女官─眉毛
レストランの隅のテーブルに女官達が集まりその後の打ち合わせをする。
今は食事の後の休憩中なので、テーブルの上にはスイーツと飲み物が所狭しと置かれていた。
男性達は夜の酒場で交流を深めるが、皆でスイーツを食べながらお喋りするのは女性達の交流の場でもある。
だから……
特別だと言われているジルさんもこの場には参加して欲しいと思うのは間違いなのかな?
「 直ぐに戻りますから、リティエラ様はここで休憩をしていて下さいね 」
彼女達はそう言って何処かへ行ってしまった。
女官の仕事は時間との戦いだと言い、あ・うんの呼吸で仕事をしている彼女達にとっては私は邪魔でしかないのを思い知る。
「 もっとお手伝い出来ると思っていたのに…… 」
女官の服装をしてるだけの自分が情けなくなる。
「 貴女は殿下のお相手をするだけのお仕事の様ですね 」
眉毛ボーンの支配人がニヤニヤしながら私の横にやって来た。
殿下とお2人で仲良く手を繋いで歩いていましたねぇと、眉毛をザリザリと触っている。
き……キモい……
やっぱり見られているわよね。
当たっているだけに反論出来ないのが悲しい……
「 今夜の宿では殿下のお相手ですかね? 」
眉毛ボーンは更にいやらしい顔をしてニヤニヤしている。
この眉毛ボーンは何を言っているのか?
「 殿下には婚約者がおられますわ 」
そう、溺愛してる婚約者がね!
フフンと鼻息を荒くする。
「 まあ、しかしだね。旅に出ると婚約者がおられ様とも羽目を外したくなるもんだよ。元々皇宮の侍女や女官なんて、所詮はそんな扱いなんだろ? 」
殿下も男だからね。やりたい放題が羨ま……
気が付くと……
殿下の侮辱までする眉毛ボーンのみぞおちに正拳突きをお見舞いしていた。
「 うわーっ!? 何だ君はー! 」
「 女官達は誇りを持って仕事をしているわ! 貴方みたいな眉毛ボーンのゲスの勘繰りは断じて赦しませんわ! 」
「 眉毛ボーンは、関係無いだろ! 」
「 うるさい!その眉毛は気持ち悪いのよ!手入れしなさい! 」
2人の騒ぎに騎士達が駆け付けて来て支配人に剣を向けたが……やられたのは支配人?
そこにアルベルトとクラウドもやって来た。
腰に手を当て仁王立ちをしているレティの前には、尻餅を付いてみぞおちを押さえて唸っている支配人がいる。
「 レティ!? 何があった!? 怪我は? 」
殿下が悲壮な顔をしながら私の肩を持った。
「 何でもございませんわ! 護身術を教えてさしあげていただけですわ 」
話を合わせろ!
殿下まで侮辱したお前は不敬罪で首が飛ぶよ……と私の首を指で一文字に切る真似をした。
「 は……い……見事な護身術でございました 」
青ざめた眉毛ボーンはみぞおちを押さえながらこの場から走り去り、それを確認して騎士達は剣を収めた。
「 レティ、あいつに変な事をされたんじゃ無いんだね? 」
殿下が心配そうに私の手を握る。
「 お騒がせ致しました。眉毛ボーンとは何もございませんでしたから。どうぞお気にしないでお仕事をお続け下さいまし 」
眉毛ボーン?……ククク……アルベルトもクラウドも大ウケで笑い出した。
眉毛ボーン……騎士達も任務中なのに我慢出来ずにゲラゲラと笑いながら腹を押さえている。
グレイは折角スルー出来ていた眉毛ボーンがぶり返して来る……クククク……
先程の緊張感が嘘の様に皆はゲラゲラと笑いが止まらない。
眉毛ボーン……
アハハハハハ……アハハハハハ……
頭で反芻しては笑いまくるのであった。
何よ皆して……
何がそんなにおかしいのよ?
