皇子様、初めての1人旅
何時も誤字脱字報告有り難うございます。
アルベルトは、皆が寝静まった夜遅くに皇宮を1人で発った。
朝一番の、ローランド国行きの、我が国の船に乗らなければならなかったのだった。
自国の船に他国の者が乗るのには、チェックが厳しくなるのは何処の国でも同じだった。
そして、この船に乗らなければ、次の出港は1週間後になってしまうのだ。
一国の皇太子が、何の前触れも無く他国へは行くことは出来ない。
旅客名簿にはレオナルドとして登録し、護衛も付けずに、本当の極秘でたった1人でレティのいるローランド国に旅立ったのだった。
そして、当然ながら、帰りも我が国の船でなければならなかった。
我が国の船はローランド国に着くと荷物を下ろし、翌日に荷物を載せ、その翌日の早朝には我が国に向けて出港するのである。
時間は限られていた。
暗闇に紛れてこっそりと宮殿を出ると、ラウルが馬を引いて待っていた。
手筈通りに、変装用のカツラと帽子と伊達眼鏡を受け取った。
議会で裁決されて直ぐに、4人で極秘に事を進めたのだが、護衛騎士を付けずに行く事は危険かもと、皆が思った。
しかし、アルベルトが、ローランド国は1年間いた国で、見知った街だから大丈夫だと言い、反対に、極秘で行かなければならないのに護衛騎士がいると、1年間ローランド国にいた事で、かえって正体がバレるかも知れないと言い、単独で行く事にしたのだった。
そして
驚く事に、ラウルと一緒にルーカスも来ていた。
「 殿下、私は……議会で決まったからと、レティに殿下の事は諦めろと言いました、 殿下のご意向も確かめず……本当に申し訳ない……どうかレティを宜しくお願いします 」
ルーカスはそう言いながら、頭を下げ続けた。
「 分かった 」
アルベルトはルーカスの肩を叩き、ラウルとグータッチをして、1人馬に乗り、駆けていった。
港に着くと、カツラと帽子を深々と被り、眼鏡を掛けて、レオナルドの身分証明を見せて、旅券を買った。
カツラは、青みがかったシルバーな髪で、少しウェーブがかかっている長めの髪は後ろで軽く三つ編みにしていると言う、レオナルドその物のカツラだった。
何故ラウルが、レオナルドへの変装カツラを持っているのかは、帰国してからラウルにじっくりと聞くとしよう………
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アルベルトは海の上にいた。
甲板の上から夕陽を見つめていた。
明後日にはローランド国の港に着く………
レティ………
ラウルから、レティが急遽留学に行ったのだと聞かされていた。
直ぐにでも追い掛けたかったが、王女との婚姻話を無効にする方が先だった。
きっと泣いていたんだろう……
髪まで短く切ったのだと聞かされて、胸が痛くて仕方無かった。
何時からだろう。
自分を人形だと感じ始めたのは……
そして……
それではいけないと思い始めたのは……
リティエラ・ラ・ウォリウォール公爵令嬢。
本当に不思議な少女だ。
初めて出会った時から、14歳とは思えない雰囲気があった。
淑やかでなければいけない筈の公爵令嬢が、元気で明るく、その上に頭がよく、弁が立ち、天真爛漫な少女だった。
しかし……何時も何処か陰がある少女だった。
彼女の怒り、悲しみ、苦しみが、一体何処へ向かっているのかが全く分からないのである。
そんな所に惹かれたのかも知れない………
レティは、多分………
俺がレティを好きな半分も俺の事を好きじゃ無い様な気がする。
何時も何処かへ行ってしまう様な気がするのだ。
俺は、これからも彼女を追い掛け続けるんだろうな……
………まあ、実際の所、今もレティを追い掛けて行っているのだが……
アルベルトはフッと笑った。
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「 止めてください! 」
「良いじゃねぇか!!一緒に食事をするだけだからよぅ 」
「 ワタクシは、身も知らずの人と食事なんかいたしませんわ! キャア!!」
騒ぎのする方を見ると、男が二人、女性の手首と肩を持ち、嫌がる女性を連れて行こうとしていた。
侍女らしき女が、止めてくださいと男達を制止しながら、誰かお嬢様を助けて下さいと、辺りをキョロキョロと見回し、叫んでいた。
行くべきか……
本来ならば護衛も居ない今、俺は行くべきでは無いのだ。
フッ……
レティならもう飛び込んでるか……
「 止めろ! 嫌がってるじゃないか! 」
アルベルトが近付いて、男の手首を捻りあげる。
「 何だお前は! 邪魔をするな! 」
掴みかかって来た男に足払いをして、床に倒した。
背が高く、体格の良いアルベルトをじろじろ見た男達は
「 ちっ……」と言って直ぐに姿を消した。
「 有り難うございます、何とお礼を言ったら良いか……」
「 気にしないで、それよりお怪我はありませんか? 」
「 はい、大丈夫です、あの……何かお礼を…」
「 いや、大したことはしてませんので、お気遣い無く 」
アルベルトがそう言って立ち去ろうとしたら……
女性に腕を掴まれた。
「 あの……宜しかったら一緒にお食事でも……」
女性はそう言って、上目使いでアルベルトを見てきた。
さっき、身も知らずの人とは行かないと言っていたんじゃないのか?
背が高く、少し顔が良ければ誰でも良いのか?(←少し所ではない)
本当にうんざりする………
幸か不幸か、アルベルトの周りにはこんな女ばかりだった。
いや、アルベルトを見ると、大抵の女性達は、お近づきになりたいと思うのだ。
いや、本心を突き詰めると、一度だけでも良いから抱かれたいと思ってしまうのだった。
皇子だと知っていても、知らなくてもだ。
人を惹きつけるオーラは皇族として必要な事だが、若き18歳のアルベルトのそれは、美丈夫である事も重なり、かなり卓越していたものだった。
しかし、今回はカツラを被り、その上に帽子を深く被り、眼鏡を掛けて変装しているのに、これだった。
「 結構です、失礼する 」
部屋に帰ろうとすると、すれ違い様に、別の女が声を掛けて来る。
無視して部屋に入っても、ドアをノックされる。
護衛が居ないからか………
アルベルトの部屋にはその後も、女がやって来てはノックをした。
中には何を思ったのか、頬を染めた婆さんも居た……
自分がいけると思ったのか……
実は………
船に乗って直ぐに、甲板で海を眺めていたら、女性達に声を掛けられ、腕を取られ、囲まれたりしていたのだった。
その上、女性を助けた事から、更に目立ってしまい、部屋にまで押し掛けて来られると言う事態になってしまっていたのだった。
護衛騎士が居ない事もあって………
女性に言い寄られる恐怖に怯えて、旅どころでは無かった。
おかしいぞ……
留学から帰国してからは、女性に囲まれる事も無かったので、すっかり油断していたアルベルトだった。
皇子様の初めての1人旅は
1人で部屋に閉じ籠り、居留守を使い、食事も時間をずらし、女達の誘惑に怯え、旅を楽しむ事も出来ないと言う散々な目にあった。
勘弁してくれよ………
これ………
帰りもこうなるのかと、憂鬱になるアルベルトなのであった。
因みに帰りは……
言葉が分からない異国女性に、親切にも通訳をしてあげた事で、行きと同じ目にあってしまうのであった。
帰国してからクラウドに聞くと
旅先では、女性も大胆になるらしいと教えられた。
なる程……婆さんも大胆だった。
エドガー曰く……
レティは、アルベルト皇子の最大の魔除けだ。




