抑えきれない想い
舞踏会では上座に皇族達の座る席が用意されている。
ファーストダンスを終えた両陛下は、椅子に座りルーカス夫婦達や大臣達と飲食をしながら談笑している。
他国の王族が来国し主賓客として招かれていればこの席が用意される事になる。
イニエスタ王国の王女がこの席にいたのも王族だからであった。
皇太子であるアルベルトにも席が用意されているが、婚約者といえ、まだ皇族で無い立場のレティにはこの席は用意されてはいないのである。
2人は踊り終えると壁際に向かった。
皇族席にレティの席が無いからなのである。
だから皇子様が壁際に来ることは稀な事であった。
えっ!?
2人が壁際に下がるなり、アルベルトと繋いでいた手を離す様に、2人の間にいきなり女性達が割り込ん出来た。
レティは女性達に押された時にドレスの裾を踏ん付けて倒れそうになった。
小柄な彼女は、ボンキュッボンの令嬢達からふっ飛ばされたのである。
アルベルトは騒がしい女性達に囲まれ、レティが押されたのには気付かなかった。
レティを支えたのは……グレイだった。
「 大丈夫ですか? 」
グレイは捕らえた新聞記者の狙いがレティだったので、側で護衛をしているのである。
見つめ合う2人……
どれだけ時間が経ったのか……いや、ほんの一瞬の事かも知れない。
グレイ班長……
私が結婚をする筈だった人……
リティエラ嬢……
俺の妻になる筈だった人……
グレイは、先程父からレティとの縁談話があった事を聞かされたのだった。
嘆く父に、グレイは心が乱れた。
しかし……彼女はもう殿下の婚約者。
主君からこれ程までに愛されている女性なのだ。
だけど……
レティを抱き止めた瞬間に抑えていた想いが一気に溢れた。
言葉に出来ない想いが……
決して言葉にしてはいけない想いに蓋をする。
「 俺と踊って頂けますか? 」
レティの手を取り、思わずダンスを申し込んでしまった。
「 はい…… 」
見れば、殿下も他の令嬢と踊ろうとしている。
じゃあ、私もオッケーよね。
グレイとレティはホールの端の方で踊る。
本来ならば任務中にダンスなどもっての他だが、この時グレイは、自分の気持ちを抑えきれなかった。
後から、懲罰を受ける事になるとしても……
レティの手を取り、レティの腰を……触るのも躊躇う位のタッチで踊る。
しかし、そんなグレイのリードでは上手く踊れず、レティは何度もグレイの脚を踏み、謝罪した。
「 ごめんなさい 」
「 すまない……俺が下手なせいで…… 」
2人で顔を見合わせクスクスと笑う。
これが最初で最後のダンス……
侯爵家の嫡男のグレイがダンスが下手な分けは無い。
ダンスの相手がレティだから……
緊張して、遠慮をして、触れれば壊れそうなレティの腰を引き寄せられなかったのだった。
アルベルトは令嬢と踊りながら、二人を見つめた。
グレイのレティに触れる手が、初々しい。
アルベルトは彼がダンスを踊れるのを知っていた。
なのに……
あんなに愛おしそうにレティを見つめ、ぎこちないリードをしながら真綿を包む様にレティに接しているのである。
自分は名前も覚えていない令嬢の腰をぐっと引き寄せ、優しく微笑み、密着して踊っている。
グレイとレティを見ていると……
何時も感じていた。
自分の女性へのこなれ感がどうしょうもなく情けなくなる事を……
ダンスが終わる。
直ぐにレティの所へ行こうとすると……
「 次はワタクシですわ……皇子様、お約束しましたよね 」
令嬢から腕を引っ張られた。
レティとグレイは既に居なくなっていた。
アルベルトは、結局約束していた何人かの令嬢とのダンスをし、終わると直ぐにレティを探した。
勿論、グレイは信用している。
だけど……
どうしてもグレイとレティがいる所は見たく無かった。
いた……
やはりレティは軽食コーナーにいた。
1人でデザートを食べながらシェフと話をしていた。
舞踏会では何度も軽食コーナーに来ているので、シェフとすっかり仲良しになっていたのだった。
グレイは……?
