旅─夢
また夢を見る。
それは過去の事では無く、未来に起こる事でも無い夢である。
4度目の人生を生きる事で確実に未来が変わっているから。
見る夢の大方は死ぬ時の悪夢なのだが……
今では慣れたもので反対に忘れていた事を夢で思い出す事もある。
特に1度目の人生での記憶はかなり希薄だ。
その後に3度も同じ学園時代を送っているのだからそれは仕方無い。
そして……
3度のどの人生でも過去を振り返る事は敢えてして来なかった。
それは……
このループしてる奇妙な現象を怖くて直視出来なかったから。
4度目の人生は殿下がいるから……
彼がいるから向き合えるのだと思う。
ジャック・ハルビンと出会ったからか……
1度目の人生の事を思う。
皇室がアルベルト皇太子殿下と、イニエスタ王国のアリアドネ王女との正式な婚約発表をしたのは私が18歳の学園の4年生の時。
そしてイニエスタ王室からウェディングドレスの発注を受けたのは私が20歳の時。
ウェディングドレスなどと言う特別なドレスは仕上がるまでには1年以上掛かる事になる。
何度も何度も打ち合わせをして……
その労力に対しての報酬は割に合わないものではあるが、その代わりに名誉と名声が与えられ、オーナーとしては美味しい話である。
しかし……
私は外国に行くと言う理由で急遽旅立った。
何故なら特別な理由がない限りは、王族の申し出を断る事なんか出来ないからである。
だけど不思議なのは納期が記されて無かった事。
ウェディングドレスの注文には納期があるのが普通である。
それは決して遅れてはならない事であるから。
それも国と国との世紀の結婚である。
水面下で急ピッチで色々な事が進んでも良いのに。
少なくとも私が20歳の時には結婚式の予定は無い筈だ。
その後の事は勿論知らない。
なんせ私は死んでしまったのだから……
その後があるのか無いのかさえも今となっては何も分からないのだ。
2度目と3度目の人生ではそこに関わっていないから、余計に皇宮で何があったのかなんて知る由も無い。
ただ分かってる事は……
皇太子殿下は王女と結婚をすると言う事なのである。
何時も私に向けられるあの優しく甘い顔で王女を見ていたのだと思うと……
胸がチクリと痛んだ。
ふと考える。
王女が軍事式典にやって来て殿下と踊った所はどの人生でも同じだった。
だけど……
連日学園にやって来てのあの騒ぎは今回が初めての事だった。
それは……私と言う存在があったから?
そう思うとやはり怖くなる。
私が国の運命を変えてしまったのだと言う畏れ多い事が起きてしまったのだ。
駄目だ駄目だと頭をブンブンと横に振る。
今更憂いても仕方ない。
お父様から言われた様に……
私は、私を選んだ殿下を信じるしかないのだ。
***
着いた翌朝から、毎朝早起きをして裏の川で釣りをしている。
何故公爵令嬢が釣りをするのかって?
そんなの当たり前じゃん!
そこに魚がいるからである。
やった!
今日はよく釣れる。
釣りはぼんやりと考え事をするのに丁度良いのだ。
そして悪夢で思い出した事がある。
それは私が外国に行く時に乗った船の所有者のマークである。
それは私が死んだ船でもある。
その船のマークは『猫』
乗船した時に、船なのに何故猫なのかと不思議に思った事を思い出した。
これは……調べれば何処の船かは直ぐに分かる。
これで一歩前に進める。
「 釣れた? 」
「 大量よ! 私の腕もまだまだ落ちてないわね 」
…………えっ!?
この声は……
振り返ると………殿下がいる。
えっ!?
何で?
これは……夢?
朝日を浴びてキラキラ光る黄金の髪に、アイスブルーの瞳の背の高い美しい男が微笑んで立っている。
「 私は夢を見てるの? 」
「 夢じゃ無いよ 」
「 アルに会いたいと思ったから? 」
「 僕に会いたいと思ってくれたんだ? 」
夢の中での殿下はこれ以上は無いと言う甘さで破顔する。
「 夢でしょ? ここにアルがいるのはおかしいわ 」
夢の中の殿下が私の横に座る。
「 あっ! 引いてる! 」
「 えっ!? 」
慌てて竿を引く。
そう、私は地面に座り、手には竿を持ち、糸を垂らし魚釣りをしているのだ。
釣れた魚がピチピチと跳ねる。
ガツっと魚を掴み、口から針を外す。
魚をバケツに入れ、そして針に餌を付け竿を川に向かって振り下ろす。
「 夢でしょ? 」
一連の作業を終え、くるりと夢の中の殿下に向き直る。
アハハはは……
夢の中の殿下はその美しい顔で笑いだした。
何が可笑しいのか夢の中の殿下は腹を抱えて笑ってる。
「 おはよ、レティ。会いたかったよ 」
そう言いながら夢の中の殿下は、帽子を被っている私の顔を覗き込む様にして、両手を地面に付き、優しく甘い顔を近付けて来て私の頬にチュッとキスをする。
どうやら夢では無いらしい。
「 公務は? 」
「 全部終わったよ 」
「 皆は? 」
「 帰城した 」
