俺達の作る道
馬車の手綱はラウルが握っていた。
彼は分岐点で右に曲がった。
「 おい! 迷ったのか? 俺の領地は真っ直ぐだぞ? 」
隣に座っているレオナルドが慌てる。
「 こっちに行く方が面白そうだ! 」
「 そう言う事ならオッケー 」
まだ若い彼等の基準は何時でも面白いか面白く無いかなのである。
「 ディオール領地へ行く道は真っ直ぐだが? 寄る所でもあるのか? 」
騎乗しているグレイも急な方向転換に慌てて聞きに来る。
「 問題ないよ 」
「 想定内だ 」
グレイは眉をしかめて後ろに下がる。
そうしてポンコツ旅は彼等の思い付くままに適当に進んで行くのだった。
しかし……
適当な旅にはハプニングが付き物である。
「 橋が無い…… 」
橋が壊れていて川を渡れないのである。
それが3ヶ月もこのままなのだと聞いた。
もう辺りは暗くなっていたので、これ以上馬車を走らせるのは危険だ。
近くに宿が無ければ、また野宿の可能性も出てきたのである。
これにはグレイが怒りを露にさせた。
ここには皇太子殿下と婚約者がいるんだぞと。
ディオール領地に行くなら、何故真っ直ぐな道を行かなかったのかと……
「 はぁ? 勝手に付いて来たのはあいつらだろうが! 」
「 しかし、お2人がいるのならより安心安全な道を選ぶべきだ! 」
ラウルとグレイが一触即発である。
「 茶番だわ! 」
レティが馬車から下りてきた。
皇都から帝国の3大貴族の領地に行くまでの道は、人の往来の多さや、この3大貴族に睨まれてしまうのが嫌な事もあり、他の領地の領主も道の整備には金をかけてきちんとしていた。
だからディオール領地に行く為に道を真っ直ぐに進むと、こんなハプニングには巻き込まれなかった筈である。
皇太子殿下の護衛として来ているグレイとしては当然の言い分である。
そもそも、皇太子殿下の視察そのものが、女官達が苦労して安心安全を思案して考えた経路である。
そしてその視察がどれだけ大切な事も皆は分かっている。
両陛下も夫婦揃って、地方へは頻繁に視察に出掛けている。
皇族の視察は帝国民との交流を図る事に重要な役割を果たしているのだから。
皇太子殿下が自分の村に来るとなった時の人々の喜びようは、沿道での歓迎ぶりでそれを物語っている。
しかし……
ボルボン伯爵の領地への視察はルーカスの指示で水面下に準備し、ボルボン本人にはギリギリのタイミングで告げたのだった。
それでも……
レティの茶番発言が無かったらあの不正に気付く事は無かったかも知れない。
ボルボン伯爵は今、ルーカスから激しい追及をされている事であろう。
馬車から下りて来たレティはグレイと向き合う。
「 グレイ様……グレイ様の仰る事は騎士として当然の事です。 だけどそれでは見えるものも見えないわ。 安全な道、決められた道よりも時には迂回も必要な事よ。特に上に立つ者としてはね 」
私の男に触るなと嫉妬丸出しで女達を撃退し、大食いで町の英雄になった女とは思えない発言である。
「 グレイ、お前達の立場は分かるが、俺はこいつらに付き合いたいと思う 」
アルベルトは皆に、ボルボン伯爵領地での事を話した。
レティが茶番発言をしなければ、ボルボン伯爵の不正に気付く事は無かったと……
「 流石ウォリウォール家の娘だ! 」
ラウルは嬉しそうにレティの頭を撫でた。
レティはアルベルトの話に驚いた。
自分の茶番発言がここまで彼の心を動かしたとは思わなかったのである。
あの時は……
痩せ細った領民達に不信感を抱いただけなのだから。
「 大丈夫よ!グレイ班長! いざとなれば私が殿下をお守りします 」
1番側にいる私が命に代えても……
「 もしもーし? 皇子様を守る婚約者の話なんて聞いたことが無いんだけど? そんなに俺は弱い? 」
アルベルトが息巻くレティの顔をおどけながら覗き込む。
「 いや……強いけど…… 」
いや、寧ろ誰よりも強い。
そもそもこの皇子に護衛は必要なのか?
