彼女の喜ぶ顔─疑惑
レティは朝から帽子を被り鼻歌を歌いながら庭の薬草の世話をしていた。
日差しも強くなり、雑草はこまめに抜かなければ大変な事になるのである。
「 楽しい? 」
「 ええ……えっ!? 殿下!?…… 」
うずくまって雑草を一掴みしている彼女が見上げるとアルベルトがいた。
髪が朝日に反射してキラキラ輝いている。
本当に……朝、昼、晩と何時の時間も綺麗な男性である。
「 名前! 2人の時は名前で呼ぶ約束だろ? 」
「 アル……今日はどうしたの? 」
「 僕の婚約者にデートのお誘いに来たのさ 」
「 えーっ!今日は虎の穴に行って……それから皇宮病院に行く予定なのよ 」
アルベルトは手を差し伸べレティを立たせると、彼女が被っている帽子の鍔を上げレティの頬にキスをする。
「 おはよ 」
「 お……早うござい……まする…… 」
うう……これは……どうなのよ?
挨拶でキスだなんて……朝からこんなにドキドキして……精神的に悪いわ。
挨拶はほっぺにキスだと最近2人で決めたばかりである。
いや……正確にはアルベルトが決めただけなのだが……
「 まさか……僕とのデートを断るつもり? 」
「 だって…… 」
今は視察団が来てるんですもの……今しか無いのに……
ぶつくさ言ってるレティにアルベルトは呆れ顔だ。
「 レティの馬の調教が終わったんだって……それでもデートしない? 」
「 する!……します! 」
パアッと笑顔になったレティは着替えて来ますと言って家に入っていった。
アルベルトも続いて公爵邸の居間に入る。
朝でも夜でも公爵邸にはもはや自由に出入り出来る様になっている。
全く……
俺ってレティの中では順位が低くないか?
彼女とデートするには人参をぶら下げなければならないなんて……
最近……いや、以前から順位の低さを薄々感じていた皇子様であった。
メイドが煎れたお茶を飲んでると……
レティはジョッパーズを履き、完璧な乗馬スタイルで登場した。
黒の襟のあるシャツに青のジャケットに白のジョッパーズに黒のブーツ姿。
これは……レティがデザインした乗馬服である。
近々《パティオ》で売り出す予定であるので、着心地を確かめたくて用意していたのである。
当時は女性が馬に乗る事は稀で実用性の無い女性用の服は無かった。
だけどこの服を売り出せば乗馬する女性も増えるとレティは思っていた。
先ずは何でも形からよ!
身体の線がはっきり出てる姿はアルベルトをドキリとさせる。
太ももとか……お尻とか……冗談じゃないぞ!
これは俺のレティに男の視線が釘付けになってしまう。
2人だけなら良いけど……
「 レティ……これはちょっと…… 」
「 あら!? これからは女性も乗馬を楽しむ時代よ 」
「 でもそれは駄目だ! 身体の線が出過ぎだ 」
「 そう?……駄目? じゃあ着替えてくるわ 」
そうよね、殿方の意見も参考にしなきゃね。
でも……このジョッパーズは馬に跨がりやすいと思うんだけどな……残念。
また、開発しなきゃ。
「 これはどう? 」
レティはかなりユルリとしたズボンを履いてきた。
「 うん!それなら良いよ、可愛いね 」
ウフフ、リボンが可愛いでしょう、と言ってくるりと回ったレティが可愛らしい……
「 よう、お前ら休みなのに朝から元気だな 」
ラウルが寝ぼけた顔をして部屋から出てきた。
ルーカスもローズもまだ部屋からは出てこない。
休日だからゆっくりとしてるんだろう。
アルベルトは公爵家のこんな自由な雰囲気が好きだった。
ラウルとレオナルドは文官養成所に通っている。
この文官養成所を卒業しなければ、事務官になる事は出来ないのである。
「 お兄様、文官の勉強は大変なの? 」
「 ああ、頭がパニックだ 」
ラウルは欠伸をしながら食堂に消えていった。
文官かぁ……
卒業したら文官養成所に行くのも有りかもね……
医師に薬学研究員に騎士……この上文官にまで興味を示すレティであった。
「 レティ、行くよ。1人で馬に乗るのは危ないから虎の穴のローブを着ておいで…… 」
「 分かった 」
ローブを着て外に出ると、殿下の白馬のライナが繋がれていた。
彼女とは上手くいっていない。
殿下を取らないからと言って仲良しになったのに、しっかり殿下の恋人になってしまったのである。
ライナはレティを見るとブルブルと鼻を振り目をむいで脅してきた。
やっぱり怒っているわね。
だけど……もう譲れないわ!
