彼女の好奇心
今日は3年生になって初めての騎士クラブである。
新入部員が入部してきていた。
緊張の面持ちで背筋もピンとして並んでいる彼等の中に……
うそ……
エドガーがいる!
何で?
しかし……何だか小さい。
勿論私よりは遥かに背は高いのだけれども……
エドガーは180センチを優に越えている。
彼は170センチ位だろうか……
レティは、その疑問を晴らす為に彼の元に駆けていった。
向こうから駆けてきた女性は皇太子殿下の婚約者だった。
学食で遠目に見ていた彼女がすぐ目の前にいる……
「 わたくしはリティエラ・ラ・ウォリウォールと申します 」
彼女は天使の様な微笑みで名を告げた。
告げられた男子生徒は顔を赤らめながら
「 俺はキース・ラ・ドゥルグ、エドガーはオレ……いや、僕の兄です! 」
キースは……いや、ここにいる新入部員全員が目の前にいる彼女に見惚れてしまっていた。
騎士クラブは庶民棟の生徒達も入部出来るので、彼等にとって皇太子殿下の婚約者なんて女性は雲の上の存在であるのだった。
そして……
市井では皇太子殿下の婚約者は目と目の間が離れていると言う噂が流れていた事から、食堂では庶民棟の新入生達の間でかなりざわついたのだった。
キャー可愛い!
エドの弟……ちっちゃいエドガーだ!
ああ……駄目だハグしたい……
「 俺は兄から貴女を守る様に言われて来ました! 」
キャー可愛い!
ハグしたい、ハグしたい、ハグしたい!!
「キー君って呼んでいい?」
いきなりハグはいくら何でも駄目だと自分を抑える。
ずっと弟が欲しかったレティにとって、エドガーの弟は自分の弟も同然だった。
「 いや……キー君は止め……」
「 キー君! 一緒に頑張りましょうね! 」
テンションの高いレティはキースの言葉に被せる様に言うとご機嫌で去っていった。
キースはエドガーの4歳下の弟である。
父の様に、叔父の様に、従兄弟の様に、はたまた兄の様に強い騎士になるのが夢だった。
キー君………
兄から皇太子殿下の婚約者が騎士クラブにいると聞き、その婚約者を守る様に言われ、その名誉を誇らしく思って入部してきたキー君はちょっぴり悲しかった。
皇太子殿下の婚約者は見た目よりも……想像よりもかなりのお転婆だと思った。
そして……
レティは嬉しかった。
なんと、女子生徒が入部して来たのだった。
それも4人も……
そう……
彼女達は騎士団に所属する団員の令嬢達だった。
水面下で未来の皇太子妃誕生のプロジェクトが進行しているのであった。
レティは自分にそうしてくれた様に、彼女達にも色々と教えた。
練習着は未だにレティにはブカブカだったが、彼女達にはピッタリだった。
流石に騎士団団員の令嬢達で、その体格も父親譲りで、小柄なレティよりも2歳年下の彼女達の方が大きかった。
ダブダブの練習着を着た小さい先輩レティが大きい後輩達を引き連れて歩いている姿は……たいそう可愛らしく……男子生徒達の目は緩むのであった。
彼女を大好きな皇太子殿下がご覧になったら……さぞお喜びになるだろうに……
練習が終わり整列をしていると、珍しく練習場に来ていた顧問の先生から話があった。
それは……
騎士団から、剣だけではなく早くから弓矢を習得していた方が良いだろうと要請があり、今年度から部活の活動に弓矢の練習を導入する事になったと言う話であった。
レティは歓喜した。
殿下だ!
きっと殿下が導入してくれたんだわ!
もういてもたってもいられずに、制服に着替えると馬車に飛び乗り皇宮に向かった。
馬車を下り宮殿に駆けて行く……
学園の制服姿の可愛らしい彼女が皇太子殿下の婚約者である事は、皆が一目で分かった。
勿論、スムーズに宮殿に入る事が出来たレティは更に奥へ進む。
宮殿の中ではしずしずと歩いていた彼女は、流行る気持ちを抑えきれずに人通りが少なくなると駆け出していた。
皇族の住まいは奥である。
奥へ奥へ……
どんどん駆けて……駆け……て……
あれ?どこだ?
いつの間にか突き当たりの部屋の前に来ていた。
辺りには誰も居なかった。
迷子!?
えっ!?迷子になったの?
レティがくるくると周りを見回している。
何度か突き当たりを曲がったのは覚えているが……
「 リティエラ君? 」
「 えっ!?」
声の主はシエルだった。
シエルはレティの制服姿を初めて見た。
本当に可愛らしい……
彼女はまだ学生なんだと顔が緩む……
「 こんな所で何をしてるのですか? 」
「 さあ? ……迷子……? 」
レティは頭を傾げ、シエルを見ると彼は青のローブを着て荷物を抱えていた。
「 シエルさんこそ…… 」
「 私は仕事ですよ 」
突き当たりの扉を見ると『ボイラー室』と書かれており、シエルさんはこのボイラー室に魔道具や魔石のメンテナンスを行う為に来たらしい。
「 えっ!?魔道具の点検ですか!? 」
ギラギラと目を輝かせるレティにシエルはクスリと笑いながら言う。
「 見学をしますか? 」
「 はい! 見学したいです! 」
殿下に会いに来たんだけれども……
約束してた訳じゃないし……
門番さんや警備の人にも来訪を告げてないし……
良いよね見学しても……
『 殿下に会いに行く』と『 魔道具の点検 』を天秤に掛けた結果……
アルベルトは魔道具に負けたのであった。
レティの好奇心は揺るがない。
扉を開けるとそこには色々なパイプや機具がいり組んであり、3人の錬金術師さん達が小さな魔石の入った箱を開けて点検をしていた。
3人共見知った錬金術師達なので軽く挨拶をする。
シエルが荷物を置きながら瞳をキラキラさせているレティに説明をしてくれる。
「 ここは宮殿の心臓部かな……このパイプを使って宮殿のあちこちに熱や冷気を送り、宮殿全体を快適にしてるんだよ 」
季節が変わる度の魔力の入れ替えと、月1のメンテナンスは欠かせないらしい。
うわーっ!!
凄い凄い……宮殿にこんな秘密があったなんて……
確かに宮殿内は何時来ても快適だわ。
ボイラー室には沢山の魔石があった。
「 シエルさん、そもそもなんですが…… 」
「 ん? 何だい? 」
シエルは何時もレティに優しい眼差しを向ける。
「 魔石は何処で採れるのですか? 」
「 ああ……北にミレニアム公国があるのは知ってるよね? 」
「 はい、冬が厳しい国だと帝国史で習いました 」
「 シルフィード帝国とミレニアム公国の境目のエルベリア山脈の、とある鉱山で採掘されてるらしい 」
へえ……
ミレニアム公国か……
この国には王がいないと言う歴史は習っていた。
もっと詳細を調べてみよう。
「 どうやって採掘されるのかとかの詳細は皇宮のトップシークレットらしいから、私達も知らないんだけどね 」
成る程……
皇室のトップシークレットか……
レティはアルベルトの所へ行くのをすっかり忘れて、シエルや他の錬金術師達のボイラー室の魔道具と魔石の話に夢中になっていた。
その頃皇子様は……
門番や警備員からレティが宮殿に入ったとの連絡が来て、今か今かと首を長~くして愛しの婚約者の到着を待っていたのであった。
彼女が、喜びのあまり抱き付いて来やすい様に椅子を少しずらしたりして……




