外堀は埋まって塀まである
Side エイダの街の魔女
目が覚めたら浦島太郎状態だった。
目覚めて目の前にいたのは王太子で、何故か彼は泣きながら私を抱きしめていた。
その騒ぎを聞きつけて走り込んできたのは嘗ての乳姉妹……と、騎士団長の息子。
幼馴染みであった二人はどちらも驚くほど老けていた。
ただ、二人が向けてくる視線は昔と変わらず、懐かしい気持ちになった。
しばらくすると宰相と名乗る男が来た。
泣きながらお粥を持ってきたマイルズと泣きながら水を持ってきた王太子の乳母。
最後に来た夫妻が国王夫妻だったとは知る由もなかった。
そして、事情を説明された。
突っ込みたいことがたくさんあったのだが、その中でも一番突っ込みたかったのは、ここが皇太子妃の部屋だということだ。
それを聞いた時で非常に嫌な予感というか、逃げ場のない何かを感じた。
ただ、現状を理解しきる前に、宰相は更なる爆弾を落としていく。
「つきましては公女様はリヴェインシュタインの後継者として全会一致で決まりまして、リヴェインシュタインの君主は貴女様になっておられます。ロラン様との結婚で名実ともにリヴェインシュタインとサングロウは一つの国となります。」
眠っていた方が良かったのではないかと一瞬思った。
――が、宰相から「起きなかったら眠っているまま子供作って頂かないと、でしたので良かったです。」とにこやかな笑顔で、わりと本気な目で言われた。
起きて良かった、と本気で思った。
「ご質問ありますでしょうか?」
宰相はにこやかな顔のまま問いかけた。
「あ、ではまず。私は貴族の義務を放棄した人間です。その人間をサングロウ王国は受け入れるのですか?」
「その点はむしろ貴女様は身を捧げて、最期まで義務を果たそうとした所を、エイダの街で見せてしまっていますからね。今更、貴女様が妃でない場合の方が暴動起きるでしょうね。間違いなく。」
他にもいくつか聞いた。
――がもう、諦めた方がいいような気がした。
ある意味で処刑されたモーガンには感謝すべきかもしれない。
赦す気などないが。
一番、信じたくなかったのは唇を眠っている間に奪われたということ。
仕方ない、人工呼吸のようなものだと思う反面、よりにもよってファーストキス。
一発ぐらい殴っても良い気がしたが、三か月ほど寝ていた私の身体は動かなかった。
ベッドから降りた瞬間に崩れ落ちる身体に絶望した。
それから一か月ほどかけて、やっと歩けるまでに回復した。
まだハイヒールは無理そうだが。
今日歩くのはここまでにしようと、ソファに腰かけた。
だいぶ歩けるようになった。
聞けば私の魔力が無くなっていたとのことだった。
予測ではあるが、あの瞬間、リヴェインシュタインの精霊王は目を覚まし、足りない分の魔力を私から取っていったのだろう。
幸いにも死には至らなかった。
それがリヴェインシュタインの精霊王の掛けた加護のおかげと知った。
「魔女殿、お菓子を食べないかい?」
焼き菓子を持って現れた彼に、そろそろ言おうと思っていたことがあった。
スッと立ち上がれば、彼は嬉しそうだった。
「いつまで、私を魔女と呼ぶおつもりですか?」
「……まだ、君から名前を聞いていない」
少し不貞腐れるようにそう言った彼に思わず笑ってしまった。
そう言えばまだ、その名前で自己紹介をしてなかった。ドレスを広げながら彼にカーテシーをする。
「旧リヴェインシュタイン大公国の公女、グローリア・ヘーゼル・リヴェインシュタインと申します」
それに対して彼はボウ・アンド・スクレイプを返してきた。
「サングロウ王国の王太子、ロラン・ゾル・サングロウと申します」
互いに頭を上げる。
そして手を差し出すので手を乗せた。
手袋はレースで作られたもので少しだけ温もりを感じられる。
彼はそっと手の甲に唇を落とした。
「グローリアとお呼びしても宜しいですか?」
「光栄ですわ。私もロランとお呼びしても?」
そこまで言い切って二人で笑った。
真面目な挨拶をしてしまったが故に面白くなってしまったのだ。
「やっぱりリヴェインシュタインの公女様だね!完璧すぎて驚いたよ!」
「それはこちらの台詞です。貴方、普段から砕けすぎですわ!」
「ロランだよ、グローリア。」
「……慣れるように努力はしますわ、ロラン様。」
ヴェールでもあれば顔は隠れただろうが、残念ながら今はない。
多少なりとも赤くなった顔を見られているのだろう。
「早く元気になって、結婚式を挙げようね?」
事実上は王太子妃扱いであるが、まだ神前にて誓ってはいない。
三か月後、ほとんど何も知らされていない状態で、私たちは結婚式を挙げた。
民衆からの祝福に驚いたが、最後に驚かされた。
天から雨が降った。
だがその水は地に着く前に蒸発して、そして虹がかかる。
それが精霊王たちの悪戯だと分かったのは私と彼だけであっただろう。