女官─変化
「 皇太子殿下からこちらに行く様にと申し付けられて来ました! 」
馬車が止まるなり御者が叫んでいる。
診療所の中からグレイとヤングとレティが外に飛び出し、庭からはロンとナニアとローリアとジルが走ってくる。
「 採掘場で保護された怪我人です 」
「 殿下は? 」
グレイが御者の襟首を掴んでいる。
何か事故が起こったのかと皆に緊張が走る。
「 事故ではありませんので殿下はご無事です 」
はあ……
ここにいる全員が肩から力が抜け安堵の息を吐いた。
「 良かった…グレイ班長とロンさんは動けない患者を中に運んで下さい 」
「 了解 」
ナニア達は水を汲みに井戸まで走っている。
流石だ!
レティは外にいる患者の脈をみたり目の下をめくったり1人ずつ丁寧に診察をする。
「ジルさんはこの者達にコップの水に少し食塩を入れ飲ませてあげて下さい 」
「 はい 」
診療所の中に入ると、既にヤングが動けない鉱夫を診ていた。
「 君は傷の手術が出来るのか? 」
「 はい、丁度、麻痺薬を持って来ております。これで傷を縫います 」
「 頼む 」
「 はい 」
ヤングから白衣を貰い、それを着ると気持ちがビシッと引き締まる。
深呼吸をして……
「 よし! 行くぞ! 」
レティは2度目の人生での20歳の医師になる。
先程ヤングと話した時に彼は麻痺薬の存在を知らなかった様だが、10年近く皇都に行っていない医師なら分からないのは当たり前だった。
しかし……
言いたい事がふつふつと込み上げてくる……が、今は治療が先だ。
レティは怒る気持ちを押さえて、デカイ顔のリュックから医療セットを取り出した。
「 グレイ班長、ロンさん、彼を押さえていて下さい 」
「 はい! 」
「 嫌だ……何をするんだ? 」
「 傷にバイ菌が入り化膿してるので、そこを削り取ってから縫合します、麻痺薬を塗ると痛みが軽減されますので大丈夫ですから 」
「 ………… 」
鉱夫はガタガタと震えていた。
もう熱もある。
「 ただ、少しは痛みますのでそれは我慢して下さい。このままほおっておくと足を切断しないとならないかも知れませんよ 」
「 止めろ!……女なんか信用ならない! それもあんたみたいな小娘に何が出来るんだよ? 」
「 煩い! 私は医師だ! 黙って治療をさせろ! 足を切り落とすよりマシだろうが! 」
可愛らしいレティの口の悪い怒鳴り声の迫力に皆が驚く。
2度目の人生で庶民病院で医師として働いている時は、女だからと馬鹿にされ、よくこんな風に患者を怒鳴り付けたものだった。
「 分かった……あんたに任せるよ 」
ナニアさん達は鍋に水を入れて沸騰させてくれていた。
何から何まで……彼女達の要領の良さには脱帽する。
持参した医療器具を沸騰した鍋に入れて消毒をする。
レティは治療をしながらも指示を出す。
「 ダンさん! 先程作った栄養薬を10倍に薄めて下さい。ジルさんは飲める人に飲ませてあげて下さい 」
それからナニアさんとローリアさんは……
レティは患者の治療をしながら的確に周りの者に指示を出していく。
その様子にヤングは驚いた。
この娘はそうとう場数を踏んでいる……
こんな少女が……何故だ?
