香水─1
婚約式で魅せた皇太子殿下と公爵令嬢の、帝国史に残る程の綺麗なラブシーンの絵姿が帝国に出回る頃……
その公爵令嬢は男の使用人に変装し、街を歩いていた。
このレオナルド風の変装は男性の変装なので、ナンパされたり絡まれたりしないのが何より利点だった。
お共を連れずに気軽に一人で街を出歩けるのをレティは気に入っていた。
今日は、劇場のお姉様達の元へドレスの納品に行っての帰りである。
次の注文も取れてレディ・リティーシャはホクホクしていた。
お姉様達は、スッピンのレティと、ピンク頭でメイクバッチリのレティと、レオナルド風の男の格好をしたレティを知っている事になる。
「 訳があるんだね? 良いよ良いよ言わなくても…女は訳ありの方が謎めいていて、より美しいのよ 」……と、この三変化を、全く気にしないでいてくれるレティの大好きなお姉様達であった。
そんな大人なお姉様達の特技は勿論恋愛だった。
3度も人生をループしていながら、2歳年上の皇太子殿下を恋い慕うだけで、僅か20歳で死んで逝ったレティに恋愛経験は皆無だったのである。
そんな初なレティが拠り所としていたのは、恋愛経験の豊富なお姉様方であった。
皇都公園では、様々な出店や大道芸人達が大層賑やかで、中央の広場には小さな舞台を設置し、踊り子が音楽に合わせて軽やかに、そしてとても楽し気にダンスを踊っていた。
大道芸人達は、一輪車に乗ってジャグリングをする者や、蛇使いなどもいて凄く楽しいものであった。
一発芸なら……
悪役令嬢もありだわよね。
レティの悪役令嬢は、今や彼女の一発芸化しつつあった。
屋台で買った串焼き肉を頬張りながら、ふと足を止め舞台の上の踊り子を眺めていた。
彼女はふわりと舞い、軽やかなステップを踏み、しなやかに腰をくねらす……
観客達が魅了される中、レティもしっかり魅了された。
気が付くとどんどん近くに行き、舞台の真ん前の長椅子に座って見ていた。
あの、ストールとドレスが絹だったら……
もっとしなやかに優雅に見えるのに……
お洒落番長としては勿体無いと残念に思った。
踊りが終わると歓声が一際大きくなり、レティも立ち上がって懸命に拍手をした。
踊り子さんがお金を集める為に観客の方にやって来ると、各々がお金を箱に入れ、踊り子さんはリクエストに応じてクルリと一回りしてくれたりして、とてもサービス旺盛だった。
レティもパチンとお財布を開けて、お金を握り締めて興奮しながら踊り子さんを待っていた。
踊り子さんはスラリと背が高く、腰はキュっと細く括れ、目は切れ長でまつ毛は濃く、よく見ると左の目尻にホクロがある。 唇はポッテリと厚く、燃える様な赤い髪のとても魅力的で色っぽい美女であった。
彼女が持っている箱にドキドキしながらお金を入れると……
「 ちょっと!坊や、こんなにお代を入れるもんじゃ無いよ 、後でご主人様に叱られるよ 」
「 あっ……ごめんなさい、初めてで……いくら入れたら良いか分からなくて…… 」
今まで生きてきて、こんな所で踊りを見る事なんか無くて……
勿論ご主人様に叱られる事は無いけれども、世間知らずの自分が少し恥ずかしかった。
「 じゃあ、この1枚だけ貰うよ、有り難うね 」
彼女はそう言ってお札を1枚、大切そうに箱に入れた。
「 あの……素晴らしかったです 」
頬が熱くなってるのが分かった。
「 おやおや、この坊っちゃんは、あんたのファンになっちゃったみたいだねぇ 」
周りのオバサン達が囃し立てる。
「 はい、すっかりファンになっちゃいました 」
「 休日には何時もここで踊っているから、坊や……街に出て来た時は、またおいでね 」
踊り子さんは私の事を、貴族の家の使用人と思っている様だった。
勿論、その装いをしてるのだけれども……
それからは休日になると、時間があれば広場まで踊り子さんに会いに行った。
「 あのう……これプレゼントです 」
レティは、シルクのストールをプレゼントした。
シルフィード帝国では、シルクはまだ少ししか流通してなくて、とても高価なものであった。
このシルクのストールは、貿易商であるジャック・ハルビンから仕入れたばかりの物であり、どうしても踊り子さんの流れる様な美しい踊りの添え物にして欲しかったのだ。
「 これは……まさか屋敷から盗んで来たとかでは無いでしょうね? 」
「 違いますよ! 踊りの添え物にして頂けたら、その子も喜びます 」
しかし、彼女は困った様な顔をした。
「 坊やの気持ちは嬉しいけど……アタシ……好きな男性がいるから、坊やの想いには答えられないよ 」
「 あっ!……あの……私……訳があって変装してますが……実は女なんです…… 」
ええ!?
「 だろうねぇ……確かに……どう見ても女だよね! 」
こんな綺麗な男はいないよねぇ……と、彼女は私の顎をクイッと持ち上げて顔をマジマジと見ながら、大笑いをした。
キャア~!
女性なんだけど……ちょっとドキドキする。
「 訳ありのあんたを気に入ったよ、私はイザベラあんたは? 」
「 リティーシャと申します 」
私は自分が女だと言う事は内緒にして欲しいとお願いした。
彼女は、マジマジと私を見ながら
「 何か不憫だねぇ……それにしても……良いのかい?このストールを貰っても? 」
「 はい、きっと踊りに映えますから…… 」
彼女は、嬉しそうにストールを風に浮かせながらクルクルと回ると、シルバー色のストールは光に反してキラキラと輝き、しなやかに彼女の周りを踊った。
ああ……想像した通りに彼女によく映えるわ。
本当に綺麗……
ステージが終わり着替えてきた彼女は、今から恋人に会いに行くんだと良い、香水をシュッと彼女の細くて白い首筋に掛けた。
あっ……この香りは……
聞くと、この香水の香りに一目惚れをし、どうしても欲しくなり、高価な物だが一生懸命お金を貯めて購入したらしい。
だから、とっておきの日にだけ着けて行くんだと言った。
そして……
今日、これから大切な人に会いに行くと嬉しそうに笑う。
その顔がとても幸せそうで、そんな彼女を凄く可愛いと思った。
「 じゃあね、頑張ってくるわ! 」
「 応援してる 」
彼女はニコリと笑いクルリとドレスを翻して歩いていく………
その時、小さな緑の風が吹いた……
あっ!?
そうだ!!
彼女は風の魔女だ。
あの時に虎の穴で会った時は、黒のローブを着ていたからか……今まで全然気付かなかったけれども……
あの香水の香り……
確かに彼女は風の魔女だ。
うわ~!!
「 風の魔女さんは踊り子だったんだわ…… 」
そして、彼女はあの時に白のローブを着ていた私の事には気付いていない様だった。
勿論、これからも私の正体は秘密にするつもりなんだけれども……
私は素敵な出会いに胸を踊らせた。
読んで頂き有り難うございます。




