人とレティが同じ部屋を使う事になる。
これは当然ながら許されない。
「 俺がレティと1部屋を使う! 俺達は婚約してるんだから何ら問題はない 」
「 いやある! 結婚もしてないのに、それは兄である俺が許さない 」
アルベルトとラウルが睨み合う。
「 私はアルは嫌よ! お兄様と泊まる 」
レティにハッキリ嫌だと言われて、アルベルトはショックでよろめく。
「 それは駄目だ! 兄妹でも俺は絶対に許さない 」
「 どうしてだ? 俺らは同じ屋根の下に住んでるんだぜ? 」
「 それでも同じ部屋にはいないだろうが! 」
ちょっと意味がわかんないわとレティは言うが、アルベルトは断固として許さず、結局レティ1人、悪ガキ4人の部屋割りになったのだった。
「 殿下、我々は全員外でも構いませんので、この部屋をお使い下さい 」
「 いや、お前達も少しは寝ないと駄目だ 」
主君と臣下が尊い。
レティが感激してうるうるしていると……
「 そうだ! 特別扱いをしないのが、この旅のルールだからな 」
ラウルの悪そうな顔が、何だかムカついたレティなのであった。
***
楽しい旅は終わりに近付いた。
最後の夜は、宿場町が夏祭りをやっていたので、皆で繰り出して楽しむ事にした。
「 あっ! 」
レティがジェラートのお店の前で足を止める。
「 何にする? 」
「 イチゴとミルクとチョコ味 」
「 3つも食べるの? 」
ウフフ……
コーンの上に乗った3段のアイスクリーム。
灯りが灯るベンチに2人で座り、ペロリとひと舐めする。
「 美味し~い 」
「 どれ? 」
アルベルトも横からペロリと舐めた。
その迫ってくる綺麗な顔にドキドキする。
「 アルは買わないの? 」
「 それを貰うから良いよ 」
そう言いながらまた顔が迫ってきて、アイスをペロリと舐める。
舐めた時に唇に付いたアイスを舌で舐め取る仕草が色っぽい。
それをこんな至近距離でやられるもんだからドキドキしてしまうのは仕方ない。
「 どうしたの? 溶けるよ 」
「 はい…… 」
レティは真っ赤になって俯きながらただひたすらにアイスを舐めた。
ランタンが灯った灯りが2年前のあの夏祭りを思い出す。
2人が初めて手を繋いだ時。
殿下の気持ちに気付きながら知らない振りをしていた頃。
好きになっては駄目だと自分の気持ちに蓋をしていた頃。
そんな切ない気持ちを思い出して泣きそうになる。
殿下も思い出していたのか、繋いだ私の手の甲にキスをしてきた。
殿下の1つ1つにドキドキするのはあの頃と少しも変わらない。
「 レティ……踊ろうか…… 」
広場では人々が楽しげな音楽に合わせて踊っている。
見よう見まねで2人でキャアキャア言いながら踊る。
すると曲がワルツに変わった。
アルベルトが腰を折り、右手を差し出し、左手を胸に当てながら言う。
「 リティエラ嬢、私と踊って頂けませんか? 」
ランタンの光りに灯されキラキラ光る黄金の髪。
優しいアイスブルーの瞳は限りなく甘い。
背の高い私の大好きな皇子様。
レティはクスッと笑って
「 はい、喜んで 」
ワンピースの裾を持ち、最上級のカーテシーをして、アルベルトの手に手を乗せた。
ワルツの曲に合わせて2人は踊り出す。
曲のリクエストをしたのはレオナルド。
領地を守る為に頑張ってくれた2人へのささやかなプレゼントだ。
「 お前、粋な事をするじゃないか 」
「 主君を喜ばせるのが臣下の務めだよ 」
「 うん……2人共幸せそうだ 」
兄達は静かに笑って2人を見つめている。
誰もが分かる高位貴族の、平民には見る事の出来ないダンス。
優雅で気品溢れるダンス。
皆が2人を取り囲んでうっとりと見ている。
豪華なドレスでも無く、素敵な夜会服を着ているわけでも無いけれども、愛し合っている2人のロマンチックなダンスは、人々を魅了する。
「 わぁ……皇子様とお姫様みたい 」
小さな女の子が、手を胸の前で組ながら夢見る様に言った。
明日の夜には皇宮に到着する。
アルベルトは皇太子として、レティは学園の学生として、それぞれの生活が始まる。
2人で過ごす最後の夜。
星空の下で……
見つめ合う2人に言葉はいらない。
ずっとずっと視線を逸らさずにただただ見つめ合いながらダンスを踊る。
手を取り合い、身体を寄せ合い、ドキドキしながら……
2人の忘れられない想い出となった。
しかし……
幸せな2人に運命の時が近付いていた。
***
「 皇子様がご帰城されましたーーっ!! 」
門番の御触れの声と帰城を知らせるラッパの音が、外門から内門へ、更に正門まで次々に鳴らされる。
先に出していた早馬車の御者に、この日に帰城する事は伝えてあった。
クラウド、モニカ……沢山の人々が出迎える。
アルベルトはレティの手の甲に別れのキスをして、公爵家の馬車から下りた。
顔はもう皇子様の顔になっていた。
「 今、帰った 」
「 お帰りなさいませ 」
一同が頭を垂れる。
アルベルトは一同を引き連れて巨大な宮殿に入って行った。
グレイ達を労いながらクラウドが馬車に向かって手を上げた。
ラウルの運転をする公爵家の馬車は、それを見届ける様にしてカラカラと皇宮を後にした。
ラウルの表情には安堵の色があった。
色々あったが皇子が無事で良かった……
この話でアルベルトとレティの旅の話は終わります。
アルベルトとレティの絆だけでなく、2人を取り巻く人々の立場を知る旅にしたいと思いました。
アルベルトだけじゃ無く、ラウル、エドガー、レオナルドの成長を感じて頂けたらと思います。
物語も中盤に入りました。
アルベルトとレティの物語を最後まで見届けて頂けたら幸いです。
読んで頂き有り難うございます。




