女官─出立
皇太子殿下専用馬車と3台の馬車、側近のクラウドと侍従が1人、12人の騎士と6人の女官達と宮殿を出る。
6人の女官の内の1人がレティである。
シルフィード帝国では、侍女は宮殿内の皇族達への身の回りの世話をする仕事をし、女官は主に秘書官の補佐の仕事をする。
皇族が視察に出る時は女官が皇族達の身の回りの世話も兼ねて同行をしていた。
なので……
皇宮の女官は文官養成所を修了しなければなれないと言う、エリート女性の象徴である憧れの職業であった。
制服は紺のブレザーにスカート、ブレザーの丈は腰までで、スカートは踝までの長さである。
白のブラウスのエリ元にある青のリボンは皇室の象徴色のロイヤルブルー。
対外的に活躍する女性を応援する装いであった。
レティは女官見習いとしてのバイトだから賃金を貰ってる限りは普通に女官として働きますと言い、女官の制服を着用していた。
宮殿の侍女やスタッフ達の見送りを受けて皇太子殿下御一行様が視察に出る。
宮殿の皆は、今回の視察にレティが同行するのを知っていたので、皇子様がどんな顔をしているのかを楽しみに見送りに出向いていた。
何時もは見送りなんか出て来ないシェフまで見送りに来ていた。
デザート担当のシェフは、女官達の後ろに並んでるレティにこっそりとお菓子の包みを渡したりしている。
今ではこのシェフとレティはすっかり仲良しだ。
実は、レティを皇太子殿下専用馬車に乗せる乗せないでアルベルトとレティの間で先程一悶着あった。
「 殿下、私は女官見習いとして同行させて貰うんですからね 。それに女官が皇太子殿下専用馬車に乗ってるのを見たら、皆はどう思うのかしら? 」
「 それは……ちょっと不味いな……だったらレティが普通のドレスを着れば良いんだよ 」
「 普通のドレスを着るなら同行いたしませんわ! わたくしは、女官として同行するのですから…… 」
私はバイトで行くのよ?とレティは鼻息を荒くした。
「 ……分かった 」
残念そうに耳を垂らした仔犬の様に項垂れる皇子様を皆は暖かい目で見ていた。
皇子様!次は頑張って!ファイト!
リティエラ様とご一緒の時の皇子様は時折駄々っ子の様になられて……本当にお可愛らしい……
侍女長のモニカは、皇子様の小さい頃でさえも駄々を捏ねる所なんか見たことが無かったのよと言っている。
殿下が嬉しそうだ。
クラウドはそんな2人のやり取りを見て目を細めるのであった。
「 行ってくる 」
アルベルトが皇太子殿下専用馬車に乗り込む。
先頭の馬車にはクラウドと侍従が乗り、次には皇太子殿下専用馬車、その次にはレティが乗る女官達の馬車で、その後ろに荷物用の馬車が続き、その周りを騎士達が騎乗して進む。
護衛はグレイの居る皇宮騎士団第一部隊の第1班が勤める。
皇太子殿下の初の地域への訪問、地域への視察も兼ねているので、遠回りで町や村を経由して行く事になり、かなりゆったりとした視察の旅となっている。
この計画を立てたクラウドはレティを同行させたのは大成功だと思った。
この時期に温泉施設が完成した事もあって、オープン前にこの施設の改築を進めてきた皇太子殿下の視察は必然である。
それでこの視察の旅の計画をずっと立てて来たのだが、学生であるレティはこの長期休暇でしか同行出来ないのであった。
こちらは女官の馬車である。
皇宮の馬車は大きく6人は優に乗れるので、彼女達が6人乗ってもまだゆったりしていた。
皇太子殿下の婚約者としてでは無く、女官として働きたいのだと同行の女官達に告げ、彼女達の仕事の説明に熱心にメモを取った。
しかし……
とは言っても皇太子殿下の婚約者なのである。
事前のクラウドからの説明では、彼女は殿下の話し相手で、少し殿下のお世話をする程度だと聞いていたのだった。
そして、皇太子殿下の婚約者と言う事の以前に彼女は皇族に次ぐ身分の高い公爵令嬢なのである。
領地で育ち、学園しか経験の無いレティにはその線引きには拘りは無いのだろうが、身分制度の激しい社会では話し掛ける事も出来ないのである。
女官達は同じ馬車に乗る事をびくびくしていたが、皇太子殿下の婚約者は皇宮で評判通りの気さくな人となりで、持ち前の明るさと話し上手な事もあり、女官達とは直ぐに打ち解けた。
ただ女官と言っても、独身の皇太子殿下の女官である彼女達の年齢は、侍女達もそうである様に皆が30歳を過ぎた既婚者であった。
ただ1人を除いては……
彼女の名はジル・ベンガー、21歳平民である。
学園の庶民棟を奨学生として主席で卒業し、特待生として文官養成所に入所し優秀な成績で修了したと言う、当時の女性としては大変貴重な逸材であった。
クラウドが彼女の文官養成所の修了と共に、直々に自分の秘書官に任命したと言う特別な女官であった。
「 ジルさんもわたくしをリティエラとお呼び下さいね。
今からは同じ女官仲間で、私は見習いですからしっかりと指導をして下さいね。」
「 いえ……私は平民ですので…… 」
そう言うと彼女は俯いてしまった。
後から女官達にジルの事を聞くと、彼女は無口であまり喋る事は無く、何時も1人で居るから取っ付きにくくて困るのよと嘆いていた。
自分達との年齢差の事もあるし、何より平民だからなのかしらね。……と女官達は肩を竦めた。
???
確か……殿下には話し掛けて……そして笑っていたわよね?
「 あの……ジルさん? わたくしの顔はご存知ですよね? 」
「 ……はい、勿論存じております 」
ああ……やっぱりあの時は私だと気付かなかったんだわ……
俯いて目も合わせてくれない彼女に戸惑いながらも、料理クラブのミリア達や騎士クラブの皆とも直ぐに打ち解けて仲良くなったから……平民だからって関係ないわ。
彼女とも直ぐに仲良くなるわよね。
いや、仲良くなりたいわ……
殿下と笑っていたのだからきっと私にも笑ってくれる。
レティはそう思うのであった。
白い馬車に皇室の紋章が入った馬車は皇太子殿下専用馬車である。
なので、馬車には皇太子殿下が乗っていると言う事が分かっているので、沿道の人々は熱気を帯びて激しく手を振る。
特に女性達は顔を赤らめキャアキャアと騒いでいる。
フフフ……
殿下は窓を開けて手を振っておられるのだわ。
長期休暇の間は元々領地には帰ろうと思っていたが、こんな形でアルベルトとの旅が始まるとは思っていなかったので、レティは胸が高鳴るのを感じていた。
良い旅になります様に……
読んで頂き有り難うございます。




