皇太子殿下の婚約者、医師になる
あっ!出てきた。
終わった様だな……
アルベルトは皇宮病院の前で、医師の試験を終えて、出てくるレティを待っていた。
あれ!? 何か凄く怒ってるぞ。
あっ! バケツを蹴飛ばした……
ブッ……ちゃんと拾いに行って元に戻してる。
アハハは……蹴飛ばしたバケツを撫でてるよ……
可愛いなぁ……
「 終わった? 」
レティがプンスカしながら、テクテクと歩いているとアルベルトが声を掛けた。
「 あっ……殿下…… 」
「 名前! 」
「 アル…… 」
レティは、まだアルベルトを愛称でちゃんと呼べないのである。
「 えらい剣幕だったね? バケツも可哀想に……」
アルベルトが笑いながら言うと、レティは、バケツには丁寧に謝ったから……と、申し訳なさそうな顔をした。
「 だって……あの院長の出す問題が酷いったら! 」
「 どんな風に? 」
二人は自然と手を繋ぐ。
レティはプンスカ怒っている。
「 試験問題が前のと……… 」
ありゃ? 前があったら駄目なのよね。初めての試験なんだから……
「 以前から聞いていた、今までの問題とは全然違うのよ! 」
普通の試験は、数学や化学などの一般試験なのだが、レティへの問題は、この病気の時の処方箋は?とか、この外科手術の手順は?などの、実戦問題だったのである。
既に医師である者と見越しての試験だと言っても過言ではない。
レティは試されてると思い、白紙で出そうかとも思ったが……
試験には落ちたく無かったので記入した。
勿論、全部2度目の人生で経験済みの事だから容易に書けたが、また、天才だとか言われるのが嫌だったのである。
「 医師になれそう? 」
「 多分……でも、私は特別なんだって…… 」
「 特別? 」
「 私はまだ学生でしょ? 先輩医師から学べないから……医師と言っても、今はお手伝いをするぐらいかな 」
「 そうなんだ……僕はてっきり直ぐに皇宮病院に行くと思っていたよ 」
「 本当はそうしたいんだけれども……まだ学園も卒業していないし……他にもやらなければならない事があるし……」
レティは遠い目をした。
私が20歳になる時に、どれだけの準備が出来ているか……
やるべき事はやる!
その為なら努力は惜しまない。
「 レティ…… 」
「 でも、殿下の……アルの脈ぐらいは診れるわよ 」
立ち止まって、手を貸してと言いながら、レティがアルベルトの脈を取る。
「 脈が早いだろ? 僕は何時もレティが側にいると、ドキドキしてるから…… 」
「 それを言うなら私もよ、アルといると何時もドキドキしてる 」
恥ずかしそうに言うレティ。
そんな時の君は本当に可愛い。
だけど……
君は時々凄く遠い目をして………そして大人の顔をする。
何を見て、何を思い、何に向かって進もうとしているのか……
そして……彼女はそんな時、決まって小さな嘘をつくのだ。
***
医師会から書簡が届いた。
勿論『 合格 』であった。
医師としての認定証を貰う認定式が皇宮であるとの事だった。
認定式の日
皇宮に行き、指定された部屋の前で待つ。
「 リティエラ・ラ・ウォリウォールさんお入り下さい 」
名前を呼ばれて部屋の中に入ると……
文部大臣と………父がいた。
シルフィード帝国では、病院と学校は文部大臣の管轄であるが、色んな認定式には必ず、宰相である父も立ち会うのであった。
2度目の人生で合格した時は、父も喜んでくれた筈なのよ……
今回は……
あら!? 睨まれてるわ……
「 リティエラ・ラ・ウォリウォール殿、医師として医療行為を行う事を認定します。」
「 あ……有り難うございます 」
父から認定書と、認定手帳を渡された。
何処でも、医師である事を証明する事が出来る様にと、手帳は常に携帯しておかなければならないのであった。
「 レティ、話があるから待っていなさい 」
「 ………はい 」
うう……怒られるわよね。
お父様には何にも言って無かったわ。(←こんな奴)
廊下で待っていると父がやって来て、付いて来る様に言われ、後ろに続いて歩いていると、すれ違う人達から挨拶をされた。
中には、ご婚約おめでとうございますと言う方もいて……
ちょっと照れくさかった。
「 入りなさい、私の執務室だ 」
あっ! 初めてだわ……
お父様の執務室に入るのなんて……
「 レティ……我々は一つ屋根の下に住んでるんだから……私に報告する機会は随分とあった様に思うが? 」
「 ごめんなさい……合格してから伝えるつもりだったの 」
「 合格者がお前の名前だったんで驚いたよ 」
私は、医師の試験を受ける事になった経緯と、これからのことを父に話した。
「 まあ、大体は病院長に聞いた通りで、嘘や誤魔化しは無いみたいだな 」
流石にお父様だわ……ちゃんと裏取りをしてらっしゃるわ。
自分が伝えてれば良いだけなのに、父の仕事っぷりを評価する、反省の無い娘なのである。
「 それで……殿下はこの事を知ってらっしゃるのか? 」
「 はい、あの……皇太子妃が医師でも良いって…… 」
「 全く…… 」
皇太子妃が医師で良い筈もなかろう?
殿下も何でこんな娘を……
剣を振り回して全然おしとやかじゃ無いわ、何でも事後報告で勝手にやらかしてくれるわ、まるでラウルが二人いるみたいで貴族の令嬢としてどうなんだって、父から散々叱られた。
はい……私もそう思います。
殿下は何故私なのか……?
そう言えば聞いたことが無いかも……
「 それで、お妃教育は何時から始める? 」
「 えっ!?……結婚までまだ5年もあるのに?今からするのですか? 」
「 5年とはどう言う事だ? 」
「 私は結婚は21歳までしませんから…… 」
「 それは、殿下も承知している事なのか? 」
「 勿論よ! 」
うん……あの時……
殿下は承知してくれたのよね。
父は、学園を卒業して直ぐに結婚をするのかと思っていたと言い、急に機嫌が良くなった。
ルーカスは、レティがまだ16歳である事から、元々こんなに早く婚約をさせるつもりは無く、ただ、王女の事があったので、クラウドの策に従うしかなかったのだった。
しかし、21歳までレティが側にいると思うと、その理由はなんであれ、その嬉しさは隠しきれなかった。
***
レティは医師になった。
当初の医師になる目的は、他国で1人で生きていく生活の手段の1つとしてだった。
それは……ある意味今でも変わらないが……
しかし……
ローランド国の王立図書館で見たドラゴンに関する記述。
『 ドラゴンの血は万能薬 』
これを調べたくてウズウズしているのである。
その後、ローランド国の医学書を読み漁ったが、このドラゴンの血に関する詳細は無かった。
しかし……
何処かの国では血を調べたのだ。
レティは虎の穴の薬学研究員である。
しかし、薬学研究員は医療器具が持てない。
我が国では、医療行為は勿論の事、医療器具を持つ事も医師しかできない厳しい決まりがあった。
だから、血の採取は薬学研究員は出来ない事であり、そして、誰もそれが必要だとも思ってはいなかった。
薬学研究員は、薬になる草木を調べ、ひたすら臼をひき、煮込み、混ぜ合わせていたのである。
元々医師が少ない事から、医師が研究員になる事は無かったし、研究員が医師になる事なんて考えもしなかった事であった。
越境地では時折魔獣が出現すると、弓兵達から聞いている。
調べたい!
魔獣の血を調べる。
レティにはそれが出来る様になった。
今、この時から
レティはシルフィード帝国の唯一の、医療行為が出来る薬学研究員になったのである。




