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騎士─彼と彼女

 



「 誰か、わたくしと対戦して下さいませ! 」



「 私が相手になろう 」



 レティが胸の前に差し出した木剣をグレイが握った。

 


 わーっと大歓声が上がる。

 ヒューヒューと指笛を鳴らす者や、良いぞー!グレイをやっちまえーっ!!と騎士達が騒ぎ立てる訓練場は興奮の坩堝となった。



 グレイが少し離れた所の椅子に座るアルベルトを見る。

 アルベルトが頷くと……彼女を見ながら木剣を持つ手を握りしめた。


 中心を残し皆が素早く円形になり2人が中に入り向き合った。



 グレイ班長と対戦……

 まさかこんな日がまた来ようとは……


 初めての対戦だが勿論初めてでは無い。

 グレイとレティは師匠と弟子の関係であったのだから、もう、何十回、何百回と手合わせをした間柄なのである。


 そして今生でも、グレイは騎士クラブに弓矢の指導に来ていると言う先生と生徒の関係でもある。



 審判には国境警備隊の隊長が名乗りを上げた。

 礼をして木剣を構える。


「 始め 」


 2人の視線が絡み合う。

 訓練場は静まり返っている。


 レティが踏み込んで木剣を振るう……

 グレイが躱す………事を予測して、すかさず腹を突く……が、グレイが後ろに飛んでまた躱した。


 身軽さならレティの方が上だった筈だ。

 しかし、今のレティには3度目の人生での騎士の時の業は無いのが悔しいところである。


 だけど……

 グレイがどう攻撃してくるのかは手に取る様に分かる!

 何度も何度も対戦したのだ!


 踏み込んで来たグレイの木剣にレティの木剣を合わす。

 カンカンと打ち合う音がする。


 ん?

 何故俺の攻撃が分かる?


 レティはニヤリと笑う。

 その顔が何とも言えない程に美しい……


 グレイが踏み込んで木剣を横に切る。

 しかしレティは木剣を素早く躱して後ろに飛んだ。


 2人の勝負に訓練場が湧いた。

 大歓声が2人に向けられる。


 楽しい……

 こんなに打ち合いが楽しいとは……

 グレイは高揚した。


 その後もレティと何度か打ち合ったが、グレイがレティの木剣を叩き落とし勝負は付いた。


「 止めい、勝者グレイ! 」


 場内は2人の息のあった名勝負にヤンヤヤンヤの大歓声が続いていた。



 2人は握手をする。

「 参りました 」

「 良い手合わせだった 」

「 有り難うございます 」


 グレイに木剣を叩き落とされた衝撃でレティの手が僅かに震えていた。


 あっ!

 グレイは手荒くやり過ぎたとばかりに、慌ててレティの手を掴もうとする。

 だけど彼女は踵を返して走って行き、グレイの伸ばした手は空を切った……


 彼は彼女の後ろ姿を目で追う事しか出来なかった。




「 怪我は無いか? 」

 アルベルトはハアハアとまだ息の上がったレティの肩を撫でながら優しく聞く。


「 大丈夫よ……でも手が…… 」

 ブルブルと震えている右手を左手で押さえている。

 アルベルトは震えるレティの手を優しく包み込んだ。

「 手袋は? 」

「 持ってくるのを忘れちゃったの…… 」

 でも……楽しかった~と言って目をキラキラさせているレティが愛しくてたまらない。


「 全く……とんだお転婆さんだ 」

 アルベルトはその小さな白い手にキスをした。




 休憩中だった騎士達の訓練が再開されると今度は弓兵達が訓練をしてる場所にいた。

 彼女は神出鬼没である。


 スパーンスパーンと弓を射る姿を楽しげに体育座りで見ていた。

 可愛い……

 弓兵達は彼女に良いところを見せようと気合いが入りまくるのであった。


 ああ……何で手袋を忘れちゃったのかなぁ……

 グレイとの手合わせで震える手は暫くは使い物にならなかった。


「 リティエラ様、お久し振りです。軍事式典の時以来ですね 」


 国境警備隊の弓兵達の中にはあの10人の弓騎兵の残りの4人がいる。

 マージ、ワシャル、トリス、そしてカマロである。

 彼等はグレイが騎士養成所にいた時の同僚であり、カマロはマージの2歳下の弟で騎士団のジャクソンの同僚である。


 皇宮騎士団には弓兵部隊が無かった。

 だから弓矢に興味がある事から国境警備隊の弓兵部隊に所属していた彼等は、グレイが弓騎兵部隊を結成する時に声を掛けられ皇宮騎士団に移動して来たのだった。


 皇宮の訓練場でも弓の練習をしてると言う、ジャクソン、サンデイ、ケチャップ、ロンがグレイと共に弓兵部隊の訓練場にやって来た。



 この場に……

 魔獣ガーゴイル討伐の最前線に立った10人の弓騎兵が全員揃った事になる。


 レティは歓喜した。

 あの時から3年前の今………自分も含めて、少し若い10人がここに揃ったのである。


 思い出されるのはハチャメチャな3度目の人生での騎士としての生活。

 1年も一緒にはいられなかった同僚達だったが……

 公爵令嬢であるレティの口の悪さはこの時の影響を諸に受けているのであった。


 私が死んだ後は……

 皆も死んじゃったのかしら?

