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女官─道中

 


  皇太子殿下御一行様は、皇都を抜け田園風景のある農家の集落を抜けた林で休憩に入った。


 林の中には小川が流れ、木陰もある事から人も馬も休憩するには丁度良い場所であった。


 馬車が静かに止まる。

 女官達はもう戦闘態勢に入っている。


 馬車のドアが御者によって開けられると、争うように後ろの荷物の馬車に駆け寄る。

 彼女達の話では何事も時間との勝負らしい。


 女官の名はナニアさん、ローリアさん、エリーゼさん、サマンサさんでリーダーはナニアさんである。



 荷馬車に飛び乗ると荷物を運び始めた。

 荷物には番号が振ってあり彼女達の優秀さを目の当たりにした。

 荷造りを自分達でしたもんだから何処に何があるのかは一目瞭然で、その動きはテキパキとして実に見事だった。


 失敗したわ……

 私も荷造りに参加しとくべきだった。

 彼女達の流れる様な動きに全く参加出来ないのである。


 あれ?

 彼女は?

 ジルさんがいない。


 後ろを振り返ると、彼女はクラウド様達と一緒に皇太子殿下専用馬車の前にいた。


 あっ!そうか……

 彼女は優秀な女官で、色々な仕事を経験させて育てているってクラウド様が言ってたわよね。


 なる程……彼女は特別なんだわ……



「 この荷物は何処へ持って行けば良いですか? 」

 レティも頑張ってお手伝いしようと腕捲りをする。


「 リティエラ様は殿下の側に……あっ!? 」

 屈んで荷物を箱から出そうとしていたナニアさんが上を見上げて驚いた様な顔をする。


「 えっ!?……キャア! 」

 いきなり抱き抱えられた。

 こんなことをするのは殿下しかいない。


「 私の可愛い女官さんを貰っていくよ 」

「 殿下! 私は女官の仕事を…… 」

 いくら抗議の声をあげても殿下に抱っこされて連れて行かれる。

 女官さん達を見ると、皆はニコニコ笑いながら手をヒラヒラさせて見送ってくれた。


 クラウド様と話している侍従さんや、ジルさんや騎士達がいる間を通り過ぎる。


 クラウド様に助けを求める視線を送ると、彼からも手をヒラヒラとさせて見送られ、騎士達は行ってらっしゃいと敬礼をした。

 み……みんな……



 大きな木の下まで来ると殿下は足を止めた。


「 もう! 荷物じゃ無いんだからね! 」

 殿下にブウブウ抗議の声をあげる。


 だけど……まだ抱っこされたままで下ろしてくれない。

「 レティ、挨拶のキスは? 」

「 ええ!? ここで!? 」

「 しないと下ろさない 」

 ええ!?

 ……皆のいる所からちょっと遠いし……誰も見ていないわよね……

 殿下の頬にチュッとキスをした。


「 久し振りだ 」

 私のおでこに殿下のおでこをコツンと合わせてきた。


「 お妃教育の日は居なくてごめんね 」

「 仕事なら仕方無いわ……それに帰る時にアルの顔を見れたから…… 」

「 えっ!? 僕に気が付いていたの? 」

「 ええ、アルが帰城して来た時に玄関の所に居たの 」


 そこで殿下は私を地面に下ろしてくれた。

 えっ!? 何か敷いてある!

 ええっ!? 横には小さなテーブルが置かれその上にはカップに入ったお茶まで………

 いつの間に……


 女官さん達はスススと音もなく下がって行った。

 凄い……達人だわ……


 あっ……もしかして……会話を聞かれた?

 あちゃ~この後どんな顔をして馬車に乗れば良いのよ?

