ポンコツ旅の始まり
1台の馬車が走る。
何の変哲もない馬車である。
しかしその周りには騎乗した護衛らしき者が5人程駆けている。
周りから見たら貴族の坊っちゃんの旅に、多すぎる護衛を付けてるなと思う程度だが、まさかここに皇太子殿下が混じってるとは夢にも思わない。
そして……
そのまさかの中にもう1人、皇太子殿下の婚約者が混じってるのだ。
「 キャーハハハハハ 」
「 うわーーっ! レティ止めろー!! 」
御者の席に座って手綱を握っているのは美しい貴族のお嬢様である。
彼女は立ち運転をしており、横にいる金髪の美丈夫の貴族の男は彼女の翻るスカートの裾を懸命に押さえて叫んでいる。
「 グレイ!! 馬車を止めろ! 」
横に付いている護衛の者の見事な手綱捌きで、馬車はカラカラと止まった。
「 えっーっ!? もう終わりーっ? 」
彼女は止められた事を不満げに頬を膨らませて文句を言っている。
その時馬車の扉が開いて、中にいる男達が転がるように出てきた。
「 レティ! お前は馬鹿か!! 事故が起きたらどうするんだ!? 」
「 俺らを殺す気か……おぇーっ 」
頭を押さえながらラウルが叫び、レオナルドが吐き気に口を付け押さえる。
「 …………代われ…… 」
エドガーが顔面蒼白で頭を押さえフラフラしながら下りてきた。
馬車が急発進した衝撃で、中にいた3人はお互いにぶつかり、頭をおもいっきり打ったのだった。
周りにいる護衛達が馬車に乗って無くて良かったと苦笑いをした。
行き交う人々がクスクスと笑いながら通り過ぎて行く。
***
学園を卒業してからラウルとレオナルドは文官養成所へ入所し、エドガーは騎士養成所に入所している。
文官養成所は通いだが騎士養成所は完全寮生である。
アルベルトは皆より一足早く皇太子としての公務の仕事をしているが、3人は養成所での学びの中である為に、まだまだ学生気分が抜けないお気楽さがあった。
各々の休暇を調節してポンコツ旅を計画したのだったが、まさか旅の途中でアルベルトに出会うとは思ってもいない事だった。
3人の旅の目的は公爵領地経由で、レオナルドのディオール領地へ遊びに行く事だった。
夕食を食べ、居間で皆で酒を片手に寛いでいる。
「 私も一緒に行きたい! 」
「 レティは駄目だよ 」
「 どうしてよ? 」
「 レティが一緒だとナンパが出来ないじゃないか! 」
3人が酒を飲みながら当たり前の様な顔をすると、レティは横に座って酒のグラスを持っているアルベルトを見た。
「 ナンパ……アルもナンパするの? 」
「 えっ!? しないしない、そんなの初めて聞いたよ 」
慌ててアルベルトがグラスをテーブルの上に置き、レティの手を取る。
「 男4人で旅をして何が面白いんだよ 」
「 アルがいれば楽勝で女が寄ってくるんだよな 」
「 何処に行ってもそうだったしな 」
「 お前らいい加減にしろ! 」
3人はお酒の入ったグラスに口を付けニヤニヤしている。
「 アルもナンパしたいの?」
「 したい筈無いだろ? 僕にはレティだけしか見えないんだから 」
アルベルトはレティの髪を一掴みして唇を落とす。
ああ……こいつらは面倒なことを言い出しやがって。
レティが誤解するだろうが!
