香水─3
風の魔女の好きな男性人は貴族どころか皇太子殿下だった。
そして、有ろう事か……
今、目の前で自分の婚約者が他の女性と楽しげにお茶をしてるのである。
それはまだ良い。
そんな事もあるだろうよ。
しかし、私の婚約者が楽しげに話をしている相手は、私の婚約者を狙っている女性で、彼女は愛人になりたいとまで言ったのである。
これは……
立場が変わればなんとやらで、風の魔女には全く共感出来なくなったレティなのであった。
そして……
『 婚約者がいるのに他の独身女性と何回も会うなんて、ろくな男じゃ無いわね 』
つい先程そう思ったばかりの、そのろくな男じゃ無い男が、自分の婚約者である事が判明した。
うわ~
応援するって言っちゃったわ。
受付のお姉さんと案内係のお姉さんが、このままで良いのかと、二人を捨て置くのかと、身振り手振りをしながら、しきりにアイコンタクトを取ってくる。
もう、手旗信号の様である。
多分、風の魔女に邪魔だと言った二人とは、このお姉さん達の事なんだろう。
常日頃は殿下に色目を使っているのに……分からないものだわ。
ここは……
浮気をしてる(かも知れない)二人を土下座させ、鞭で打ち修羅場化する事が正解なのか?(←レティの悪役令嬢のイメージ)
しかし……
今は『 ドラゴンの血 』が待っているのである。
「 ………… 」
レティは、二人に気付かれ無い様にこそっと薬学研究室に入った。
『 婚約者奪還 』と『 ドラゴンの血 』を天秤に掛けた結果……
アルベルトはドラゴンの血に負けたのであった。
 
レティの好奇心は揺るがない。
 
 
***
  
 
「 リティエラ君……早くこちらへ 」
レティは皆が集まっている所へ急いだ。
「 スミマセン、遅くなりました 」
虎の穴の8人全員の薬学研究員が勢揃いした。
レティがジャック・ハルビンから貰った『 ドラゴンの血 』は、小瓶に入っている位の量であった為に、凄く貴重な物だった。
「 図書館の資料書と照らし合わせて、色々と分析をした結果、これなる物はドラゴンの血であるのは間違い無いでしょうね 」
ミレーさんが説明を続ける。
一滴マウスに試した結果マウスが元気になりすぎて凶暴化してるとの事。
皆が、檻に入っているマウスを見る。
マウスは荒ぶり、こちらに牙を向け挑発してくる。
「 嘘でしょ!? 」
暫く見てると、さらに荒ぶれ、火まで吹き出しそうである。
マウスの気分はドラゴンらしい……
「 これ程のパワーが、この血にはあるんです 」
ミレーさんが目を輝かせている。
「 サハルーン帝国では、ドラゴンの血からポーションなる物を作り出したらしいです 」
「 ポーション!? 」
レティが、ジャック・ハルビンの言った事を説明すると、皆が食い付いて来た。
「 回復薬の事らしいです 」
皆が興奮を隠せなかった。
「 ドラゴンの血は万能薬と言われています、その血にはあらゆる薬効があると思われます 」
レティはローランド国の王立図書館で読んだ本の説明をした。
「 でも、この血をそのまま我々が服用する事は出来ない 」
皆が、荒ぶるマウスを見ていた。
レティの2度目の人生は、流行り病に感染し、高熱と繰り返す嘔吐と下痢で衰弱死したのである。
感染したとしても……これだけの回復薬があれば……
特効薬が無くても、強靭な体力で持ちこたえる事が出来るかも知れないのだ。
荒ぶるマウスは中指を立てる勢いだった。
「 だったら中和剤があれば良いのでは無いか? 」
他の薬師さんが興奮気味に言った。
確かに……
三人寄れば文殊の知恵で、皆であらゆる知恵と知識を出し合う。
中和剤の資料を見る。
効能のある中和剤だけでも数十種類あるのだ。
片っ端から、実験をするのが一番確かだが、ドラゴンの血が小瓶の量しか無いのが切ない所である。
  
「 ドラゴンが現れてくれないかな? 」
誰かが呟いた。
「 そんな事は願っては駄目よ、サハルーン帝国のある都市はドラゴンが暴れて、壊滅的な被害を受けたらしいから…… 」
「 そうだね……ごめん……無神経だった 」
レティは迂闊な事をいった研究員を咎めたが、自分も何処かでドラゴンに遭遇したいと思っていた事から、自分を戒める為にも言ったのであった。
皆で、ドラゴンの血の入った小さな小瓶を見つめた。
ドラゴンの血は欲しい……
ポーションが完成すれば、何人もの命が救えるのかも知れないのだ。
しかし、その願いを叶える為には、莫大な犠牲が出る事になる。
本当に……
研究者泣かせの事案である。
兎に角、中和剤をもっと調べる事になった。
 
 
皆で、あーでも無いこーでも無いと意見交換をし、時間は瞬く間に過ぎた。
気が付くと辺りは暗くなっていた。
「 しまった……リティエラ君は早く帰りなさい 」
「はい! 」
私だけがまだ学生なのである。
慌てて、鞄に資料や文具を詰め込んで、薬学研究室を後にした。
カイルが待ってるだろうな……
部屋を出ると、殿下がソファーに座っていた。
「 お帰り、今日来ていたんだね、薬師達があまりにも真剣そうだったから、声を掛けられなかったよ 」
そう言えば……
風の魔女はあれからどうしたんだろう?
すっかり忘れてたわ……
「 送るよ、一緒に帰ろう」
殿下はそう言って手を繋ごうと、手を差し出しながら近寄ってきた。
  
近寄って来た殿下からは香水の香りがする。
殿下が好きだと言っていた香水の香り……
嫌だ……
近寄って来ないで……
「 うちの馬車が待ってくれてるので、今日はうちの馬車で帰ります 」
殿下が、えっ!?っと言う顔をした。
婚約してからは、学園でも私の帰りは、何時も皇太子殿下専用馬車に乗って殿下に公爵邸まで送って貰う事が常となっている。
お兄様は私を待たずに済むと大層喜んでいるのである。
「 レティ? どうしたの? 」
どれだけ二人でベタベタすれば、そんなに香水の香りがするの?
「 何かあった? おいで…… 」
様子がおかしいレティに、アルベルトは両手を広げて抱き締めようとする。
嫌だ……
来ないで……
私は後退りして……
殿下を振り切り駆け出した。
「 レティ!」
「 殿下……今日はこのまま帰ります、さようなら 」
公爵家の馬車に飛び乗った。
「 お嬢様、お帰りなさいまし 」
「 早く出して!……ごめんね、遅くなっちゃった……」
馬車は直ぐに動き出す。
はぁ……
他の女性がつけていた香水をプンプン匂わせている殿下と……
一緒に馬車になんか乗れる訳ないでしょうよ。
 
 
 




