旅─栞
旅の始まりから10日目の事。
ない……
何処にも無い。
何時無くしたんだろう?
「 リティエラ様? どうしました? 」
「 殿下から貰った花の……押し花の栞が無いの 」
「 えっ!? それは大変。皆で手分けして探しましょう 」
「 有り難うございます 」
ローリアとサマンサの2人が探してくれる。
この2人が動けないレティの世話をする様にとアルベルトから言われていた。
レティは挫いた足の安静の為に、今日は朝から大人しく部屋にいる。
家から持って来ていた本を読み、押し花の栞をその時本に挟んだと思ったのだが。
どうしよう。
部屋中を皆で探すが見当たらない。
今日部屋を出たのは……
殿下と一緒に朝食を食べてから、殿下が抱っこをして散歩に連れて行ってくれた時だわ。
「 じゃあ、私達は外を探して来ますね 」
ローリアさんとサマンサさんが外に探しに行ってくれた。
しかし、それでも見付からない。
「 皆さん、有り難うございます。もう諦めます。誰かが拾ってゴミとして捨てちゃったのかも知れませんしね 」
そう、私にとっては宝物だけれども、皆にとってはゴミみたいなものだから……
皆が部屋から出ていって暫くすると女官達から聞いたのか、アルベルトがやって来た。
「 花ならまた、いっぱいプレゼントするよ 」
ドアの所で立っている姿が……また、格好良いから泣きたくなる。
「 無くして……ごめんなさい 」
その言葉を言ったとたんにポロポロと涙が零れ落ちる。
涙をポロポロと流してベッドにちょこんと座っているレティに慌てて駆け寄り涙を拭う。
怪我をして動けない彼女が余計に哀愁を誘う。
そんなに花が好きなのかと。
「 ごめんね、今まで花をプレゼントしてなかったね 」
「 違うの……あの花が良いの…… 」
レティの目からまたポロポロと涙が流れる。
「 じゃあ、あの花を今から摘んで来るよ 」
立ち上がって行こうとするアルベルトの上着の裾を掴む。
「 違うの……あの時の花じゃなきゃ駄目なの 」
何処までも優しいアルベルトにレティはワンワン泣き出した。
レティがあの花に拘るのには理由があった。
レティには20歳までしか生きられないと言う数奇な運命がある。
死ぬと自分の意識はそのままに、学園の入学式の日に戻ってしまい、そこからやり直しをさせられるのだ。
ずっと皇太子殿下に恋い焦がれていただけのどの人生よりも、アルベルトから愛され、愛する事が出来る4度目の今の人生が幸せなのだ。
だから……
1つ1つの彼との想い出を宝物の様に大切にしている。
あの花は初めてアルベルトから貰った花。
それが百本の薔薇でも、一本の野花でもレティにとっての価値は同じなのであった。
「 明日の朝、2人であの花を摘みに行こう 」
ようやく泣き止んだレティの頭を撫でるアルベルトに彼女はコクリと頷いた。
アルベルトはレティの頬にキスをし、公務があるからと急いで部屋を出ていく。
初めての遠出の視察でアルベルトのスケジュールは分刻みに押さえられている。
一番多いのは謁見である。
施設の見学を兼ねて、皇太子殿下にご挨拶をと次から次へと申し出が絶えない。
婚約が決まった今でも、令嬢を伴い何とか御眼鏡に適おうと企む貴族達も少なからずいた。
***
皇太子殿下の執務室代わりに使用してる部屋に、ローリアが失礼しますとやって来た。
部屋にはアルベルトとクラウドとジル、ナニア、エリーゼが居て仕事の打ち合わせをしている。
「 殿下……リティエラ様が栞を無くしたとかなり落ち込んでおられます 」
「 栞? 」
手に取った資料を見ながらアルベルトが答える。
「 殿下から頂いた朝にだけ咲くと言う紫の花ですよ 」
ナニアはレティがその花を殿下からプレゼントされどれだけ嬉しそうにしていたのか、どれだけ大事にしようとしていたのかを説明した。
「その花を押し花にして栞として大切に使用していたのです 」
なんてお可愛らしいのと感激屋のエリーゼが涙ぐんだ。
「 ちょっと行ってくる。時間には戻るが、遅れたら待たせておいてくれ 」
「 御意 」
資料を見ながら何かを書いているクラウドが返事をした。
温泉施設の視察を終え、レティが書いた問題点や希望などを吟味して業者と打ち合わせをする所であった。
皇太子殿下が直々に来る事はそうそう出来るもんじゃないので、滞在中に出来るだけ色んな事を詰めておきたい所だ。
あれはゴミじゃん。
栞ごときで大騒ぎをして……
ジルは仕事を中断させるレティが腹立たしかった。
昨日だって……自分勝手な事をしたのに。
それに……
皇子様から花を貰ったのは自分の方が先だった事が嬉しかった。
「 君にあげるよ 」
皇子様はそう言って花束をくれたのだ。
正確には……
「 花束を貰った。執務室に飾っといてくれ 」だったが。
***
レティは痛む足を引き摺って栞を探した。
今、見付けなければゴミとなり永遠に失う事になる。
女官達にもアルベルトにも諦める様な事を言ったが……
彼女は諦めてはいなかった。
「 絶対に見付ける! 」
部屋はもう十二分に探した。
あるとしたら殿下と一緒に散歩をした中庭。
植えられたばかりの木や花々。
皇后様の好きな薔薇庭園も準備されてる。
きっと両陛下が来られる頃には花も咲く事だろう。
そんな草木の間に落ちていないかと探す。
直ぐに騎士達がやって来た。
「 リティエラ様、足は大丈夫なのですか? 」
「 はい、痛みも腫れも引いて大丈夫です 」
