女官─棘
朝早くから女官達は荷物の整理をしていた。
レティも荷物を抱えて運ぶ。
ひょいと荷物を取られる。
「 おはよ、昨夜はあれからちゃんと眠れた? 」
「 お早うございます もう、ぐっすりよ 」
「 ここに置くのか? 」
「 うん……有り難う 」
アルベルトが荷物を置くと、腰を折り自分の頬を指でちょんちょんとしている。
レティにお早うのキスを要求しているのだ。
彼女はチュッとキスをする。
すると反対の頬も指でちょんちょんとする。
「 お礼のキスは? 」
荷物を運んだお礼が欲しいらしい……
レティはまたチュッとキスをする。
バカップルは朝でもイチャイチャが健在である。
昼の暑さを考慮し早いめの朝食を終え、皇太子殿下御一行様は2日目の旅に出る前にホテルのスタッフ達から見送りの挨拶を受ける。
「 昨夜は随分とお楽しみになられた様で…… 」
笑い声がホテル中に響いてましたよとホテルの支配人が嬉しそうに言った。
皇族の御一行がこんなに楽しそうに寛いで頂けて光栄ですと目を細め、これも若い殿下の人となりだと称賛した。
「 しかしあれ程までに笑える話を私共にも是非とも聞かせて貰いたいもんですなあ…… 」
ホテルの支配人が探るような目をしている。
「 良き待遇を感謝する 」
皇太子殿下のお礼の言葉を残し、眉毛ボーンを思い出してまた笑いの坩堝化するのを恐れた御一行様は早々に出立した。
2日目はボルボン伯爵家の領地に入り、視察を兼ねて領地の統治具合を見回る予定である。
ただ宿泊は過剰な接待を予測して近くの宿を予約していた。
そう、ボルボン伯爵家とはあの仮面舞踏会を開催している羽振りの良い伯爵家である。
領地に入ると沿道の小作人達がにこやかに手を振っている。
レティは食い入る様に彼等を見ていた。
何だろう?この違和感は……
お喋りだった彼女が無口になった事に女官達は気が付いた。
「 リティエラ様、ご気分がお悪いのでは? 」
「 ううん……何でも無いわ…… 」
しかし彼女は馬車の窓から身を乗り出す様に外を見つめ、手を顎に当て何か考え込んでいる様だった。
休憩時間になり、女官達から直ぐにレティの様子が変だとクラウドに告げられた。
クラウドからアルベルトに伝えられ、心配したアルベルトはレティを探しに出た。
……が、彼女は何処にもいない。
騎士達に聞くとグレイと何処かへ行ったと言う。
グレイと?
何故俺じゃなくグレイなんだ?
アルベルトは彼女を探した。
レティの声がする。
レティは木に向かい弓を構えていた。
ああ……
彼女の弓を射る時の構えはなんて美しいのだろう……
見とれていると……
「 もっと顎を引いて……そうだ! 」
グレイの声が聞こえて来た。
「 はい…… 」
パーン……
弓は外れた。
「 やっぱり無理……グレイ先生お願いします 」
「 もう1度やってごらん? きっと上手くいくよ 」
「 そうだと良いけど……じゃあもう一度だけ…… 」
レティは弓を構える。
「 腕をもっと水平に…… 」
パーン……
弓はやはり外れた。
よくもまあ、あの軍事式典の時の弓馬術で的中したもんだわね……
レティは天を仰いだ。
レティは3度の人生で死んでしまったので、自分には運が無いと思っていたが……
それとは別に、超人的な集中力を持った彼女は本番には滅法強い強運の持ち主だった。
「 グレイ先生……休憩時間が終わってしまうから、グレイ先生がやっちゃって下さい 」
グレイは騎士クラブにレティ達に弓矢を教えに来ているので、彼女はたまに先生と呼んだりしている。
「 分かったよ 」
グレイが笑いながらレティから弓を受けとった。
グレイが構える……
パーン……見事に命中し下に落ちた。
「 やっぱりグレイ班長は凄いですわ…… 」
彼女は時折グレイを班長と呼ぶ……
キャアキャアと喜んでいる彼女だが……
矢で射ぬいて落としたのは蜂の巣だった。
何故2人だけで居る?
何故2人だけで笑っている?