怪しい。
今までのこいつ達がしていた話を分析すると、このナンパ旅は十分にあり得る話だ。
生徒会室でも女の話ばかりしていたのだから。
もう、絶対に私が行くしかない。
「 私も行くわ! ぜーったいに一緒に行く。止めても無駄だからね! お兄様! 聞いてる? 」
ラウルは頭を抱えた。
子供の頃から3人が集まると小さいレティが付いて回り、手を焼いていた事を思い出す。
「 男の旅なんだから適当な旅なんだぞ! 」
「 全然平気よ 」
そんなもん、騎士時代は周りは男だらけだったわよ。
ねぇ……あんた達……
レティは横にあるもう一組のソファーで酒を酌み交わしている騎士達を見た。
ここにいるグレイ、サンデイ、ジャクソン、ロン、ケチャップ達は特別手当てを出すと言われ、クラウドからアルベルトの護衛に任命されたが、公務では無いので警備員のいる公爵邸では彼等も寛がせて貰っていた。
ラウル坊っちゃんもリティエラお嬢様も……
お小さい頃と何ら変わりませんなぁ……
ジイが嬉しそうに笑っていた。
そんなこんなでレティが無理やり乗り込み、5人と護衛騎士5人のポンコツ旅となった。
***
馬車は適当に走り、適当な所で食事をし、適当な所に泊まると言う。それに女の子が側にいれば尚良しの旅なんだそうだ。
4人が馬車から下りて店を探して歩いていると早くも女性達が寄ってくる。
夜の町はほろ酔い気分の皆が気が大きくなっているのだった。
アルベルトだけでなく他の3人も長身で美形なのだから、女がほっとくわけが無い。
3人に声を掛けて来た女達は、後ろにいるアルベルトを見るといつの間にかアルベルトの方に駆け寄り、腕を絡ませようとする………いや、そうはさせない。
女達を追い払うのはレティの役目だ。
素早く女達の伸びてきた腕を叩き落とし、絶対に触らせない。
「 この男は私の男なんだから触らないで! 」
もう、荒ぶる猫の様にシャーシャーやってる。
アルベルトはそんなレティに嬉しくて嬉しくてご機嫌である事は言うまでも無い。
お兄様達の所へ寄って来て、アルに気付くのだから最初のお兄様達に寄って来ない様にすれば良いんだわと、レティは先頭を歩き辺りを威嚇している。
しかし……
そうなると今度は美しいレティに男達がナンパをして来るのである。
今度はアルベルトが許さない。
片っ端からレティに声を掛けてくる男の腕を捻り上げている。
そうなるとグレイ達が前に出て来て乱闘騒ぎになり、もはや大混乱であった。
騒ぎの元凶の御一行様は、店や宿屋からは門前払いをされ、仕方無く一行は野宿する羽目になった。
「 レティ、お前のせいだからな! 」
「 煩い! 私のアルが触られてるのを黙って見てろと言うの!? 」
「 全く、ナンパどころか飯も食えねえじゃないか! 」
「 予約してから行きなさいよ! だからうろうろしてるうちに女が寄って来るんでしょ! 」
「 寄って来て欲しいから予約しなかったんだぜ 」
まあ! ムカつく!
もう、レティはお腹が空くは、ナンパナンパと連呼するラウル達にカンカンである。
「 お兄様! 帰ったらお母様に言い付けてやるんだから! 」
「 何だと!? だからお前なんか連れて来たく無かったんだよ 」
一触即発のウォリウォール兄妹。
騎士達は2人の言い合いにオロオロしたが、アルベルト達は何時も見ていた光景だ。
そして、アルベルトはご機嫌だった。
私の男だとか私のアルだと言うレティに嬉しくて嬉しくて……
レティにキスをしようと腰を折り顔を寄せる。
「 こんな時に何するのよ! 」
……と、殺気だったレティにどやされる。
この女は腹が空きすぎると凶暴になる。
アルベルトは心に刻んだ。
そこへ、グレイ達が食べ物を抱えて戻ってきた。
持つべき者は騎士達である。
このぼんくら令息達は全く役に立たないわねと機嫌の悪いレティが荒ぶる荒ぶる。
腕を胸の前で組み、誰よりも偉そうである。
「 殿下とリティエラ様のお宿を取って来ます 」
お2人だけなら泊まれるでしょうと、食事をし終えたグレイが言った。
