香水─2
休日の午後……
この日も公爵令嬢は男の使用人に変装をして、街を歩いていた。
店の裏口から入ると、ワンピースに着替え、メイクを施し、ピンクのウェーブをしたカツラを被り、20歳のレディ・リティーシャになるのであった。
二回も変装をすると言う面倒くさい事をするが、一度目の人生ではお洒落番長であったレティにとっては楽しい事であった。
お店での売り上げ、ドレスの出来具合、装飾品の在庫等を一通りチェックしたレディ・リティーシャは、また公爵家の使用人に変装をして帰宅をするのである。
休日の日のこの日は、風の魔女に会う為に皇都広場まで足を運んだ。
皇都広場は今日も沢山の人々で賑わっており、レティは風の魔女のその後の恋話を聞くのを楽しみにしていた。
風の魔女は21歳だと言っていた。
21歳……
レティは三度も人生をループしていながら、21歳にはなれなかったのである。
4度目の人生も、また20歳で終わるかも知れないと言う恐怖に抗いながら生きているのだ。
だから余計に21歳と言う年齢の彼女に憧れた。
21歳の女性は、こんな風に生き、こんな風に恋をしているんだと、風の魔女のイザベラに自分を重ねてみたかったのだった。
風の魔女が先週に会いに行った好きな男性との話を聞きたくてウズウズしているレティと、会いに行った男性との話をしたくてウズウズしている風の魔女イザベラは、彼女の舞台が終わると直ぐに劇場の片隅のベンチに腰掛けて話をする。
「 もう……本当に素敵な……夢の様な時間だったわ 」
彼を思い出して、頬を染め、手を胸の前に合わせて話す彼女は本当に可愛らしい少女になっていた。
「 話し上手で、話していると楽しくて……時間の経つのを忘れたわ……本当に、彼と凄く話が合うんだよね 」
「 お互いに共有出来る話があるのは、何よりの事ですわ 」
「 あら?あんた……急に難しい事を言うのね? 」
「 アハハ……それで? 告白したのですか? 」
「 それはまだ……でも、彼も満更でもないみたいでさ 」
「 イザベラさん程の美しさなら、きっと誰でも好きになるわ 」
そう……
女の私でも初めて会った時はドキドキしたんだから……
「 そうかしら? 有り難う……でもね、そこにはライバルが二人いて……私に意地悪をしてくるんだよね 」
「 まあ! どんな風に? 」
「 私に邪魔だと言ってきて……」
それは捨て置け無いわね。
私も王女や王子から邪魔だと言われたっけ……
「 一番の障害は……彼には婚約者がいる事…… 」
ええ!?
婚約者がいるの?
だったら……駄目かも……
それに、婚約者がいると言う事は、イザベラさんのお相手は貴族なの?
イザベラは元は平民である。
だけど、風の魔力の所持者として、一代限りの男爵の称号を国から与えられていた。
帝国が保護し、監視すると言う事は、貴族にして貴族名鑑にその名を登録すると言う事である。
「 叶わぬ恋でも良いの……だけど私の想いだけでも伝えたい……それに、愛人でも良いから側にいたいと思ったの…… 」
「 そんなに好きなんですね 」
「 ええ……彼と話しをしてから益々好きになったわ 」
彼女は頬を赤らめる。
「 愛人なんて悲しい事を言わないで 」
「 でも…… 」
「 私も出来る限りの応援をします! 」
彼女は今日、これから彼に会いに行くらしい。
前回に会った時の別れ際に、今回も会う約束をしたのだと嬉しそうに言った。
しかし……
応援をすると言ったものの……
婚約者がいるのに他の独身女性と何回も会うなんて、ろくな男じゃ無いわね。
それも明らかに自分に好意を示している女性となのである。
これは前途多難だわ……
そうして、彼女は着替えて……
しかし、そのドレスはかなり気合いの入ったドレスだった。
背が高くスラリとした妖艶な顔つきの彼女には、似つかわしく無いリボンの付いたピンクのドレスだったんだけど……
好きな男性には、可愛らしく見られたい……これが恋する乙女の想いなんだろうと、余計な事を言わずにおこうと思った、お洒落番長だったレティである。
そして……
とっておきの日だからと、香水をシュッと白いうなじにひと吹き掛けて、彼女は幸せそうに恋しい男性に会いに行った。
「 頑張れぇ! 」
彼女に向けてエールを贈ると、風の魔女は振り返り手をクルリと回す……
すると小さな緑の風は素敵な香水の香りと共に、私を心地よく包んだ。
カッコいい……
ああ……なんて素敵な能力なんだろう。
その能力にも憧れた……
***
私はこれから待ちに待った重要な場所に行くのである。
公爵家の馬車が迎えに来てるので、馬車の待機場所まで急ぐ。
馬車にはマーサが乗って来てくれていたから、男に変装をした姿のままではあったが、御者をしてくれたカイルを上手く誤魔化して馬車に乗る事が出来た。
一旦帰宅してから、着替えたワンピースの上に白のローブを羽織る。
行き先は虎の穴。
ジャック・ハルビンに開店のお祝いで貰った『 ドラゴンの血 』に関する話があると、薬学研究員に全員集合が掛かったのである。
レティは、『 ドラゴンの血 』をジャック・ハルビンに貰って直ぐに、先輩薬師達に渡して研究して貰っていたのだった。
どんな事が分かったんだろうか……
ワクワクが止まらない。
虎の穴に到着して名前を言って受付をすると……
何時も殿下に色目を使う受付のお姉さんと案内係のお姉さんが、しきりに私に目配せをして来る。
あっちを見ろ!……と……
えっ!? 何?
そのあっちを見ると……
そこには……
さっき別れたばかりの風の魔女と一人の男性がいた。
二人は丸い小さなテーブルに向き合って座り、お茶をしながら楽しそうに語らっていた。
彼女が目の前にいる男性を好きな事は、彼女を見ていれば誰が見ても分かる程に頬を赤らめ、その男性を見つめる目は切ない程である。
そんな彼女の目の前にいる人は皇太子殿下であった。
そう……
風の魔女の好きな男性は殿下であり
風の魔女が障害だと言った婚約者は私だったのである。




