忘れられない涙
Side ロラン
イライジャ帝国から帰国してすぐに父と母にイライジャの皇后から言われたことを伝えた。父と母は安心したようだった。同時にまた『今まで会ったことのある』令嬢との見合いを兼ねたお茶会を母が企画した。が、当日に私は気を失った。
つまり、その中には私の『運命』と言うのは居ないのだろう。
「もうこうなれば、ロラン殿下が『加護』を発動されない方を見つけるまでは手を出さないのが得策でしょう。今回のお茶会にはロラン殿下がお会いしたことのある令嬢すべてを招待いたしたのです。平民の商会の娘も加えておりました。
が、結果はご存じの通りです。」
サングロウ王国の首脳陣が集まったこの場で、宰相はそう言った。神妙に頷いたのは両親、宰相と3人の公爵だった。
「……貴族ではないのだろうな、相手は。」
ぽつりと呟いた言葉に皆、神妙な顔で頷いた。『ダナの森の魔女』の言葉は外れない、とういうのがこの場の総意であった。だとしたならば、私が会ったことのある平民となるのだろう。
「しばらく、積極的に外に出る。護衛は要らない。」
「ロラン殿下。平民となると流石に王妃にするのは無理ですぞ?その際には、我がグレムウェル家の養女として迎え入れます故、ご安心ください。」
そう言ったのはグレムウェル公爵だった。私はこの男は好かなかった。何故だか分からないが生理的に受け付けないということはこういうことなのだろう。他の公爵二人はその言葉に眉をひそめた。だが、この場で何かを言う気は無いようだった。
「見つかった時は考える。」
そう答えて、私は着替えてから王城の城下町に降りた。ふと思い出したのは『加護』のことを教えてくれた魔女。王城からエイダの街となると遠いが、私の得意とする魔法ならば会いに行けると思った。記憶を鮮明にしてから、行きたい場所を思い浮かべる。そこに行きたいと願えば、風景は一転した。
目の前ではこの前見た扉。そしてその前で札を回転させる魔女。彼女はゆっくりと振り返った。
「これは……またお忍びですか?」
驚いた様子もなく、魔女殿は笑った。この距離だと表情が見えるのだなと、感心していれば、ぎこちない笑顔になってしまった。彼女は扉を開けて中に招いてくれた。紅茶を蒸らしていたのだろう、その香りが鼻に届いた。彼女は一カップしかなかった茶器をしまい、それよりも小さな茶器を出して紅茶を2つ淹れた。
「それで、どうなさったのですか?」
彼女は紅茶を出しながらそう尋ねた。確かに何故ここに来たのか自分でも分からなかった。少し悩んでから、まずは礼を言わねばと、口を開いた。
「まずは、感謝します。紹介していただいたイライジャ帝国の皇后陛下にお会いして、精霊の『加護』が良いものだと知れました。ありがとうございました。」
「イライジャの……ダナに会ったのですね?あの子は私と違って精霊の声を聞けますからね。」
彼女は少し懐かしそうにそう言った。『ダナの森の魔女』と魔女同士で交流があったのだろう。口元は緩やかに笑っていた。
「はい、それで、その……。」
そう言いながら仔細を語れば、彼女は堪え切れずに笑い出した。笑うと言っても上品な笑い方で、その笑い方は嫌いではなかった。
「『ロラン、君の運命が見つかれば、私は何もしなくなるよ?』ってダナの口から言わせたのね!あの子から『運命』なんて言葉を言わせるなんて、サングロウの精霊王はユーモアがある方なのね。」
「言われた私の気持ちも考えてくれ……妃を見つけなければならないのは分かっているが、まさかそんな差し迫った理由で妃を探すことになるとは思っていなかった……。」
「あら、何故?王族ならば、政略結婚は当たり前でしょう?ある程度候補だっているでしょうに。」
彼女の言葉にどこか違和感があった。まるで魔女殿は貴族同士の婚姻関係の複雑さを理解しているようにも感じた。
「普通であるなら、そうなのだろうが、何故か母や、周りが薦める令嬢に会おうとすると『加護』が発動する。」
「だとしたら、その令嬢は貴方にとってではなくて、国にとって良くないのね。まあ、出会っている中に居るのならば、そのうち出会えるでしょう。」
彼女の言葉に何故か胸がドキッとした。その音を誤魔化すように紅茶を口に含めば、その香りと味に驚いた。
「あれ、これってリヴェインシュタイン領の紅茶?」
この紅茶は私のお気に入りで、魔法を使ってまで買いに行っているものと同じだと思った。目の前を見てみれば、窓からの光でヴェールが透けて、そしてはっきりと見える彼女の表情は驚きに満ちていた。
「あれ、違った?」
絶句している彼女に問いかければ、ハッと意識を取り戻したように笑った。
「あ、いいえ、リヴェインシュタインのモノですが……よく分かりましたね?」
「やっぱり。この紅茶好きだし、私からしたら希望だからね。」
「希望、ですか?」
「希望だよ。リヴェインシュタイン領って不作の地って言われているのに、この紅茶だけは育つのだよ。つまりはまだ見捨てられた土地ではないってことだよ。
だから『リヴェインシュタインの紅茶』は私の希望なんだ。」
そう、希望の紅茶だと私は思っていた。すると目の前の彼女の頬を一粒、通っていった。驚いてその様子を見ていれば、彼女は口元を無理やりに笑わせた。
「申し訳ないわ。リヴェインシュタイン大公国は私の故郷ですから、少し、希望を持っただけですわ。」
ドキリ、としてしまった。まさか魔女殿の故郷がリヴェインシュタインだとは思っていなかった。サングロウ王国に住まう人間の四分の一は元リヴェインシュタインの出身だ。珍しくはないが、言ってしまったことを少しだけ後悔した。
「あ、そうか……。すまないことを聞いた。」
「いいえ、『リヴェインシュタインの紅茶』を王族、ましてや王太子殿下と語らい合えることができたのは光栄なことですわ。」
ニコリと無理やり笑みを浮かべたのが分かった。今にも泣きそうな彼女の様子に思わず抱きしめそうになった。それをこらえて紅茶を飲んだが、頭には頬を流れた涙が焼き付いていた。