スィーツの英雄
馬車が無い。
あんな大きな馬車が無いのである。
盗まれたのだ。
馬2頭と共に。
幸いにも騎士達が乗ってきた馬は、別の場所に繋げてあったのでどうにか無事だった。
アルベルトも皆もリュック型のバッグ1つを持っての旅だったので、昨夜はそのリュックを枕にして寝た事で、起きた時にそのまま肩から下げて移動したのが幸いだった。
盗まれたのは馬車に乗っていたレティのドレスや下着の入ったトランクだけ。
今身に付けているのはローリアが買って来てくれたピンクのドレスで、家から持って来たドレスと乗馬服と下着と虎の穴から至急された白のローブがトランクの中に入っていたのである。
他の衣類は諦めが付くが、この白のローブの紛失が痛かった。
ローブは皇宮から至急された特殊な生地で作られた特別な物なのであるから。
「 リティエラ様……本当に申し訳ございません……誰か1人でも見張りを置いとくべきでした 」
グレイや騎士達が苦痛の顔をして謝罪して来た。
「 何で貴方達が謝るのよ!? 悪いのは盗んだ奴等よ! 」
レティはわなわなと震える拳を握り締め、仁王立ちになり叫んだ。
「 この糞やろーーっ!! 私のドレスと下着とローブを返せーーっ!! 」
「 レティ! 糞って何だ、糞って!公爵令嬢が言う言葉か! 」
……と、ラウルに頬っぺを捻り上げられた。
「 痛いの…… 」
アルベルトがヨシヨシとレティの赤くなった頬をなでなでしていた。
「 どうしましょう……白のローブを盗まれちゃった…… 」
レティはアルベルトが騎乗している前に横座りをし、2人で馬に乗っている。
皆も馬に2人乗りをして移動をする。
「 仕方無い…… 」
パカパカと馬の蹄の音だけが空しく響いた。
***
昨夜乱闘騒ぎを起こした町へ向かう。
馬車は既製品では無いのでそこらには売っていない。
仕方無いので馬を買うか借りるか……
しかし、馬も町ではそう簡単には手に入らない。
牧場に買い付けに行って初めて自分の物になるのである。
誰かから高値で買い受けるしかないか……
アルベルトはレティが一点を見つめ固まっている事に気が付いた。
どこを見てるのかと視線の先を追うと……
『スィーツ大食い大会に挑戦!』
『賞品は……なんと馬車と馬2頭! エントリーは早い者勝ち 』
……と、言う貼り紙を見ていた。
「 やるわ! 私やるわ! 」
ピョンと馬から飛び降り、貼り紙の前に走っていく。
大食い大会。
詳細はこうだ。
AコースからCコースまであり、Aコースはスィーツ10個食べたら水筒が貰え、Bコースは30個食べたら懐中時計、Cコースは50個食べたら馬2頭付き馬車が貰えると言う。
エントリー金を支払えば誰でも参加出来るのだった。
「 賞品は馬車って本当? 」
「 ああ、綺麗なお嬢ちゃん、馬車はさっき2人組の男達から買ってね、賞品にしようと思い付いたんだ 」
「 さっき買ったぁ!? 」
店の横には馬車と馬が。
「あーーっ!!うちの馬車と馬ーーっ!!」
ラウル達が乗ってきた馬車はウォリウォール家の家紋は入って無いが、お忍びの時に使う公爵家家の馬車で、馬も公爵家の馬である。
馬はレティを見て、ブルンブルンと鼻を鳴らした。
中を覗けばレティのトランクがそのままにある。
「 お兄様! これ盗まれたうちの馬車よ! 私のトランクも中にある! 」
みんなが駆け寄って来て話を聞く。
話はこうだ。
先程男達が馬車を買ってくれる所は何処だと聞いてきた。
安くても良いから直ぐに金に換えて欲しいのだと言う。
そこで、賞品にしようとこのスィーツ店の店主が買い取ったと言う訳である。
この店主には罪はない。
アルベルトが倍のお金で買い取ろうと交渉をしだしたが、レティが待ったをかけた。
ダンと足を開き、顎をクイッと上にあげ、腰に手をやる。
「 私がCコースに挑戦して賞品の馬車を頂くわ! オーホホホ…… 」
何故か悪役令嬢になった。
すかさずアルベルト達4人が可愛い可愛いと頭を撫でる。
レティの悪役令嬢はたまらなく可愛いのである。
リティエラ様の悪役令嬢……
可愛らしい……俺も頭を撫でたい……と思う騎士達なのであった。
「 レティ……50個は無理だよ 」
アルベルトが心配そうに言う。
「 大丈夫よ、丁度スィーツ不足だったの 」
アルベルト達が来なければ、その日はクッキーやケーキを焼くつもりでいたのだった。