グレイは壁際に立ってレティの警護をしていたのだった。
彼のレティを見る顔は優しかった。
「 あっ、殿下…… 」
レティは美味しいデザートを前にニコニコと上機嫌だった。
「 グレイ! もう、下がれ、後は俺がいる 」
「 はっ! 」
グレイは頭を下げて去っていった。
アルベルトはレティの腕を掴み引っ張って行く。
「 まだ、食べたいのに! 」
「 ………… 」
ブツブツ文句を言うレティを、人けの無い奥ばった所にあるベンチに座らせる。
「 綺麗ね~ 」
レティは幻想的な灯りが飾られた木々に見入っている。
「 何でグレイと踊ったの? 」
「 何でって……踊ったら駄目だったの? 」
「 駄目だ! 」
君とグレイが踊る姿なんて見たくない。
アルベルトはレティの顔を見なかった。
レティがポツリと言った。
「 アルだって令嬢達と踊ったじゃない! 」
「 俺はこう……」
いや……違う……今日は公務じゃ無い。
断る事は出来たんだ……
クラウドにも指摘された事があった。
「 殿下は、女性に寛容過ぎます、もう婚約したのだから寛容になる必要はありませんよ 」
アルベルトは優しい子だった。
独りっ子で周りには何時も女性達が居て、皇子様だから優しくしなければならないと言われて育って来たのである。
チャラいとされてるレオナルドの方が、返って手厳しい態度を取れるのである。
彼には5歳上の姉がいたのであった。
「 俺は……仕方無く……」
「 仕方無くって何? 仕方無く踊るのと、喜んで踊るのとどうやって見分けが付くの? 」
何なの?
この皇子の言ってる事が分かんないわ……
「 知らない間に彼女達と踊る約束をしてたんだよ 」
「 だから、知らない間にした約束と、喜んでした約束をどうやって私は区別したら良いの? 」
理路整然と言うレティの正論にアルベルトは勝てない。
更にレティは畳み掛ける。
「 じゃあ、私が喜んでグレイ様と踊るのは駄目で、仕方無くグレイ様と踊るのは良いの? 」
「 違う! そんな事を言ってるんじゃない! 」
理不尽なアルベルトを許せないレティは腕を組み、仁王立ちになっていた。
「 グレイは駄目だ! 」
「 じゃあ、他の男性なら良いのね? この後はユーリ先生やシエルさんと踊る事にするわ! お世話になってるし……ルーピン所長も今夜は来てるし……」
「 駄目だ! 絶対に許さない 」
「 じゃあ、私はジジイとばかり踊れば良いのね? 」
「 …………いや、それも駄目だ…………」
アルベルトはレティのジジイ発言にちょっと吹きそうになった。
「 自分は若くて綺麗な令嬢達と踊り、私はジジイとも踊らせ無いのね? 」
「 君は……ジジイと踊りたいのか? 」
「 そうよ!爺ちゃん達が帰国したら踊りたいわ! 」
ああ……なる程……爺達か……
レティは話にならないとプンスカ怒って歩いていった。
どんなにレティが怒っても嫌なものは嫌なんだから仕方無い。
レティは俺だけのものなんだから。
「 一緒に戻ろう……君は俺の婚約者だ 」
会場に戻ると、2人の様子がおかしいと直ぐに皆は気付いた。
明らかに喧嘩をしたのだ。
何時もは人目を憚らないバカップルでイチャコラしまくっているのだから、その違いは一目瞭然であった。
しかし……
喧嘩をしても、手だけはしっかりと繋いでいるのが何とも微笑ましい2人だった。
アルベルトは憂う……
多分……
レティはグレイに片想いをしていたんだろう。
俺がいなければ二人は結婚していたかも知れないと聞いて、レティはどう思ったのだろうか……
アルベルトは怖くて聞けなかった。
勿論レティは、グレイが3度目の人生で苦楽を共にした尊敬する上司だった人とは言えないのである。
そして……
聞けない事で、言えない事で、アルベルトはレティとグレイの関係に長らく苦しむ事となるのである。




