旅─旅の終わり
主の乗っていない皇太子殿下専用馬車が夜遅く帰城した。
「 皇子様が帰城されました 」
門番のラッパの合図が鳴り響き、正面玄関口の警備員が御触れを出す。
皇宮全体ににわかに緊張が走る。
皇子様の2週間ぶりの帰城である。
侍女長を初め侍女達や侍従やメイド達が勢揃いして皇子様を出迎える。
今回旅に同行出来なかった女官長も出迎えに来ていた。
しかし……
先に到着をしたクラウドが皇太子殿下専用馬車の前には行かず、侍女長の側にやって来た。
「 殿下は……休暇を取られたので一緒には帰城しませんでした 」
「 は? 」
皆が唖然とした。
「 詳しい事は中で説明をします 」
皇子様がこんなに長く皇宮を留守にするのは初めての事で、皇子様が居ない宮殿は火が消えた様に寂しく、皆は今か今かと首を長~くして帰城するのを待っていたのであった。
クラウドは歩きながら詳細をモニカに説明し、その足で両陛下の元に報告に行った。
夜もかなり遅かったが両陛下も皇太子の帰城を待っていた様で、クラウドの報告に肩を落としたが、ラウル達と御者も付けない馬車の旅をしていると聞いて笑いだした。
皇后陛下は心配したが……
皇帝陛下はこのポンコツな4人旅の話を大層気に入った。
父であり息子であるロナウドとアルベルトは宮殿以外では同じ場所にいる事は出来ない。
よって同じ馬車に乗れる筈も無く、小さい頃からアルベルトを旅行に連れて行った事は無かった。
宮殿でさえ、皇宮と皇太子宮に左右に分けられている。
何か事故が起こった時、または襲撃された時に、同時に死ぬ様な事があってはならないからである。
親子で有りながら親子らしいことが出来ない父と子のあまりにも希薄な関係。
それが皇帝と皇太子の関係であった。
***
翌日に女官達の報告会が終わり、女官長からジルは残る様に言われた。
「 さあ、どう言う処罰をお望みですか? 」
「 はい 」
ジルは女官の制服であるブレザーの懐から辞表届けを出した。
「 ……と、言う事は自分が何をしたか分かっているんですね? 」
「 はい 」
「 何故ですか? 何故殿下にグレイ騎士の伝言をお伝えしなかったのですか? 」
長い長い沈黙の後に彼女は静かに答えた。
「 殿下の公務の邪魔をする事になると思ってしまいました 」
「 リティエラ様は殿下の何ですか? 」
「 ………婚約者です 」
「 では、貴女は何ですか? 」
「 ………女官です 」
「 殿下はリティエラ様の何ですか? 」
「 婚約者です 」
「 では聞きます。貴女にとって殿下は何ですか? 」
「 ………好きな人です 」
女官長はフッと笑った。
「 私も殿下を好きですよ。多分皇宮にいる皆が、いや我が国の皆が殿下を愛してますよ 」
「 ………… 」
ジルはその通りだと……唇を噛む。
「 でも、殿下の好きな人はリティエラ様です 」
女官長はジルを諭す様に静かに話す。
「 リティエラ様がお怪我をされた時の殿下はどうでしたか? 」
「 ……お辛そうでした 」
「 貴女は殿下のお辛そうなお顔を見て何とも思わなかったのですか? 」
「 ……胸が痛みました 」
女官長はジルに気持ちを話させる事で、自分が仕出かした事を冷静に省みる事が出来る様にと言葉を選んだ。
「 そうですね。殿下を好きな私達は、殿下の大切な人を守る事が使命なんです。愛する殿下を悲しませたくないですからね 」
ジルの顔が歪む。
「 それに…リティエラ様は我が帝国民を守る為に、あの王女をも戒めたお方だと聞いて、貴女は思う事は何も無かったのですか? 」
私達女官や侍女達は、それを聞いた時に泣きながら拍手喝采をしましたし、確か貴女もあの王女に馬鹿にされてましたよね?……と、女官長は言った。
