彼女の喜ぶ顔─2
ローランド国からウィリアム王子の来国と共に、医師や薬学研究員達が来国して来ていた。
休憩時間にレティの教室にやって来ていた王子から聞いた時には、レティは歓喜のあまり王子に抱き付きそうになった。
─情報の共有─
特に医療に関しては、違う国であろうともお互いに発展して行く事に何らデメリットは無いのである。
それが医師として……薬学研究所にいるレティとしての自念であった。
「 そんなに嬉しいか? 」
1人で掌を握り締めガッツポーズをして嬉しそうにしているレティの顔を王子が覗き込む。
「 王子殿下、有り難うございます。以前、虎の穴の視察をした事により派遣してくれたんですよね? 」
「 ああ、この国よりも我が国の方が医療は遅れていると感じたからね 」
「 その代わり魔獣に関してはローランド国の方がよく研究されてますわ 」
そう、シルフィード帝国よりはローランド国の方が遥かに魔獣の出現率が高いのである。
対峙する事が多ければ多い程研究される事になる為に、その件に関して優れているのは当然の事である。
それにしても……
こんな奴でも王子は王子なのであると実感する。
やはり彼等を通すと仕事が早いのである。
色んな手順や、段取りを飛ばせる事が王子の一声なのだから……
「 まあ、君の喜んでいる顔は嬉しいかな、あんな泣き顔よりもね…… 」
王子はバチンとウィンクをして来た。
周りにいる女子達がキャアキャア騒いでいる。
「 王子殿下! いつかもう一度わたくしと勝負して下さいませね。 」
剣を振る真似をすると、横でケイン君が笑っていた。
***
まず最初に、我が国とローランド国の医師の会議が開かれた。
ローランド国からは2名の医師が来国して来ていた。
彼等の滞在期間は2週間余り、その間に沢山の情報交換をする事になる。
勿論、我が国の庶民病院の医師も参加する。
そして……
嬉しい事に、会議は私が学園の授業が終わるのを待って開いてくれるのである。
授業が終わると慌てて馬車に飛び乗り皇宮病院まで行った。
会議室にはレティを待っている医師達がいた。
待ってる間に、レティの事はローランド国の医師達に説明してくれていた様だった。
「 ただいま参りました。リティエラ・ラ・ウォリウォールです。わたくしの為に、この時間になって申し訳ないです。若輩者ですがどうぞ宜しくお願いします。」
丸いテーブルに皆で囲んで座り、お互いの国の医療の話で白熱した。
そこでふと思った。
2度目の人生で医師だった私の医療の知識は今から4年後の知識である。
医療の進歩は4年もあればかなりの進歩を成し遂げる。
今、私のこの医療の知識を全て出せば、今から4年後には更に進歩をした医療になるのかと……
ふむ……
しかしこれはやはり禁忌な事では無いのだろうか?