 顔が熱くなった。



「 それで、レティはどうして声を掛けてくれなかったの? 」

「 忙しそうだったし…… 」

「 これからは僕を見掛けたらちゃんと声を掛ける事! いいね? 」

「 うん……そうする 」

 殿下は1回損したとブツブツ言っていた。


 馬車に長く乗ってると足を伸ばしたくなるんだよね、と殿下は敷かれた大きな布の上に座り木に凭れ足を投げ出す。

「 レティ、ここにおいで 」

 広げた足の間に座れと言う……


 お茶の入ったカップを2つ持って、「はい」と渡しながら彼の長い足の間にこそっと座った。


 2人でコクコクと冷たいお茶を飲む……


「 あっ! そうだ! シェフから頂いたの…… 」

 上着のポケットからお菓子の包みを取り出して、あーんしてと言って殿下の口に入れようとすると……


「 あれ? 残念、胸のポケットから取り出して欲しかったなぁ…… 」

 まだ言うか!! と殿下のほっぺをつねりに行く……と、殿下が抱き締めてきてチュッと頬にキスをされる。


 ごちゃごちゃ2人で争っていると……

 ふと、馬車の方を見れば騎士達は馬の世話をし、ナニアさん達は騎士達にもお茶を配っていた。


「 あっ! 私も行かなきゃ! 」

 殿下は立ち上がろうとする私の腕を掴み引き寄せる。


「 君の仕事は皇太子殿下の話し相手だよ? 彼は独りぼっちでずっと馬車にいるのだからね、な? 可哀想だろ? 」

「 ……寂しかったの? 」

「 だから今はここにいて…… 」


 じゃあ、一緒にお菓子を食べましょとシェフから貰ったお菓子を殿下の口に入れる。

「 美味しい 」

「 じゃあ、次はレティも…… 」



 皇太子殿下と婚約者のたっぷりなイチャイチャタイムが終わって、馬車はまた動き出した。




「 スミマセン……お仕事をしないで…… 」

 申し訳なさそうに言うレティに、女官達はニコニコとしながら

「 リティエラ様のお仕事は、殿下のお話し相手だとクラウド様から伺っておりますから……」

 何ら問題はありませんのよと皆が口々に言う。

 それに、殿下もお嬉しそうだったし……と私を見て、またニコニコした。


「 さ……左様で…… 」

 やっぱり聞かれていたわね……と顔が赤くなるレティであった。



 馬車の中で次の仕事を確認し合う女官達。

 次はレストランでお昼の食事と休憩の予定である。


 前もってレストランを調べたり、予約を取るのも女官の仕事で、皇都から近くなら実際に足を運んで下見をするとも言う。

 しかし、遠くになるとそうもいかないので、宿屋にいる旅人や商人達にもリサーチをしに行ったと言う。


 今回は殿下の初めての遠出の公務と言う事もあり、皇帝陛下の女官達に旅のノウハウを聞きに行ったり、保管してある報告書の資料を見に行ったりして研究したらしい。


 全ては、皇太子殿下が何不自由無く快適に公務の旅が出来る様に……

 それが女官の仕事だと彼女達は胸を張った。



 これは、大変だわ……

 私も殿下とイチャコラしてる場合では無いわ!

 元より女官長と女官の1人が足りないのだから、私もしっかりと役立つ事をしなきゃ!


 そう、決意も新たにしていると……


「 一昨年に公爵様の領地に、殿下をお迎えに出向いたのが私達の初めての初陣でしたわ 」


「 まあ!? あの時の…… 」

 初めての割には完璧なお迎えだったわ。

 でも、今の彼女達はあれからレベルアップをしてるのよね?

 凄いわ……

 自分達の仕事を誇りにしている彼女達を見てレティは胸が高鳴った。


 ああ……

 世の中にはまだ私の知らない素敵な職業があるんだわ。


 当時は女性が職業を持つ事は稀だったが、レティは自分と同じ様に手に職を持つ彼女達を眩しく感じたのだった。



 彼女達は元々皇后陛下付きの女官だったらしい。

 結婚を期に退職をし子育ても一段落をした頃に、皇子様の立太子の礼の時に合わせて声を掛けられ組織化されたのだと言う。


 皇太子殿下が本格的に公務を始めた今年からが本番だと彼女達は張り切っていた。


 皇后様の女官……

 成る程……

 最初から出来るわけだわ。


 それから、彼女達の子育ての話やら、旦那さんの愚痴やらを楽しく聞いていた。




 ただ……

 そんな会話にもジルは入って来なかった事がレティは気になった。

 彼女は熱心にノートを見たり何かを記入していたりしていたのである。

 レティは何度も彼女に話し掛けたが……彼女は素っ気ない。

 そして決まって彼女は言う。


「 私は平民ですから 」




 年齢も、私と彼女は1番近いのに……

 平民だからって仲良くなれないのはおかしいわ。

 一緒にいれば絶対に仲良くなれる筈。


 風の魔女と同じ21歳と言う年齢の彼女は……

 20歳で死んでしまうかも知れないレティにとっては憧れの年齢であったのである。








読んで頂き有り難うございます。

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