レティはテーブルに付き澄まし顔でスイーツを食べている。
アルベルトが見るとテーブルには沢山のスイーツが並べられていた。
「 美味しいか? 」
アルベルトは眉を下げクックッと笑ってレティの頭をポンポンとした。
あら?笑いはもう止まったの?
殿下に隠れる様にして手を胸に当てジルが立っている事に気付いた。
まあ!?……彼女は笑わなかったのね……
それにしても……
殿下に子供扱いをされた様な気がしてムッとする。
「 あら嫌だわ……全部私が食べていたのでは無くてよ。わたくしは食いしん坊じゃありませんのよ…… 」
ホホホと手を口にやる。
「 食いしん坊だろ? 」
アルベルトは笑いながらレティの頬をウニっと摘まんだ。
「 では、続きをする。 クラウド、ジル、行くぞ! 」
彼女は「はい」と返事をし、殿下の後ろを付いて行く……
眉毛ボーン……アハハハハハ……クラウドはまだ笑っている。
いい加減にしろ!クラウド!しかし……眉毛ボーン……と、言いながら2人の会話が消えて行った。
彼女はこの後、殿下とどんな会話をするのだろうか?
殿下にはちゃんと笑顔を見せるのだろうか?
そこへ女官達が走って戻ってきた。
騎士達が笑っているので何があったのかと聞かれた。
眉毛ボーンとの一部始終を話すと女官達も眉毛ボーンに大ウケしてゲラゲラと笑った。
「 侍女や女官をそんな風に見ているなんて…… 」
赦せないと言いながらも眉毛ボーンを思い出しては笑う。
「 リティエラ様、私達の名誉の為に有り難うございます 」
彼女達は
レティが眉毛ボーンをぶっ飛ばす所を見たかったとゲラゲラと笑っている。
レティは自分が役に立ったのだと思うとちょっぴり嬉しくなった。
***
1日目の宿は、皇室御用達の3階建ての宿で1階が食堂とラウンジバーになっており、2階と3階が宿泊部屋になっている広いホテルであった。
3階はVIP用でバストイレ付きの広い部屋が2部屋ある。
昼間は暑さも強まったので、遅い時間に出発した事もあり到着したのは夜になっていた。
ここは皇室御用達の宿だと言う事もあり、警備も十分行き届いており、勿論食事も毒味などはしなくてもよく皆でテーブルに付いた。
3階のVIPの部屋の一室は殿下が使用するのは当然だが、隣の部屋は勿論レティ用だ。
レティは公爵令嬢で皇太子殿下の婚約者なんだからそれが当然なんだろうが、今は女官として来てるので彼女は嫌がった。
しかしクラウドから護衛もしやすいからと説得され、渋々アルベルトの横の部屋を使う。
騎士は24時間勤務を交代で行うのを知っているレティは護衛をしやすいと言われたら従うしか無いのである。
湯浴の世話に女官を付けようと言われたが……
まさか女官見習いとして接してきたナニアさん達に世話をして貰うわけにはいかないので、それも断る。
「 リティエラ様、1人では大変ですので私共にお世話させて下さいませ 」
将来はお世話する事になるのですからと彼女達が鼻息荒く言う……が、レティは留学で1人で生活をしていた事を告げ大丈夫だと言った。
そもそもレティは3度目の人生で騎士だったのだから、自分の事は自分で出来るのである。
騎士養成所の宿舎では、何から何まで自分でやるのは当たり前の事であったのだから。
湯浴みを終えると1日の疲れで直ぐにベッドに倒れ込む。
明日は朝早く起きて……それから……
ウトウトとし始めていたら、窓がコンコンとノックされる。
う……うるさい……
コンコン……コンコン……
何? 眠い目を擦りながら上体を起こす。
窓を見ると……
何かいる!?