 今でも時々夢に見るガーゴイルとの戦いを思う……



 メンバーが弓矢の練習を始めた。

 するとサンデイとジャクソンが、弓馬術の練習をしたいと言い出した。


 皆が体育座りをして楽しそうに見ているレティを見た。

 可愛い……


 そうか……

 今、弓騎兵経験者は私だけなのだわ……


「 馬が私に慣れていないので上手く出来るかどうかは分かりませんが……やって見ます 」


 直ぐ近くにある馬舎に行き、気の優しそうな大人しめの馬を選んできた。


 騎乗して何度も馬を走らせる。

 真っ直ぐに……直線に走る事……先ずはそれが大事であった。


 そして……

 次の走りで弓矢を持ち手綱を外し構える。

 スパーン……とはならなかった……

 外れたのだ。


 練習もしてないのにそんなに上手くはいく筈がない。

 軍事式典の時の一か八かのパフォーマンスは正に奇跡的だったのである。





 ***





 アルベルトは汗だくの訓練を終えて湯浴みをした後にレティを探す。


 確か……

 最後にいたのは弓兵の所だったから……


 レティも訓練場から引き上げてる筈だ。

 アルベルトは朝食を一緒に食べようとレティを探しているのだった。


 皇子様は部屋にいるだけでその全ての要求が成されるのだが……

 レティだけはままならない。

 


 皇宮でもレティを探し歩いている皇子様の姿が最近では有名になっているのである。


 食いしん坊の彼女は腹が減ってるだろうから……厨房か?

 まさか他人の家の厨房に皇子が行くのもどうかと思うので、たまたま出会ったメイドに言付けをする。


 メイドは皇子様に声を掛けられ……失神しそうだった。


 不安を抱えながら食堂に戻ると……

 レティは女官達と座っており、遅いと口パクで叱られた。

 皇子様が食堂に来るのを皆で待っていたのだった。


 彼女には全くかなわない……


 道中のレストランでは女官姿のレティと一緒に食べる事が出来なかったので、今日こそは一緒に食べたかったアルベルトはガッカリしたのだった。



「 レティ、明日の朝は一緒に朝食を食べよう 」

「 うん、一緒に食べよう 」


 皇子様は彼女と約束を取り付けた。




 そして……

 また皇子様はまた彼女を探している……

 一緒に朝食を食べていた女官達もその後は知らないと言う。


 人の出入りの多い皇宮とは違い、ドゥルグ邸の中では護衛騎士は付けずに皇子様は行動が出来た。



 今度は何処に行ったんだ?

 大広間は夕方からの晩餐会の準備をしている。


 愛する婚約者(ひと)を探しまくる皇子様……

 皆は心から同情したのだった。



 その時レティは厨房にいた。

 騎士達から摘んで来て貰った薬草で薬を作る為に、厨房から鍋を借りて、ロンとケチャップに運んで貰っていたのである。


 薬草を煮るには凄い臭いがするので、外でやらなきゃならない。

 レティは白のローブを着用する。

 薬剤を作る時には何処であろうと白のローブを着用しなければならないと言う決まりがある。


 携帯用コンロを錬金術師のシエルに作って貰った。

 魔石に火を翳すとずっと火が燃えている便利グッズである。


 レティはずうずうしくもシエルに結構頼み事をしていた。

 しかし……

 レティの案はどれも優れており、この携帯用コンロも近々商品化されるらしい。




「 リティエラ様は殿下をお好きですか?」

 薬草を擦り潰しているレティを見ながらロンが聞く。


「 ええ、好きよ…… 」

 レティは淡々と薬を作る作業をしている。

 全神経を薬剤作りに集中しているので、あまり深くは考えずに勝手に口が答えていた。


「 殿下の何処が好きですか? 」

 ケチャップも薬草をすり潰しながら聞く。

 彼はいつの間にか作業を手伝わされていた。


「 顔 」

「 ええ!? 顔ですか!? 確かに殿下程の美形は見たこともありませんが…… 」

 薬草を水桶で洗いながらロンは顔だと言ったレティに驚く……

 普通の女性なら優しい所とかと言うんじゃ無いの?



「 それと……声も 」

 レティはグツグツと煮立った鍋をかき混ぜなから続ける。


「 手も…… 」

 神経が薬草作りに集中してるせいかレティの横顔は真剣そのものである。


「 それから? 」

「 キラキラ光るブロンドの髪も…… 」


「 他には?」

 質問の声の主はいつの間にかアルベルトに変わっていた。


「 アイスブルーの瞳も…… 」

 匂いも好きだわ……

 逞しい胸も……

 鍋をかき混ぜる手に力がこもる。


「 つまり? 」

「 えっ!? 」

 横を見るとアルベルトが薬草をすり潰していた。


 彼は嬉しさを隠しきれ無い顔をして薬草をゴリゴリとすり潰す。

「 僕の事が?」

「 ………全部……大好きなの…… 」

 彼女は真っ赤になり緑色に沸き立つ鍋をかき混ぜた。



 鍋をかき混ぜながら

 薬草をすり潰しながら

 薬草の臭いが立ち込める中で

 そこは皇子様と公爵令嬢が愛を語らう様な場所では無かったが………

 2人は幸せだった。



「 俺も婚約者が欲しいーっ! 」

 途中からアルベルトに代わる様に言われたロンとケチャップは……

 あまりにも甘い2人の会話に悶えながら地面をのたうちまわっているのだった。



「 で……? 何の薬を作ってるの? 」

「 解毒剤 」

「 ええっ!? 」



 シルフィード帝国の皇太子殿下には解毒剤を作れる婚約者がいる。


 彼女は、針と糸で傷口を縫って怪我人を治療し、騎士団1の腕前の騎士と剣の勝負をし、弓矢を持って馬で駆け巡るのであった。


 彼はその婚約者を大好きなのである。










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― 新着の感想 ―
[一言] あぁ、もうもうこの2人を好きじゃない人が居ることが考えられない・・・。 可愛すぎるおふたりさん。
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