元々刺さっていた棘がさらに深く突き刺さる。
「 レティ行くぞ! 」
「 えっ!?殿下! 待って……私、まだ用事が…… 」
レティはアルベルトに問答無用で手を引かれ連れて行かれる。
すると……
視線の先にジルが独りで幹に座ってぼんやりしているのが見えた。
レティは気になっていた事をアルベルトに言う。
「 ジルが何時も1人でいるのは、殿下達が特別扱いするからでは無いですか? 」
「 レティ、君には関係の無い事だ! 女官でも何でも無い君が口出しをしないで欲しいね 」
苛立つ様に言うアルベルトに驚くレティ……
「 そうね……私には関係無かったわね……余計な事を言ってご免なさい 」
違う……
レティにこんな事を言うなんて……
謝るのは俺だ。
すると……
「 殿下、失礼します。リティエラ様、これで宜しいでしょうか? 」
騎士達が籠一杯の薬草を摘んで持って来てくれた。
「 有り難うございます。こんなにいっぱい…… 」
レティの嬉しそうな顔に騎士達はデレデレで立ち去って行った。
尖った棘は更に尖る。
「 君は呑気に何時でも騎士達と遊んでいるがジルはちゃんと仕事をしてるんだ…… 」
ああ……
何で思っても無いことを……
気持ちとは裏腹に尖った棘はレティに感情をぶつけてしまう。
「 そうですね……私みたいな学生が仕事の事に口出ししたら駄目よね、以後気を付けます。本当にごめんなさい 」
レティにも小さな棘が刺さった。
レティはグレイと2人で居たわけでは無かった。
他の騎士達はレティが欲しいと言った薬草を探しに行ってくれていたのだった。
弓矢の得意なグレイには蜂の巣を落として貰っていた。
ただ……
グレイは騎士クラブでのレティの先生でもあるので彼女に弓矢の指導をしていただけであった。
***
「 クラウド様、病院への視察を新たに組み入れる事は出来ませんか? 」
昼食の後に、レティはアルベルト達が公務をするのに借りている部屋に行きクラウドに言った。
皇太子殿下御一行様は昼食の為にレストランに到着していた。
部屋にはクラウドの他にアルベルトとジルがいる。
彼等は。時間が許す限りクラウドが持って来た他の公務の仕事をしているのであった。
「 どうしてですか? 」
クラウドが不思議そうに聞く。
「 来る時に馬車の窓から見えた子供達が、あまりにも顔色が悪く痩せていたのが気になりまして…… 」
レティが思い詰めた様に言う。
「この後は、鉱山の採掘場と穀物収穫倉庫に行った後に伯爵邸に訪問予定ですので、病院に行くのは時間的にも無理ですね 」
「 それらに行かれる意図は? 」
「 圧政や不正をしていないかの確認です 」
「 前触れを出してから殿下が視察に行かれると言う事は、見られたくない物には蓋をしてしまえると言う事になるのでは無いですか? 」
そこでアルベルトが口を開いた。
「 君は俺達のする事は無駄だと言いたいんだな? 」
「 無駄かどうかは分かりませんが……私は茶番だと思います 」
茶番だと?
アルベルトは拳を握りしめる。
「 ジル! お前はどう思う? 」
「 ……はい、突然の訪問となるとやはり相手に失礼かと……貴族なら最低でも礼儀を重んじる必要があると思われます 」
ジル……ちゃんと喋ってるわ……
私達と喋りたく無いだけなのね。
「 平民のジルの方が君よりよっぽど貴族の事を分かっているのはどう言う事なんだろうね 」
アルベルトがニヤリと笑う。
「 殿下、ここで貴族とか平民とかを出して来るのはお門違いかと…… 」
「 それは……君達が何時も彼女に向けて言ってるんじゃ無いのか? 」
「 それは、どう言う事ですの? 」
レティは聞き捨てならない事を言ったアルベルトを睨み付ける。
2人は睨み合った。
「 お二人共落ち着いて下さい! 」
ヒートアップして来た2人を慌ててクラウドが止める。
「 兎に角、病院に行って頂けないのなら、わたくし1人でも行きますので、今からお休みを貰います 」
「 そんな事は許さない! 大体、病院に勝手に行くなんて何か問題が生じたらどうするんだ! 」
「 忘れたのですか? わたくしは医師ですわ! 医師が病院を訪れる事に何ら問題はありませんわ! 」
失礼しますとレティは怒りを露にして部屋を後にした。
「 レティ!! 」
全く……
アルベルトはクラウドと顔を見合せやれやれと頭を横に振った。
「 馬車と、護衛にグレイとロンを、彼女の手伝いにナニアとローリアを行かせる。それからジル! お前もレティと一緒に行く様に! 」
「 私がですか? 私は……殿下の…… 」
「 もし何か不都合が生じたら、彼女は私の婚約者だと名乗る様にしなさい 」
「 ………はい………承知しました 」
先程までは何気に嬉しそうだったジルの顔が曇った。