そう……
皇宮ではアルベルトの側にいるジルも、レティ同様に王女のイライラの標的にされていたのだった。
「 私は……リティエラ様が好きです 」
ジルは涙をポロポロと流した。
お怪我が大した事が無くて良かった……とワンワン泣いた。
よし!落ちた。
ジルはまだ救いようがあるわね。
中には自分の一方的な気持ちだけを主張し、殿下には自分が必要だと、勘違いも甚だしい全く話の通じない厄介な輩もいるのだから。
女官長の名前はラジーナ。
彼女は皇帝陛下付きの女官で、アルベルトが立太子の礼で正式に皇太子となった時に、皇太子付きの女官長に抜擢された皇宮の女官のスペシャリストであった。
クラウドはラジーナの凄さを知っていて、拗らせ無い為にジルの処罰を彼女に任せる事にしたのだった。
女官としての立場に目覚めればジルは自分の罪を許さなかった。女官長はジルの辞表を受け取りクラウドに渡した。
「 まさか……ジルが殿下に恋心を持つとは思わなかった 」
うかつだったとクラウドは項垂れた。
「 殿下の側には若い女性は無理だと忠告致しましたのに…… これから遠出の視察も増える事ですしね 」
特に免疫の無い若い女性には殿下の微笑みは毒だと女官長は笑った。
あれは誰だって恋に落ちますよ。
ジルが他人との関係性が希薄である事は以前から気付いていた事だった。
それは彼女が平民であり、貴族社会である皇宮で生きていくには壁があるのは仕方無い事だと思い、彼女の負担を減らす為に敢えて他の女官達と接触をしない様にして来た事は否めない。
クラウドとしては、他の女官達との関わりよりも自分の秘書として仕事が出来る事が優先だったから。
殿下に恋心を持つのは仕方無い。
皇宮にいる多くの若い女性達は殿下に恋心を抱いているだろう。
だけど、大抵はお2人の姿を見ると喜び、お2人に自分を重ねて楽しい妄想をしたりして楽しんでいるのだ。
それは少しも悪い事では無い。
しかし……
婚約者に嫉妬心を持つ事は容認する事は出来ない。拗らすと風の魔女みたいな事になってしまう恐れがあるからだ。
いや……
あれはもう既に嫉妬でリティエラ様を攻撃したのも同罪だった。グレイの伝言を伝えなかった事が女官としてあるまじき行為なのだから。
「 ジルは殿下付きでは無くて、皇太子妃付きにするつもりで仕事を学ばせていたのですが……結局は殿下付きになっていたのが失敗ですかね 」
ジルが優秀であっただけに残念な思いが拭えない。
「 それにしても……リティエラ様の報告書は凄いですね。うちのベテラン女官達より、リティエラ様が一番優秀な女官になれますよ 」
「 確かに……私の秘書にしたい位です 」
「 殿下が怒りますよ 」
2人で笑った。
ジルは皇宮から去った。
しかしクラウドは辞職はさせずに、皇宮が営む出張所へ移動と言う事にした。
彼女の事務官としての能力を捨てたくは無かったのだった。
皇太子妃の秘書官としての輝かしい未来があったのに……
叶う筈の無い相手に恋心を持ち、嫉妬などと言う畏れ多い気持ちを持った成れの果てが、皇宮の花形である女官と言う職業を失ってしまったのである。
この事は表沙汰にはならなかったが……
水面下では侍女やメイド、他の女官達への警告になった事件であった。
これから皇宮は、新たに若くて美しく才能のある女性……
皇太子殿下が寵愛するリティエラ嬢を、皇太子妃として迎える事になるのである。
この話で旅シリーズは終わります。
皇太子殿下を想う女官と、皇太子殿下の婚約者を想う騎士の話を書いて見ました。
レティとアルベルトの旅はもう少し続きます。
読んで頂き有り難うございます。