翌日には出発しての今だから、スィーツは殆ど口にしていなかった。
レティのスィーツ大食いに挑戦すると言う、かねてからの念願が今ここに叶えられた。
「 さあ! 制限時間内に50個食べられるか!? 」
店やみせの前には凄い人だかりが出来た。
イケメン達9人に見守られて、美しく小柄で華奢な少女が大食いに挑戦してるのである。
因みに、皇后宮騎士団長第1部隊は皇宮の花形なので、やはり容姿も考慮されての選出だからこの5人もかなりのイケメンである。
「 おじさん! おじさんの店のスィーツ美味しいわ 」
レティがいちいち美味しい美味しいと感激するもんだから、店の店主は気を良くする。
「 行けますよこれ! 」
ケチャップが興奮する。
先の旅の途中で開催した騎士達とのスィーツ大食い大会では、甘いもの好きなケチャップに勝ったレティであった。
「 美味しい 」
……と、目を細めてニッコリと笑うレティに皆がドキリする。
いつの間にか49個目を食べ終え、残るは後1個。
流石にレティも苦しそう。
そこに出てきたのが特大のホールケーキだった。
「 オヤジ! 卑怯だそ! 」
イケメン9人だけで無く、ギャラリーからも凄いブーイングが起きる。
皆がレティを応援していた。
「 これは我が店の1番人気の自信作だ! これを食べなくっちゃ賞品は上げられないな 」
「 自信作……頂きましょう! 」
レティがグラスのレモンウォーターを飲み干し、フォークをホールケーキに入れた。
やはり公爵令嬢である。
食べ方も優雅で品があり皆がレティの所作にみとれる。
最後の一口を可愛らしい口に入れて、レティはやり遂げた。
盗まれた公爵家の馬車と馬とレティの荷物の入ったトランクは、公爵令嬢自らの腹で取り返したのだった。
「 レティ、お前凄いな 」
レオナルドが頭を撫でるとエドガーも撫でながら言う。
「 こんなちっこい身体の何処にあれだけのスィーツが入ったんだ? 」
ギャラリーからの歓声が店の外に出ても上がる。
アルベルトはヒョイとレティを自分の肩に座らせた。
拳を天に突き上げると凄い歓声が上がる。
この日レティは町の英雄になった。
***
勝ち取った馬車の中で、レティはアルベルトに凭れて寝ている。
お腹が満たされ気持ち良さ気にスヤスヤと寝息を立てている。
「 アル……本当にこいつで良いのか? 」
馬車の中にはアルベルトとレティとラウルがいた。
エドガーは御者として手綱を操り、レオナルドはその横に座っている。
御者の後方にある小さな窓が開いているので、2人の声は彼等にも聞こえていた。
「 こんな奴が本当に皇太子妃になっても良いのか? 」
俺はハチャメチャなこいつが皇太子妃だなんて……
帝国の未来が不安になって来たよと、ラウルがレティの頬をつつきながら言う。
「 帝国民から慕われる立派な皇太子妃になるよ 」
「 …………ああ、それは兄の俺が太鼓判を押す 」
立派かどうかは知らないがね。
……と、頭を横に振る。
「 それから…アル…俺達無神経だったな 」
「 ……聞いていたのか……子供の頃の話だよ。俺はお前らに会えた事に感謝してる。これからも今まで通りに宜しく頼むよ 」
「 う……ん……まだ食べれます 」
レティが寝言を言う。
「 こいつまだ食うつもりでいるよ…… 」
クックと2人で笑う。
エドガーとレオナルドは2人の会話を静かに聞いていた。
騎士養成所に入所しているエドガーだけではなく、文官養成所に入所しているラウルやレオナルドも、皇室への忠誠を厳しく教え込まれている。
しかし……
彼等はアルベルトに躊躇うこと無く普段通りに接している。
親達からアルベルトは特別な人だと教わっても……
盾になり守れと言われても……
彼等はアルベルトに友達として接した。
何故なら
アルベルトがそれを望んだから。
アルがそれを望む限りは……俺達は友達でいる。
そして……
皇太子妃がこのレティなんだから
彼等の側にいる事が面白く無い筈が無いではないか。
「 それにしても……レティの食いっぷり…… 」
「 大食いで英雄になる未来の皇太子妃って…… 」
エドガーとレオナルドはクックと笑った。
馬車はカラカラと静かに次の目的地に向かって走る。
いや……
次の目的地なんて決めてない行き当たりばったりのポンコツ旅だが……
誤字脱字報告を有り難うございます。
激しく感謝しておりますm(__)m
読んで頂き有り難うございます。