そして全ての人の治療が終わった頃にはあたりは暗くなっていた。
脱水状態の者が何名かいて、後の鉱夫の殆んどが栄養失調と過労による体調不良で、怪我人は3人程いてレティ達から治療が施された。
皆はヘトヘトだったが妙な達成感があった。
「 ヤング先生、お話しがあります 」
「 君の言いたい事は分かってる 」
ヤングが白衣を脱ぎながら言う。
「 私は皇都病院に行けなかったんじゃ無くて、行かなかったんだ。貴族に差別されまくったからね 」
「 庶民病院に行けば宜しかったのに……それに皇立図書館には医学書が沢山ありますわ 」
「 君は知らないのか?皇立図書館には平民は入館出来ないんだよ? 」
「 医師の証明書を見せたら入館できますわ 」
そうだったのかと彼は青ざめる。
「 でも……誰も知り合いが居ない中、今さら庶民病院なんかには行けない…… 」
「 だからって医者が向上心を失くしたら終わりじゃないですか! 」
「 俺はあいつに会いたくない。君は貴族だから平民の気持ちは分からないよ 」
この気弱な糞野郎は苛めて来た奴に会いたく無いと言う理由で皇宮病院に行かなかったんだ。
そんな理由で10年も前の医療をやってたんだ……
レティは頭に血が上った。
「 平民平民って、私はさっきみたいに女だからって馬鹿にされて来たわ。だけどそんな差別に挫けた事なんか1度も無いわ! 」
キレたレティはヤングの襟を握りガクガクとさせている。
「 私の周りにも平民は沢山いるし貴族も沢山いる、皆努力をして頑張っているわ!そこには平民も貴族も関係ない! 皆が自分の仕事に誇りを持っているわ……医者がこんな事で諦めたら助かるものも助からないのよ!」
ヤングはレティに襟を持たれたままに唇を噛んだ。
「 それに……今年は庶民病院の平民医師がローランド国に視察として派遣されて行ったわ、時代も変わって来てるのよ 」
私が行きたかったのに……
くっ……と悔しそうな顔をしてレティは続ける。
「 差別する奴はどんな奴にでも差別をするんだから、そんな低俗な考えしか出来ない奴のクダラナイ言葉をずっと胸に持っててどうするの? 」
ヤングが項垂れた。
「 リティエラ様…… 」
グレイがヤングの襟を掴んでいるレティの手を取った。
あっ……しまった……つい我を忘れてしまった。
グーーっ
ありゃっと自分のお腹を押さえるレティ。
彼女の腹の虫が盛大に鳴って……
周りの緊張が一気に解けて、笑いに包まれた。
「 ……お腹空いた…… 」
先程の気迫は何処へ行ったのか、赤くなって恥ずかしそうにしている少女がそこにいたのである。
「 そう言えば……食事がまだでしたね、私もお腹の虫が鳴りそうです 」
ナニアがヤングとダンに何か食べ物はあるのかと聞くと、食べ物は村人から治療代として貰う野菜や魚を焼いたり似たりして食べ繋いでいるらしい。
しかし……
今は何も無いと申し訳なさそうな顔をして言った。
「 じゃあ、任せといて! 何か仕入れてくる 」
ナニアとローリアが外に出ていった。
「 俺もさっきからぐーぐー鳴ってる 」……と、言いながらロンも護衛に付いて行く。
すると、鉱夫の家族が野菜や魚を持ってやって来た。
よっしゃーっ!
料理クラブで習った料理の腕前を披露する時が来たわ。
レティは台所を借りた。
ジルが後から付いて来た。
「 ジルさん! 野菜を刻めますか? 」
「 あの……私は……料理は出来ませんので…… 」
「 料理は楽しいですよ~ じゃあこの野菜を洗って来て下さい 」
ふむ……魚もあるので良い出汁になるだろう……
レティはスープを作る事にした。
野菜を洗って戻って来たジルにナイフを持たせて切る様に言う。
「 大丈夫! 指を切ったらわたくしが縫って差し上げますから 」
そう言ってレティはニヤリと笑った。
そんな……
レティの無茶苦茶な発言にジルは吹き出した。
「 あら?眉毛ボーンでもジルさんは笑わなかったのに…… 」
眉毛ボーン……
眉毛ボーン……
アハハはは……我慢出来ずにジルは笑い出した。
あの時は笑っちゃ駄目だと必死に我慢したのだとジルは笑いながら言った。
眉毛ボーン……
そんなに面白い?
でも……彼女はこんなにも楽しく笑ってる……
ナニアさん達がパンや干し肉を買って来た。
もう店は閉まっていたが無理やり開けさせて買って来たのだと豪快に笑った。
何時も彼女達は逞しい……
干し肉に鉱夫達やヤングとダンも湧いた。
もう、久しく食べていないらしい。
今では値段が高くてとてもじゃないが手が届かないと言う。
「 その通りよ、もの凄く高かったわ 」
……と、ローリアが憤慨している。
狩りはしないのかとグレイが聞くと、領主が狩場である山を封鎖していて狩りが出来ないらしい。
鉱山と山が隣接してる事から不法侵入を防ぐ為なんだと言った。
ジルを初め、ナニアやローリアもメモを取っていた。
彼女達は皇宮女官なのである。
クラウドに報告をするのだろう。
レティは彼女達の女官としての仕事ぶりが眩しく、働く女性をもっと応援したいと思った。
因みにヤングは40代に見えたがまだ30代であった。
まあ、どちらにしても若干17歳のレティにあんなに激しく説教をされたのであった。
レティ達が帰る支度をしてる時に1人の鉱夫が言った。
「 皇太子殿下が病院には優秀な女性医師が手当てをしてくれると仰ってました。貴女の事ですね。本当に有り難うございました 」
レティは……
最高の笑顔を残し診療所を後にした。
良かった……私も役に立てた……