でも……
皆が貴方を守りたいのよ。
帝国の唯一無二の皇子様を。
「 グレイ……申し訳無いがこの旅は黙ってこいつらに従ってくれ 」
「 我々は殿下の赴くままに…… 」
アルベルトがそう言うとグレイ達は手を胸にやり頭を垂れた。
***
「 ここは確かキリエン伯爵領地……帰城したら直ぐに修復する様に命じよう 」
全員が壊れた橋を見る。
旅人だけで無く村の人達が生活に困っていると言う。
「 この橋を皇宮政府負担で修復する事は出来ない? 」
「 えっ!? 」
レティの突然の提案に皆が驚く。
「 何か考えがあるのか? 場所を移動しょう 」
夕飯もまだだからと、この付近に一軒だけある食堂にやって来た。
運良くもその食堂の2階は宿泊する事が出来るらしい。
部屋を取り、安堵して皆で食事をする。
勿論皇族が宿泊する様な立派なホテルでは無いので、風呂やトイレは部屋には付いていなかったが、昨日の野宿を経験したからか、トイレもちゃんとあり、風呂に入れてベッドで寝れると言う事だけでもレティは有り難く思うのだった。
「 レティ、さっきの話だけど、政府では特定の領地の支援は出来ないんだよ。領主が申請してくれば別だが、そんなことをすれば領地経営不適として政府に没収されるかも知れない危険がでてくるから、領主は絶対に申請なんかしてこないよ 」
「 特定じゃなく、帝国全部の道を政府で管理すれば良いと思うの 」
「 全部の道だって? 」
レティの話はこうである。
帝国の道全部を皇宮政府の所有とすれば、どの道も平等に立派になり、誰もが自由に領地を行き来出来て領地民の生活ぶりも分かると言う。
領地によっては領主の勝手な行いで、通行料を高くしたりする所もあり、人々の行き来がしにくくなっている。
行き来をしなければお金を落とさず、経済の発展が出来なくなると言う懸念があると言うのである。
「 領主が道を手離さないと思う 」
アルベルトが言う。
「 道を政府が買い取れば、整備や修繕も政府がするとすればどうかしら? 」
政府が直ぐに修繕をすれば今回の橋みたいに放置する事もなくなるのである。
「 成る程、整備や管理を政府が金を出してするとなれば領主達も飛び付くかも 」
ラウルが身を乗り出して言う。
領主も道や橋の修繕には人手や材料にお金がかかるので中々着手しない事もあるのだった。
「それから、新しく道を作ったり整備する時は貧しい人を雇うの。公務に準ずる者として 」
貧しい人達も生活が豊かになり、何よりも公務に準ずる仕事をしてると言う事が、仕事への意識が高まるとレティは言うのである。
「 新しく道が出来れば、そこに人々が移り住み、町が出来て領地も発展する 」
「 道が出来れば他国からも来やすくなり、お金を落としてくれる 」
エドガーもレオナルドも口々に利点を考え出して来た。
レオナルドが馬車の車輪を脱輪させたのも、別のルートで走らせて来たので、彼の荒い運転だけのせいでは無く、通って来た道がガタガタで、馬車が通る道としては不適切な道だったからであった。
「 道か…… 」
アルベルトは口元に手をやり何かを考えている。
「 そう、今回の旅で道の大切さを考えたの 」
レティがアルベルトを見ながら静かに話す。
「 うちら見たいに大貴族の領地民は皆が豊かだけど……そうでない領地民もいる…… 」
確かに領主によって差があるのは頂けないなぁと言うのはラウルである。
「 実際にボルボン伯爵の領地民は酷かったわ。お父様が調査をしていても、今回みたいに摘発されるまでは領地民達はあんなに痩せて苦しんでいたのよ 」
現実を見てきたレティには説得力がある。
彼女は医者でもあるのだ。
「 帝国民は皆が平等に幸せであるべきだな……」
アルベルトは何かを決意したみたいだった。
この後、アルベルトは領地改革の一環として、帝国の全ての道を帝国政府が買い取り、維持管理していく方針を議会で可決させるのである。
それをするには莫大な費用と気が遠くなる程の時間がかかるが、帝国の発展への第一歩になる事は必須であった。
皇帝陛下やルーカス宰相を初め各大臣達は、若き皇太子のキラキラした瞳に目を細めたのは言うまでもない。
この夜、5人は膝を付き合わせ、何時までも帝国の未来の話に花を咲かせたのであった。
そう……
3度目の人生でのガーゴイルが出現したあの地は、まだ整備されていない寂れた土地だったので、道なんかあって無いような物だった。
それが……
今回はもうきちんと整備されていた。
殿下の力で……
レティは顔を上げてアルベルトの横顔を見つめる。
彼は横顔もとんでもなく美しかった。
この人がいるなら……
この人と一緒なら未来は変わるかも知れない。
じっと見つめているレティに気付いたアルベルトは、なぁにとばかりに眉毛を上げて彼女を覗き込んで来た。
私はこの顔がとても好きである。
口パクで「 ダ・イ・ス・キ 」と言うと、彼はその美しい顔を破顔させた。
ハチャメチャな悪ガキ達も成長をしています。
彼等の成長を感じて頂けたら幸いです。
読んで頂き有り難うございます。