「 俺はこいつらと一緒にいるから、レティの部屋だけを頼む」
そう言う旅なんだからとアルベルトは嬉しそうに笑う。
「 私も皆と一緒にいるわ 」
泊まれなくなった原因は私でもあるし……
レティはまだムシャムシャと唐揚げを食べている。
「 でも……お風呂にも入れないし…… 」
グレイが気を使って言う。
「 えっ!? 私ってそんなに臭い? 」
唐揚げの串を持ちながら自分の腕をクンクンと嗅いでいる。
いや、そんな意味ではありませんとグレイが慌てている。
「 レティは良い匂いだよ……唐揚げの匂いの…… 」
アルベルトがレティをクンクン嗅いでいる。
「 信じられない! レディの匂いを嗅ぐなんて! 」
それに唐揚げの匂いだと言われて喜ぶ女が何処にいるのよとレティはプンスカ怒る。
皆は笑いに包まれた。
レティとアルベルトは馬車で寝る事になり、他の者は地面で雑魚寝だ。
騎士達はそう言う訓練もするが、ラウルとレオナルドは初めてで困惑していた。
皆で寝ずに交代で焚き火の火をくべる。
「 嬉しいんだ…… 」
馬車の中でアルベルトがレティを抱き寄せながら静かに言う。
「 どうして? こんなにめちゃくちゃなのに…… 」
「 こうして皆で旅が出来る事が嬉しいんだ 」
小さい頃……
ラウルとエドとレオが領地に遊びに行くって言うと……
僕は1人で宮殿にいなければならないから嫌だったんだよ。
3人が魚釣りをしようとか海に行こうとか楽しそうに話してるのを聞いているのが辛かったんだ。
父上や母上とも何処にも出掛けた事が無いし……
驚く事に子供の頃は宮殿から一歩も外に出た事が無かったんだよ。
そう静かに話すアルベルトはレティを膝の上に乗せ、窓から星空を見上げる。
先帝が崩御し、暫くは大変だった事は聞いている。
父も何日も家に帰って来なかったとか……
「 気が付くと独りが当たり前で、独りでいる事に慣れていて……独りが寂しく感じられ無い様になってたんだ 」
僕は多分感情が少し欠落してる人間だと思う……と信じられない事を言った。
「 そんな事は無いわ! アルは優しくて……素敵な皇子様よ 」
「 そう……僕は皇子様なんだ……人形の様なね……」
「 人形!? 」
「 説明するのは難しいな…… 」
「 だけど、君と出会ってからは人形では無くなったんだよ 」
「 どうして? 」
「 どうしても…… 」
アルベルトは皆に気付かれ無い様に優しくレティの唇に口付けをする。
「 魔法に掛けられたからかな 」
そう言ってまたレティに口付けをした。
アルベルトのあまりにも寂しい告白にレティは胸がいっぱいになった。
そして……
馬車の側にいた皆が静かにその話を聞いていた。
そんな何とも切ない夜が過ぎて行く……
するといきなり馬車のドアが開き、レティが下りてきた。
「 忘れてたわ! これ、虫除けの薬剤なの! 少しずつ焚き火にくべてたら虫が寄り付かなくなるのよ 」
わたしが開発した物だからどうだったかを報告してねと、彼女は言うだけ言って馬車に入って行った。
馬車の中からアルベルトの笑う声が聞こえた。
実に楽しそうだ。
皆は……そう言う所だと思った。
殿下の好きな女性はそう言う所がある女性なんだよと笑った。
レティとアルベルトは、この時初めて一緒の夜を過ごしたのだった。
……な筈は無いだろ?
アルベルトは馬車から直ぐに下りてきた。
「 好きな女とあんな狭い場所で寝れる訳無いだろ? 」
「 レティは?」
「 グースカ寝てるよ……全く…… 」
ラウルがハッハと笑った。
「 レティは俺を兄であるお前と同じだと思ってるんだよ 」
だからあんな体勢でもグースカ寝れるんだとアルベルトは嘆いた。
「 何だこの匂いは? 」
「 あいつが作った虫除けのせいで皆が苦しんでいる所さ 」
レティが作った虫除けは確かに虫はこなかったが、匂いが凄まじくエグかった。
1人でグースカ寝てるのはレティだけである。
ポンコツ旅の夜は変な臭いと共に更けて行った。
読んで頂き有り難うございます。