2人で睨み合う。
白馬の身体を軽く撫でながら
「 ライナ! 駄目だぞ、レティを乗せて! 」
殿下に撫でられ馬は勝ち誇った顔をしている。
「 えっ!? 2人乗りで行くの? 」
「 そうだよ、嫌? 」
「 折角、ズボンを履いてきたのに……家の馬で行きたい 」
それに……今、睨み合ったから彼女が恐い……
2人乗りをしたらレティと密着出来るんだから、アルベルトにそれをやらない選択肢は無かった。
「 駄目! 馬は牧場で乗れば良い 」
「!? キャア! 」
レティはアルベルトにヒョイと抱えられ馬に乗せられた。
「 さあ、行くよ! ライナ! 」
主の命令は絶対らしい。
ライナが嫌々駆け出した。
突然白馬が街に現れたのだから街は大騒ぎとなった。
皇太子殿下が誰かを乗せている。
白のローブのフードを頭から被っていて顔は見えない。
しかし……
普通に何の疑いも無く、乗せているのは婚約者の公爵令嬢だと言う事に落ち着いた。
『公爵令嬢を大好きな皇太子殿下』……は、帝国中の周知の事実であった。
デート中なんだわ……
白馬に乗ってデートだなんて……素敵……
高貴なお2人が恋愛をしてるなんて……
「 レティは馬に乗るのが上手いね? 領地で乗っていたのか?」
「 そうね……ちょっとだけね 」
前にも感じたが……
一緒に乗っていても凄く乗りやすいのだ。
レティは馬に乗りなれている?
牧場に到着すると牧場のスタッフが鞍を付けて待っていてくれた。
「 ショコラ! 」
暇があるとレティがショコラの世話をしに来ていたので、2人は仲良しであった。
因みにショコラは雄である。
レティが1人で馬に乗るのは初めて見た。
最初はゆっくりと慣らし程度に走っていたが……
途中から縦横無尽に走り出した。
その手綱さばきは凄いものであった。
馬とも相性が良いのか……
馬が楽しそうだ。
彼女の最高の笑顔を見たような気がした。
綺麗だった……
俺は暫く見惚れて動けなかった。
しかし……ある疑問が湧いてきた。
一体………
彼女は何者なんだ?
僅か16歳で弓を射、馬を縦横無尽に乗りこなし、医師で、薬師で……
そして……
彼女は騎士である。
間違いない。
長らく訓練を受けた者でしか出来ない身のこなしに立ち姿……
彼女は何時でも領地でって誤魔化すが……
領地にいた頃は彼女は13歳なんだぞ。
ラウルが留学に行った時に、入れ替わりで学園に入学準備の為に皇都にやって来たと言っていた。
その時俺達は16歳で彼女は14歳の筈である。
彼女は何処で………そして誰から学んだんだ?
そう言えば……
ラウルがレティの入学式の日の朝と夜とでは完全に別人の様になっていたと言っていた。
それが何か関係してるのか?
俺みたいに特殊な魔力が宿ったとか……
その時レティが
「 アルーっ!! 」
片手で手綱を持ち手を振る。
「 危ない! 」
思わず叫んだが……
次の瞬間………
彼女は両手すら手綱から離して弓を射る構えをした。
俺は……
一体何を見てるんだろう……
最高の笑顔で馬を乗りこなす彼女を見ながら背筋が凍った様な気がした。
こんなもんちょっとやそっとの訓練で出来るもんじゃない……
一体………
君は何者なんだ?
しかし……
それを聞いても……
君はまた小さな嘘を吐くんだね……




