旅─捜索
騎士達の朝の訓練には毎回アルベルトも参加する。
「 ? ……グレイは? 」
何時も一番先に起きて来て、先ずは剣の確認をするのがグレイの日課である。
真剣を扱うので管理は怠らない。
「 班長は今朝はまだ姿を見せておりません! 」
ジャクソンがグレイの代わりに剣の確認をして、他の騎士達が剣を受け取り訓練に入る。
ボルボン伯爵の不正の書簡を持って皇宮のルーカス宰相の元へ走った騎士達2人も戻って来ており、騎士達は当初の12名になっている。
「 珍しい事もあるもんだな? 」
アルベルトも剣を受け取り訓練に入った。
今朝はクラウドも参加してるので2人で手合わせをする。
掛け声や気合いの入った声が響く中、訓練の時間が過ぎていく。
すると……
「 殿下! リティエラ様の姿が見えませんが……何処かへお隠しですか? 」
殿下の部屋にいるのならそれはそれで良いのですが……
リティエラ様はまだ学生なので、そこはわきまえて頂かないと……と、アルベルトを訝しげに見て、ブツクサと言いながらナニアがやって来た。
訓練が終わったばかりのアルベルトはタオルで汗を拭いている。
「 いや、俺は知らない 」
第一、誉め称えたい位にわきまえてるし……
タオルを差し出したのはジルであった。
彼女は毎朝訓練の時にタオルを持ってアルベルトの側に来ているのである。
「 まだ部屋で寝てるんじゃ無いのか? 」
「 それが……今朝は洗濯する日なので、呼びに行ったのですが……部屋には居ない様で…… 」
「 あっ! そうそう。リティエラ様は今日の午前中は休みですよ 」
クラウドもジルから差し出されたタオルで汗を拭きながら思い出した様に言った。
「 休み? 」
「 あれ? 聞いてませんか? 馬も借りたいとおっしゃってらしたので、出掛けるなら殿下に断りを入れる様に言ったのですが…… 」
「 馬で出掛けるだと? 俺は何も聞いていないぞ 」
騎士達もざわざわと嫌な雰囲気に包まれていく。
直ぐに馬を調べに行った騎士が、慌てて駆け戻って来た。
「 馬が1頭おりません。それにグレイ班長の馬も居ません 」
2人は一緒なのか?
そんな空気が流れた時にジルが口を開いた。
「 リティエラ様はグレイ様とまだ暗い内に、ここを出ていきましたわ 」
「 何だって? ジル!お前は見ていたのか? 」
「 はい、お2人で馬に乗って行くところを見ましたわ 」
「 お前は何故今までそれを言わなかった? 」
「 そ……それは…… 」
優しいアルベルトしか知らないジルは、彼の怒りに満ちた顔と声に思わずひれ伏しそうになる。
「 それでグレイは何と言った? 」
「 あの……殿下にリティエラ様が馬に乗って行かれたとお伝えしろと……」
出て行ったのが夜明け前なら……もうかれこれ2時間は過ぎている。
アルベルトはジルに対して怒りに震えながらも踵を返した。
「 クラウド! 後を頼む……お前達は全員俺の後に続け! 」
「 御意 」
アルベルトと騎士達は馬に乗り温泉施設を慌ただしく出ていった。
今日は町の有力者達と会う約束があったが、早々にキャンセルの手続きをしないとならないので、クラウドは温泉施設の管理者であるスペンサーの所へ急いだ。
アルベルト達は表に出た道で早くも行き詰まる。
2人は左右のどっちに行ったのか?
「 殿下、我々はこっちの方に行ってみます 」
「 いや……もう2時間は過ぎている……闇雲に走っても埒が明かない 」
「 ちょっと待ってくれ。彼女が行きそうな所を予想してみる 」
昨日レティは塔の手刷りによじ上ってまで遠くを見たいと言っていた。
塔は四方八方見渡せるけど……
彼女はどの方向を見ていた?