「 アルは? 何故ここにいるの? 」
「 君に会いたかったからだよ 」
***
公爵領地を経ってから、予定通りに視察の全工程を終え皇太子殿下御一行様は、最後に一泊をする為に夜遅くホテルに到着した。
「 ※*☆×☆* 」
「 … *※☆………だから」
「 上手く行く…… 」
3人でひそひそと話している男達がいた。
「 レオが無茶をするから 」
「 その前のエドの方が……」
「 ラウルの…… 」
3人は馬車の車輪の前で丸くなってる。
「 ラウル、エド、レオ! 」
「 !? 」
「 アル? 」
「 アルだ! 」
「 お前ら……こんな所で何をしてるんだ? 」
気が付くと、騎士達が剣を抜き怪し気な3人に剣先を向けていた。
「 わぁっ!?アル何とかしろ! 」
「 剣を戻せ! 俺の幼馴染み達だ! 」
剣を戻したグレイが確かめながら口を開いた。
「 ラウル? レオナルド……エドガーか? ここで何をしている? 」
「 グレイ? 」
聞けば、3人は休暇を利用して公爵領に遊びに行く途中であると言う。
御者を付けずに自分達だけで交代で運転しながらここまでやって来て、レオナルドの荒い運転で脱輪したらしい。
「 エドガー、教えるから見ておけよ 」
グレイが脱輪していた車輪を修理する。
第1部隊は皇族の馬車を護衛する事から、こんな事もあるからと馬車の脱輪を修理する事を習うのであった。
「 じゃあこれからは脱輪はエドの担当な 」
レオナルドがニヤリと笑う。
「 アル。レティは無事に俺ん家に着いてるんだよな? 」
「 ああ……ちょっと足を捻ったけどな 」
ラウルがレティの名前を口にしたもんだから、レティへの恋しさが募る。
あんなに毎日側にいて、顔をみたい時に顔を見れて、触れたい時に触れていたのに……
2人が別れてから既に2日が経っていた。
「 足を? 」
「 それは俺の責任だ 」
グレイがラウルに説明をする。
ラウルはレティの兄なのである。
「 はっ! あいつはそう言う奴だよ! あいつが勝手に動き回る事で俺がどれだけ親父にどやされたか…… 」
ラウルは肩を落として謝罪をするグレイに、気にする事は無いと言い、反対によくぞレティの後を追ってくれたと頭を下げて礼を言った。
「 ラウル、エドガー、レオナルド! お前らこんな所で何をしてるんだ? 」
「 ゲッ!クラウドが来たよ 」
ホテルのチェックインをしてきたクラウドが、アルベルトが中々入って来ないので探しに来たのだった。
「 俺達だけの旅だ 」
うわ~………
これは不味い。
殿下の目がキラキラ輝いている。
クラウドは頭を抱えた。
「 何で御者を付けない? 」
「 そんなの自分達だけの方が面白いじゃん 」
この3人はシルフィード帝国の3大貴族のご令息であるにもかかわらず、本当に昔からハチャメチャな事をする悪ガキ達であった。
そこに女官達がやって来た。
「 ゲッ!? 悪ガキ達がいる…… 」
ここにいる女官達は元は皇后陛下の女官であり、彼等の悪戯をもろに受けた世代であった。
「 お前らも何か食べるか? 」
「 おっ! 実は金欠で困ってたんだ。ご馳走してくれ 」
アルベルトが嬉しそうに悪ガキ達とホテルに入って行く。
「 グレイ! サンデイ、ジャクソン、ロン、ケチャップ! 殿下の護衛を頼めるか? 特別手当てを出す 」
クラウドはこの部隊で独身の5人を選んだ。
そう。
アルベルトがこの3人と行かない訳が無いのである。
ましてや行き先が、最愛のレティのいる公爵邸なのだから……
レティと別れてからのアルベルトは、それはそれは覇気が無かった。
そつなく公務はこなしてはいたが……
まあ、それはここにいる女官達や騎士達も同じ状態ではあったのだが。
彼女の存在はそれ程大きなものだったのである。
「 殿下も初の遠出でお疲れでしょう……帰ったらまた公務に追われるのだから、少しの休みを楽しんで下さい」
……とクラウドはアルベルトに言った。
「 殿下、ラウル、エドガー、レオナルド、羽目を外し過ぎない様に……」
「 ちっ! 何の為に御者も連れずに来たんだかわかんねーよな 」
「 うるさい! 俺も混ぜろ! 」
「 アル! お前も運転しろよ! 」
「 交代制だからな! 特別は無しだぞ! 」
こいつらとのこんなやり取りが心地よい。
翌日朝早く、悪ガキ達は4人になり護衛を連れて旅立った。
レティのいる領地の公爵邸には翌日に到着する事になるが、アルベルトは嬉しくて仕方無かった。
***
「 お前ら3日前までず~っと一緒にいたんじゃないのか?よく飽きないな 」
「 朝からイチャコラするんじゃないよ、全く! 」
「 レティ、足は大丈夫なのか? 」
仲良く並んで座っている2人を見ながら3人がやあやあとやって来た。
「 レオナルド! エドガー!お兄様……も……皆どうして? 」
「 俺達も休暇を楽しみにね 」
旅はまだまだ終わらない。




