騎士─遭遇
「 ジャック・ハルビン! こんな所で何をしてるのよ? 」
「 それはこっちの台詞だぜ! ここは俺の店で最近オープンさせたんだ。あんたこそこんなところで何をしてるんだよ? 」
「 お……お買いものよ…… 」
アハハはは……ジャック・ハルビンは額を押さえて大笑いをした。
「 あんた……外さねぇわ…… 令嬢がこんな武器屋で買い物とはな 」
「 欲しいのは短剣か? 」
ジャック・ハルビンはニヤニヤしている。
「 弓矢よ! 」
「 誰の? 」
「 私のよ! 」
「 えっ!? あんたの!? マジ? 」
「 タスケテクダサーい 」
そこでロンとケチャップに拘束されていた怪しい外人が助けを求める。
ハッと周りを見渡したジャック・ハルビンが慌てて外人に駆け寄った。
「 おい! 放せ! 」
その時、ジャック・ハルビンの胸ぐらをアルベルトが掴んだ。
「 おい! あの時襲われた借りを返さなきゃな! 」
アルベルトがグイグイと胸ぐらを締め上げる。
「 まて……俺が悪かった! あんたの強さは十二分に分かったから……そ……それより俺の組織に入らないか? 」
「 だからそれは無理だって言ったでしょ! 」
レティが手を離す様にとアルベルトの腕を引きながらジャック・ハルビンを睨む。
グレイは剣を抜いたままで、ロンとケチャップはもう何が何だか分からずに立ち尽くしている。
これは不味い……
ひじょーに不味い事になった。
こんな所でこのメンバーで遭遇するなんて……
レティはジャック・ハルビンの前ではデザイナーのリティーシャ若干20歳として存在しているのだ。
勿論、自分の婚約者が皇太子殿下などとは知られたくない。
アルベルトがジャック・ハルビンから手を離すと、今度はレティが彼の胸ぐらを掴みガクガクとさせた。
「 何も喋るな! 」
ジャック・ハルビンに密着して小さな声で囁くレティを慌ててアルベルトがベリっと剥がす。
レティは姿勢を正し、コホンと咳を1つしながら紹介を始めた。
「 こちらはジャック・ハルビンさんで学園の騎士クラブのノア君の叔父さんです 」
「 ノアの? 」
騎士クラブに毎週来ているグレイが反応し、安全を確認すると剣を鞘に収めた。
「 サハルーン帝国の人で貿易商をしてる人です 」
そう、嘘は言っていない。
アルベルトがすっとレティと手を繋いだのを見たジャック・ハルビンがニヤニヤしながら言う。
「 あれから1年近くなるけど……あんたらまだ結婚してないんだな 」
何も喋るな!と言っただろうが!
案の定ロンとケチャップが反応している。
「 お前失礼だぞ! 」
「 この方達は…… 」
今度は、自分達の素性を証しそうなロンとケチャップの胸ぐらを掴んで小さな声で言った。
「 私達がお忍びで会った人だから正体を明かさないで! 」
「 分かりました~ 」
……と、可愛い小さな手で胸ぐらを掴まれ、可愛い顔を近付けて囁かれて……
フニャ~っと幸せそうな顔をするロンとケチャップに、グレイが2人のシャツの襟を掴み後ろに引き倒した。
「 こら! 」と、アルベルトが慌ててレティを抱き抱える。
もう、めちゃくちゃな修羅場で、怪しい外人が腹を抱えて笑い出した。
アハハははは……アハハはは……
「 アナタタチ~タノシ~デスネ~オワライゲイニンミタイデスネ~ 」
誰がお笑い芸人だ!?
こんな失礼な事を言う怪しい外人は、長く伸ばした青いウェーブした髪に、瞳はサハルーン人の特徴である金色の瞳であった。
因みにジャック・ハルビンは赤い髪にやはり瞳は金色だった。
「 この町は武器が良く売れるからここで店を開いたんだ。サハルーンの武器も手に取って見てくれ! 」
サハルーンの武器は剣先が曲がった剣とか、異常にデカくて重い誰が持つのだと言う剣があったり、妙な武器が多くて驚いた。
因みに異常にデカくて重い剣は斬首用だとか……
ジャック・ハルビンの案内で皆は奥の弓矢のコーナーに移動する。
レティは付いていく振りをしながら後ろに下がり、ジャック・ハルビンに小声で話す。
「 返品したいものがあるんだけど 」
「 返品はお断りだ!近々あんたの店に行くよ、お姉様達にも会いたいしな 」
「 ラジャー 」
お姉様達と言うのは劇場のお姉様達の事である。
アルベルトは2人をジーっと見ていた。
「 何を話してたんだ? 」
そう言えば……
ローランド国でサハルーン語で彼に会う約束をした時に、物凄く不機嫌になられた事を思い出す。
「 劇場のお姉様達の事を聞かれただけ 」
嘘は言って無い。
しかし……
ジャック・ハルビンが武器に精通していたとは……
あの時渡された物は……武器?