飛び起きてテーブルの上に置いてあった水差しを持ち、構える。
「 誰かいるの? 」
「 レティ……僕だよ……窓を開けて 」
「 アル!? 」
窓に駆け寄るとベランダに殿下がいた。
急いで窓を開ける。
えっ!?
ベランダに出てまじまじと横のベランダを見る。
殿下の部屋のベランダとの距離はかなりある。
「 もしかして……飛んだの? 」
「 うん、飛んだ……君に会いたくて…… 」
照れた様に言う殿下が何だか可愛い。
「 部屋に入って…… 」
「 いや、いい……ベランダで話そう 」
部屋になんか入ったら歯止めが効かなくなりそうだ。
「 疲れて寝てたのにごめん……少しだけ一緒にいたくて…… 」
「 うん……そうね…… 」
「 おいで 」
レティの手を持ちアルベルトの前に引き寄せ、彼女の腰に手を回し後から抱き抱えた。
2人で夜空を眺める。
田舎なので星が瞬いていて綺麗だった。
「 寒くない? 夜は少し冷える 」
「 大丈夫、アルがいるから……」
「 こうしていると学園祭の後夜祭を思い出すね 」
「 そうね……もう9ヶ月にもなるのね…… 」
時は早い様で遅く感じる……
レティとの2歳の歳の差がもどかしい。
「 レティ……卒業したら結婚しよう? 」
「 それは……出来ないわ……やりたい事があるって言ったでしょ? 」
「 じゃあ、皇宮に一緒に住もう、やりたい事は皇宮でも出来るだろ? 」
「 でも…… 」
「 考えておいて…… 」
アルベルトはレティの頭にキスをして、クルリと回して目の前にいる愛しい女性の顔を見つめる。
結婚をしたら……
グレイへの謂れの無い嫉妬の気持ちも消えるかも知れない。
アルベルトはグレイが好きだから……
あんな醜い嫉妬の気持ちを抱くのが嫌だった。
本当に……
17歳になったんだな……
君はどんどん綺麗になる。
君と初めて出会った時は随分大人っぽく感じたが……君はまだ14歳だったんだ。
「 眉もピンクパープルの瞳も長いまつ毛もまあるいオデコもふっくらとした可愛い頬も赤い唇も……みんな好きだ 」
アルベルトは指でそれらをなぞる。
親指で唇に触れると……
頬に手を添え口付けをしようとする……と……
ん?……眉……?
急に眉毛ボーンが出て来た。
ククク……
アルベルトは肩を揺らし笑ってしまった。
折角良いムードだったのに……
笑っては駄目だと思えば思う程眉毛ボーンが頭の中を支配して行く……
クククく……
「 何? アル?……私の顔がおかしい? 」
口付け寸前のアルベルトを赤い顔をしたレティが下から怪訝な顔をして見ている。
「 いや……ごめん……眉毛ボーンが…… 」
「 眉毛ボーンが何なの? 」
この可愛い顔で………この可愛い口で……眉毛ボーンと言う事がまたおかしくてたまらない。
眉毛ボーン……アハハハハハ……
「 眉毛ボーンが面白いの? 」
「 眉毛ボーンが? ねぇ……眉毛ボーンがそんなに面白いの?」
「 レティ、止めてくれ……アハハハハハ 」
は……腹が痛い……
ニヤリと悪い顔をしたレティはその後眉毛ボーンを言いまくった。
皇子様は生まれて初めてこんなに笑った。
アハハハハハ……
下の階のベランダからクラウドの笑い声がした。
彼はベランダで話す2人の会話を聞いていた。
殿下……そこで思い出すのは……
眉毛ボーンを思い出したら駄目です。
眉毛ボーン…………アハハハハハ……ハハハは……
アハハハハハ……ハハハ……
その夜は……
ホテルでは暫く笑い声が止む事は無かった。
書いていたら止められなくなり長くなりました(--;)
読んで頂き有り難うございます。
 