本当は大丈夫じゃない。
医師のくせに医師の診断を無視してるわね。
……と、笑ってしまう。
「 何か探してらっしゃるんですか? 」
「 うん……押し花の栞を落としちゃって…… 」
では、俺達も探しますと騎士達が探してくれる。
1人加わり、2人加わり……
結果、大捜索となった。
無い……
まだ昼食前だからそんなに時間は経って無いのに。
そこにローリアとサマンサが息を切らしてやって来た。
「 リティエラ様! 探しましたよ 」
「 動いたら駄目じゃ無いですか! 」
見るとレティは痛みで顔が歪み、暑さもあってはあはあと肩で息をしてるではないか。
「 誰か! 殿下を呼んできて! 」
「 駄目よ! 殿下を呼ばないで! 」
公務で忙しい殿下に迷惑を掛けられない。
「 少し休んだら大丈夫だから 」
「 やっぱり栞を探してたんですね? 」
「 ごめんなさい……諦められなくて…… 」
サマンサがグラスに水を入れて持って来てくれた。
「 兎に角一旦お部屋に戻りましょう。私達も後から探しますので 」
だけど……
騎士達はこんなにいるが、誰もレティには触れる事は出来ない。
彼女は皇太子殿下の婚約者。
余程の事が無い限りは抱き上げる事なんて出来ない。
「 俺で良かったら運びます 」
ロンが名乗りをあげる。
「 駄目! ロンさんは若すぎるわ 」
「 この中で年配者は……テリーさん? 」
「 テリーさんを呼んで来ましょうか?」
「 でも……テリーさんは……人間を運べるかしら? 」
女官達がレティを見た。
レティは小さくて華奢だけど……テリーも小柄で細身で、騎士では無いので訓練もしてない。
なので階段なんか上れる筈がない。
これは……どうしたものか。
「 私は……殿下以外はジジイしか駄目なの? 」
ジジイ……
公爵令嬢がジジイ。
ブッ!!
皆がレティのジジイ発言に吹き出した。
「 ねぇ? 私はジジイにしか運んで貰えないの? 」
可愛い顔をして……ジジイ………
しかもジジイしか運べないのはどうしたものかと。
じゃあ俺達用無し?
ジジイに負けた?
「 レティ! どうした? 顔が真っ赤じゃないか! 」
声の主に皆が安堵する。
皆がホッとしたのはアルベルトがやって来たから。
昼休憩になり食事を一緒にしようとレティの部屋に行った時に、この騒ぎに気付き駆け付けて来たのである。
アルベルトはレティをさっと抱き上げる。
「 !? 熱があるじゃないか! 」
レティの頬に自分の頬を寄せる。
「 殿下! ジジイを雇ってよ! 」
「 ジジイ? ジジイが何の役に立つのか? 」
「 ジジイしか、私に触れられないのならジジイを雇って貰うしかないじゃない 」
アルベルトはお姫様抱っこして長い足でスタスタと建物の中に消えて行った。
2人はまだ大真面目にジジイがどうのこうのと揉めている。
女官達が笑いを堪えながら2人の後を追い掛けるのが可笑しかった。
ギャハハハハ……ハハハハ
折角収めたジジイが頭の中を駆け巡る。
ハハハハは……あハハハハは……あハハハハ……
笑っては駄目だと思えば思う程に笑いが止まらない。
俺達の横にジジイが並ぶ日が来るかも知れない。
騎士達は腹を抱えて笑い転げた。
ジルは遠くからじっと見ていた。
あの栞がそれ程までに大切なものなの?
あれはただの野花よ。
彼女は殿下から沢山の宝石やドレスを貰ってるのに?
公爵令嬢で殿下の婚約者で……
なのに……
確かに凄く嬉しそうだった。
殿下から初めて花を貰ったって喜んでいた。
彼女の殿下を想う本気の愛に心がうたれた。
熱があっても痛む足を引き摺っても……
あんなにも必死になって探す程に。
この旅で、彼女を知れば知る程に彼女に惹かれた。
彼女の人となりに関わる誰もが彼女を好きになるのだ。
ジルは栞が落ちているのを知っていた。
しかし……
拾わずにそのままスルーした。
そこを重点的に探した。
風に飛ばされたのか?
植木鉢や石も動かして探した。
しかし……
あいつらは何故笑いまくっているのか?
ジルは笑い転げながら栞を探す騎士達にムカついた。
「 あった! 」
栞は植木鉢の影に飛ばされていた。
ジルのあったの声に笑いながら騎士達がやって来た。
早く持っていってあげなよと笑いながら言われた。
だから……
何であんた達はそんなに笑ってるのよ?
こんな物が……
ジルは手に持った小さな栞を見つめた。
気が付くとレティの部屋に向かって走り出していた。
「 リティエラ様! ありました! 」
ジルは栞を持って部屋に入って行く。
ナニア達が手を叩いてワッと喜び、ベッドで横たわるレティが身体を起こした。
彼女は両手を広げて……私を呼んでいる様だった。
栞を渡しに行くと……
栞を大事そうに手に持ちそして私にハグをした。
「 有り難う。暑い中探してくれたのね…… 」
こんなに汗だくになって……と言いながら。
ベッドの向こう側には殿下がいて
「 ジル……有り難う 」と、嬉しそうに言ってくれた。
ジルは……
勉強しろとしか言わない毒親に育てられたからか……
ハグなんかされたのは初めてだ。
アルベルトからこんなに嬉しそうな顔をしてお礼を言われたのも初めてだった。
そして……
ジルは意識をしてはいなかったが、ずっと心の中ではアルベルトの事を皇子様と呼んでいた。
しかし……
この時から……心の中でも殿下と呼んでいた。
彼女は浮わついた心から本気の女官モードに入ったのだった。