ジャック・ハルビンが怪しすぎて分からない。
もっと腹を割って話さなければ……
「 奴に会う時は俺と一緒じゃ無いと駄目だと言う約束は覚えているな? 」
「 も……勿論よ 」
ううう……
殿下がいたら腹を割って話せないじゃない。
***
レティは新しい弓矢と背中に背負う矢筒を買った。
いや、買って貰ったのだ……アルベルトに……
恋人にお金を払って貰うのって何だか嬉しい。
特別な人になったみたい……(←もう十分特別なんだが……)
昼食も皆でグレイの馴染みの店に行く。
すると……
アルベルトの執事のトーマスと遭遇する。
彼は1人で昼食をとっていた。
オフだから1人でブラブラとショッピングをしていたらしい。
直ぐにアルベルトの世話をしようとするので、今日はオフの日だから構うなと優しく言われている。
「 そうよ!殿下のお世話は私がするわ。任せて! 」
……とレティが胸を叩いた。
……が……
気が付くとアルベルトがせっせと取り皿に料理を乗せてレティに渡している。
「 他には?」
「 あっ!あれも…… 」
大好きな婚約者の世話をして幸せそうな皇子様。
アルベルトは生まれながらの帝国の皇子である。
そんな皇子様も好きな女性の前では、自分達と何ら変わりない姿であるのを見て、皆は幸せな気持ちになるのであった。
食事はアルベルトのおごりだと聞いたロンとケチャップは感激した。
「 殿下にご馳走して貰えるなんて……俺……皆に自慢するッス 」
「 有り難うございます。もう、死ぬ程食べます 」
……と、ガンガン注文していた。
お前らちょっとは遠慮をしろとグレイに叱られる彼等を見ていたトーマスが
「 やっぱり皆で食べる食事は美味しいですね 」と、嬉しそうに呟いた。
「 ジルはね、1人で食べるのは寂しいだろうと言って私と一緒に食べてくれてるんですよ 」
いくら他の女官達と食べる様にと言っても、食事は誰かと食べる方が美味しいからと言うのだと……
優しい子だよとトーマスさんは目を細めた。
そうか……
そんな事情があったのか……
外からみてるだけでは分からない。
ジルはそんな優しさを持ってる子なんだわ……
「 だったらこれからはトーマスさんも私達と一緒に食べましょうよ! 」
「 私は殿下の側を離れる訳にはいきません。それが私の仕事ですから 」
そう言うとトーマスさんは胸を張った。
「殿下もお一人が多いですよ…… 特に朝食はもうずっとお一人で食べてらっしゃいます 」
だからリティエラ様、早く皇太子宮にお越しくださいねとトーマスさんは微笑んだ。
そうか……
今朝、殿下があれだけ嬉しそうにしていたのは……
誰かと朝食を食べる事が嬉しかったのだわ。
私の家では食事をする時は必ず誰かがいる。
特に朝食は余程の事が無い限りは家族が揃って食べている……
うん……
ならば………
「 レティ、密着してくれるのは嬉しいけど……きついよ 」
アルベルトの席の横にレティが座る。
皆でテーブルを囲んでいるのでギチギチに引っ付いて座っているのである。
夕食は皆で同じテーブルで食べようとレティは提案した。
旅の間は皆が家族だ。
完全オフである今日の夜だけは……
「 殿下を囲んで皆で一緒に食事をしよう」……と、旅の仲間を集めたのだった。
皇子様も、秘書官も侍従も騎士も女官も御者達も……
「 あらあら……珍しい光景ですわね 」
バークレイとリリアンが目を細め、カルロスは驚いた。
緊張してガチガチの臣下達を前にして……
皇太子殿下とその婚約者が楽しそうに笑っていた。
カルロス・ラ・マイセン辺境伯は私兵を雇っている。
殆んどの私兵は平民である。
その昔……
国の建国を成し遂げた初代王は王妃を伴い晩餐会を開いては貴族も平民も関係なしに一緒くたに食事をして、功績を称えあっていたと聞く。
シルフィード国が帝国になり、平和の御代になり、いつの間にか皇族へは他国の王女が輿入れをしてくる事が当たり前となっていた。
国と国による政略結婚が帝国の平和を確固たるものにしていった先人達のなさりようを否定するものは何も無い。
たまたま現皇帝は他国王女である皇后を大変寵愛してる。
勿論、皇后に不満は無いが……
彼女は生まれながらの高い壁のある王女様なのであった。
いつの間にか自分の臣下である私兵達も、彼女に呼ばれて近くのテーブルで緊張しながら食べている。
だけどとても嬉しそうにしていた。
皇太子殿下はそんな彼女を実に優しげな顔をして黙認しているのである。
自国民である公爵令嬢が皇太子殿下の婚約者。
帝国民が喜ぶ筈だとカルロスは思った。
近年に無い婚姻。
カルロスも彼等を見ながら帝国の未来にワクワクしていた。
そして……
余計にグレイを不憫に思うのであった。
カルロスとエドガーの父デニスとルーカスは、学園時代にルーカスの妻であるローズを取り合った因縁がある。
色々あって……
最終的には気の強いローズが煮え切らないルーカスに結婚を迫ったと言う……彼等にも甘酸っぱい青春があるのだが……
グレイは俺達みたいにそんな取り合いも出来ない。
相手が皇太子殿下なら……
その想いさえ打ち明けられない。
ずっと……
ルーカスの娘を、切ない程の目で見つめているグレイの想いに気付いたカルロスは……胸を痛めたのだった。