「 東だ……この道を東に進むんだ! 」
途中、分かれている道は騎士達を分散し、アルベルトは兎に角真っ直ぐに進んだ。
レティが肩の上に乗って見ていた視線の先へと……
真っ直ぐな道は林に突入した。
そこを過ぎると見晴らしのよい平地に出た。
何かあるのかと思っていたが何も無い場所だった。
さて……
これから何処へ進もうかと辺りをキョロキョロと見渡す。
「 あっ! 殿下! 森の方に馬がいます!」
「 本当ですね! 2頭いますね 」
騎士達が口々に言う。
「 行こう 」
「 はっ! 」
皆は森の入り口までやって来た。
捜索し出してかれこれ1時間は過ぎていた。
なので2人が温泉施設を出てから3時間は経っている。
「 間違いなくうちの馬と、グレイ班長の馬ですね 」
「 では、2人はこの森に入ったのですね 」
見るからに鬱蒼とした森だった。
「 何が起こるか分かりませんので殿下はここでお待ち下さい 」
馬から下りようとするアルベルトをジャクソンが止めた。
「 いや、俺は行く 」
………と、その時………
森の中からレティを大事そうにおぶったグレイが現れた。
はぁ……
アルベルトは心底ホッとして胸を撫で下ろした。
騎士達も良かったと安堵の声をあげる。
直ぐに馬から下りてグレイの背中からレティを引き取った。
「 心配したぞ 」
「 ごめんなさい 」
アルベルトに抱き抱えられレティは情けない消え入りそうな声をだした。
何だか泣きそうになった。
彼女の片足の靴は脱がされ、緑のウネウネした物が張り付けられていた。
怪我をしたからおぶっていたんだな。
「 殿下……リティエラ様が怪我をされて…… 」
「 分かってる。話は後から聞く 」
「 グレイ様……有り難うございました。それに……皆さんにも迷惑を掛けてしまってごめんなさい 」
レティをアルベルトの乗ってきた馬に乗せた。
「 痛…… 」
顔を歪めるレティにアルベルトが慌てる。
レティの小さな白い足に触れるとかなり腫れていた。
「 痛むか? 」
「 うん…… 」
「 リティエラ様、その弓矢は私が運びます 」
グレイが持っていた薬草の入った袋は既に他の騎士が持っている。
弓矢をレティの背中から取り外すとアルベルトも馬に乗り、静かに駆け出した。
「 揺れで痛むかも知れないけど…… 」
「 大丈夫よ 」
レティは……
殿下には謝ればいいとか……
そんな浅はかな事を考えていた自分を恥じた。
結局、こんなに皆に迷惑をかけてしまったのだ。
それに……グレイ班長が来なかったらあんな森の中でどうなっていたか……
レティはアルベルトの胸に顔を埋めて泣いた。
言いたい事はいっぱいあった。
あの膨らんだ布袋からすると、彼女の事だから薬草を取りに行ったんだと推測される。
だけど……
何でグレイと2人で行ったのか?
何で自分に言わなかったのか?
そんな事が頭に過る。
軍事式典の時もそうだ。
グレイが彼女にとって特別なのは分かる。
だけど……
何故特別なのだ?
何時特別になったのか?
もうそこには疑問しか無かった。
だけど自分の胸に顔を埋めて肩を振るわせ泣いているレティを問い詰める気にはならなくなった。
彼女の泣き顔には心底弱い。
アルベルトは何処までもレティに甘かった。
「 痛まない? 」
レティは頭を横に振る。
本当は痛い筈だ……
アルベルトはレティの頭に何度も唇を落とした。
***
その後のグレイの報告で2人で一緒に出掛けたのでは無いことが分かった。
次にレティがアルベルトに事情聴取をする為に呼び出された。
実際は……歩けないレティをアルベルトがお姫様抱っこで連れて来たのだが。
アルベルトの予測通りに彼女は珍しい薬草を取りにあの森に入り、薬草を探している時に木に挟まって転けた時に挫いたと言う。
まあ、あながち嘘では無い。
……と、レティは思った。
足は痛み止めと化膿止めの薬草を飲んで、随分と痛さはマシになったが、暫くは動かしてはならないと自分で診断書を書いた。
腫れを引かせる湿布の薬草も自分で作りせっせと貼り替えている。
「 医師はどう言う診断をしたんだ? 」
アルベルトがニヤニヤ笑いながら聞く。
何時もなら、からかうアルベルトにプンスカ怒るレティなのだが、今は耳が垂れシュンとしてしょげている。
こりゃあ、相当落ち込んでいるな……
殿下に言わなかったといってクラウドから叱られ、ナニアや他の女官達からもどれだけ殿下が心配していたかと叱られ、騎士達からも我々を信頼して無いと叱られた。
「 一番怖かったのはテリーさんなの……今度1人で出歩いたらお尻をブツと言うの……自分の娘さんには何時もそうしてるんだって…… 」
クックックッ……アルベルトは肩を揺らして笑う。
「 それは怖いね……じゃあお尻をブツ時は僕がブツとしようかな 」
レティの可愛いお尻は僕の物だからねと言うと、またエッチな事ばかり言うと言いながら、レティは怒ってアルベルトの口を捻りに来た。
良かった。元気になった。
こうしてこの事件はレティがおもくそ叱られ一件落着した。
因みに……
直ぐに報告をしなかったジルは特におとがめは無かった。
この時ジルは、何故グレイを無視し報告をしない上にレティとグレイの2人で出掛けたと言ってしまったのか……
それはアルベルトとレティの間にヒビを入れたかったかも知れない。
だけど……
アルベルトのグレイへの絶大的なる信頼はジルの言葉ごときでは揺らぐものでは無かった。
そして……
このジルの件は後に女官長の逆鱗に触れる事になるのであった。
読んで頂き有り難うございます。