白熱して議論をする医師達を見ながら悩んでいた。
会議が終わる頃……
今度はローランド国への医師の派遣をしたいと言う話になる。
「 はい!はい!はい! 私が行きます! 行かせて下さい! 」
張り切って手を上げると……
「 君は学園をどうするんだい? 」
「 あっ! そうだったわ……私はまだ学生だった…… 」
すっかり20歳の気分でいたわ。
ああ……行きたかったのにと項垂れる。
「 いいね、若者がやる気があるって事は…… 」
病院長達が笑っている。
「 私が行きます 」
手を上げたのは私の師匠のユーリ先輩だった。
そして……
庶民病院の若い医師ロビンも手を上げた。
「 じゃあ、この2人に行って貰う! 今から1ヶ月後だ、準備をする様に…… 」
う……羨ましい……
「 リティエラ君、君の分まで勉強してくるよ 」
ユーリ先輩がそう言って嬉しそうに私の頭をポンポンとした。
沢山の資料や本を抱えながら皇宮病院を後にする。
「 どうだった? 良い交流会になったか? 」
殿下がひょいと荷物を持ってくれた。
「 えっ!? 何これ? 随分重いけど……よくこんなの持てたね? 」
「 ローランド国と我が国の医学書と資料よ、これから家で勉強するの! 」
やはり……16歳の少女が医学書を読む事に彼女の凄さを思い知る。
そして……
そんなレティを見るとアルベルトはたまらなく寂しくなるのだった。
「 張り切ってるね 」
「 次はね、薬師達の集まりがあるのよ 」
それまでにこの資料をものにしなくっちゃと、彼女はイキイキとしている。
「 あっ!そうだ……今度はローランド国への視察の話があってね……行きたいと言ったら……」
「 言ったら? 」
「 学園はどうするのかと言われたわ……で、結局ユーリ先生と、庶民病院のロビン先生が行くことになって…… 」
私も一緒に行きたかったと嘆くレティの座右の銘は『無遅刻無欠席』であった。
学園を休んでまでは視察に行かなくても良いと思う所がレティらしいのである。
学園生活を楽しむと言う事が4度目の人生でのレティの最大の目標なのであった。
ローランド国に視察に行けなくて残念そうなレティだが……
今が長期休暇前なら完全に行っていただろうね。
この娘は俺の婚約者の自覚は無いのだろうか?
横で楽しそうに話すレティを見てアルベルトは溜め息を付く。
「 あっ! ウィリアム王子にもお礼を言ったんだけれども……この両国の交流会は、アルが手を尽くしてくれたのよね? 有り難う 」
レティは最高の笑顔を見せてくる。
こんなに嬉しそうな顔をしてくれたら……
何にも言えなくなったアルベルトだった。
2人で歩いていると………
「 ねぇ……アル……? 」
「 何? 」
「 手を繋いで…… 」
「 えっ!? ……今君の荷物を持ってるから繋げないよ 」
「 じゃあ……ここを持って良い? 」
レティはアルベルトの上着の裾を持った。
うわーっ!何か……可愛いぞ!
「 アル……ハグして……今すぐに…… 」
「 えっ!? だから君の荷物を持ってるから今すぐにハグは出来ないよ…… 」
レティは俯いてアルベルトの上着の裾を持って彼に付いていく。
「 今すぐにハグしてよ 」
レティが拗ねる様な口調で言ってくる。
何?
何で今?
ああ……可愛い……今すぐにハグしたい……
「 ねぇ……アル……ギュッとして…… 」
「 レティ……待って……もうすぐ馬車に到着するから…… 」
これは……
もしかして彼女に何かあった?
こんな風に甘えてくるレティは今まで無かった。
レティを見ると……俯き俺の上着の裾をギュッと握り締めている。
やっぱり何かあったんだ……
馬車のドアを開け持っていた荷物をドサッと中に入れ、振り返り様にレティにハグをしようと両手を広げた。
すると、レティはスルリとアルベルトの横を通り抜け馬車に乗り込みドアをピシャリと閉めた。
「 レティ? 」
「 前に舞踏会のダンスの時に意地悪をした仕返しよ! フランツ、早く馬車を出して! 」
ものすごーく悪そうな顔をしてレティがニヤリと笑う。
「 では……出発します 」
御者の合図で馬車が動きだした。
両手を広げたまま唖然とするアルベルトを残して……
じゃあね~と手をヒラヒラさせてレティは最高の嬉しそうな顔をした。
やられた……
「 この小悪魔レティめ! 」
アルベルトはクックッと笑った。
それにしても……
レティのあんな甘えた声を聞けたのは大収穫だった。
彼女の可愛らしい仕返しに胸がフワフワするアルベルトだった。
そして……
レティの悪そうな顔はラウルそっくりで、アルベルトはラウル達を思い出した。
そう言えば……あんなに毎日一緒にいたのに忙しくて最近は会って無かったな……
久しぶりに4人で飲みに行くとしよう。
皇子様と公爵令嬢である2人は主君と臣下である。
婚約したとしてそれは変わらない。
しかし……アルベルトとレティは違った……
彼等は絶賛恋愛中である。




