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精霊王

Side ロラン


長い間、国から離れるのは嫌だった。


隣国イライジャ帝国へは転移魔法で着いた。

話は通してあったので、すぐに謁見は可能だった。


前と同じ帝座の間。

皇帝と皇后は前と変わらず座っていた。


「エイダが眠り続けていると聞いている」


真っ先に声を出したのは皇后だった。

小さくため息を吐いた彼女は視線を私の後ろに向けていた。


「いい加減に出てきたらどうだ、サングロウの精霊王よ」


皇帝でもない、他の男の声が響いた。

驚いていれば、急に目の前に男が立っていた。


深い森の木々を思わせる深緑の髪と、この世のものとは思えないほど美しい金環が宿る瞳。

その武人のような背格好の男は『人』ではない、と直感的に思った。


同時に、私の背後から誰かが、体重を乗せるかのように首に腕が回った。


「あら、つまらないわ。ロランが頑張ってここまで来たというのに」


振り返れば女が立っていた。


赤く照り付ける燃え上がる太陽に見える業火の赤い髪に、先ほどの男と同じようにこの世のものとは思えない金環を宿す瞳。

普通のドレスとは違う、布を纏うような恰好なのに、神々しさを感じる。


何故かその女が『サングロウの精霊王』だと分かった。


「精霊王、ややこしくなるから出てくるなと言っただろう……。あと初めましてだな、サングロウの精霊王よ」


呆れたように言ったのは皇帝だった。


状態についていけず、驚いていた。

すると後ろから腕を回していた女が腕を解いて、そして目の前の男の所に歩いて行った。


「初めまして、イライジャの精霊王の守護者と愛し子よ。ロランに姿が見せられるようにしてくれたことには感謝するわ。」


「相変わらず気に食わない」


「それはお互い様よ」


二人の会話に、男はイライジャの精霊王で、女がサングロウの精霊王であることは間違いないのだろう。


すると精霊王と呼ばれる男はジッと私を見た。


「すまないな、サングロウの王子。我ら精霊王は互いに干渉できない。故に今回、お前の愛した人間(・・)を使わせてもらった」


ハッキリと言い切られた言葉に驚いた。サングロウの精霊王もそれに関しては否定をしない。


「どういう、意味ですか?」


「『エイダの街の魔女』、いや今はグローリアと呼ぶべきか……。彼女は元々リヴェインシュタインの精霊王の加護を受けている。」


そう言いながら深緑の髪を持った精霊王は皇帝の隣から階段を下り、私の前で足を止めた。


「だが、リヴェインシュタインの精霊王は眠りについた。グローリアに守りの魔法を掛けて、リヴェインシュタインに掛かった負の魔法を吸収して」


深緑の髪の精霊王の言葉に驚いていれば、業火の髪の精霊王もまた言葉を続ける。


「五十年前の暴動ってね、土地にしみ込んだ憎悪が爆発したのよ」


悲しげな表情を浮かべるサングロウの精霊王。

彼女の瞳は少しばかり歪み、今にも涙が零れそうな目をしていた。


「奴隷とか散々なことをやっていたグレムウェルが殺した人々の呪いね。それを抑え込もうとしたリヴェインシュタインの精霊王が呪いを自分の中に取り込んだ」


サングロウの精霊王は宙に何かを描いた。

それが地図で、リヴェインシュタインの地図だとすぐに分かった。

リヴェインシュタインの地図が赤く燃えていく。

残ったのは真っ黒な形だけ。


「けれども、消化できずに眠っちゃったの。で、残った憎悪が人に伝染して、何故か大公家に向かってしまった。あれは事故としか言いようがない。」


「リヴェインシュタインの精霊王はその眠る寸前にグローリアに加護を掛けた。彼女が死なない為と、もう一つは自分がもし目覚められなかった時の保険としてだ」


イライジャの精霊王が呆れたような声でそう呟いた。


「保険?」


私の疑問に答えてくれたのはサングロウの精霊王だった。


「もし、目覚められなければ、グローリアを取り込み精霊王としての義務に戻る。彼女がこのまま生きて……あと五十年ほど魔力を貯めればそれも可能だったと思うのだけど」


そこで区切ったサングロウの精霊王は、まるで我が子を見る母のような視線で私を見てきた。


「幸いなことにロラン、貴方がグレムウェルを処刑したことによって、その呪いは消えた。だからリヴェインシュタインの精霊王が目を覚ましたの。リヴェインシュタイン、綺麗になったでしょう?」


「じゃ、じゃあなんで、魔女殿は目を覚まさない?」


精霊王たちの言葉を飲み込むならば、彼女は目覚めているはずだ。

なのに、何故?と思った瞬間、思わぬ声が響いた。


「空っぽなんだよ、魔力が。」


その声はイライジャの皇后のものだった。

どういう意味だ?と視線を向ければ、彼女は少しため息を吐いた。


「サングロウの精霊王、貴女はエイダを殺したくはなかった」


皇后の静かで単調な言葉がその場所に響く。


「何故ならば、ソレをしたらリヴェインシュタインの精霊王が嘆くと分かっているから。だから貴女はひたすら自分の加護する一族に魔力の器が大きい男の子が生まれるのを待った。」


「……本当に愛し子といい、精霊王といい、イライジャは嫌だわ」


忌々しそうに皇后を見たサングロウの精霊王。

対して皇后は表情を変えず、皇帝はニヤリと口を歪めた。


「でもそうよ。あの人(・・・)が悲しむ姿を見たくないから、空っぽになった魔力を満たせるだけの魔力を持つ子供をずっと待っていたわ。死なないように見守って、大きくなるのを待った」


サングロウの精霊王は慈愛に満ちた表情で私を見た。


そうして理解した。


何故、私への加護を過保護なまでに強めていたか――。

彼女の為であり、リヴェインシュタインの精霊王の為でもあったのだ。


「想像通り……いいえ、想像以上に貴方は立派に育ってくれた。リヴェインシュタインの精霊王の愛し子と心を通わせてくれた」


にかむように笑う精霊王は嬉しそうでもあった。


「心を通わせるのはちょっと予想外だったけれどもね。」


ふふっと小さな笑い声をもらしたサングロウの精霊王は、私をしっかりと見て来た。


「私の愛し子よ。私の加護で貴方は人よりも膨大な魔力を持てる。それをグローリアに与えなさい。そうすれば彼女は目を覚ますわ」


「与えるって……どうやって?」


「そんなもん、口づけに決まっているだろう」


イライジャの精霊王の言葉に私だけでない、イライジャの皇帝も驚いて固まっていた。


「あら、本当に貴方は情緒がないわね、イライジャの精霊王。あ、他にもまぐあう方法もあるけど、ロランはちゃんとした子だから口づけの方がいいわね?」


「お前の方がよっぽど情緒がないだろう」


そんな感じで精霊王同士が喧嘩を始めた。

まるで人間の些細な喧嘩のようだが、周りの張り詰めるような空気が尋常ではない。


「イライジャの精霊王は森、サングロウの精霊王は炎を司る精霊王だからね――昔から仲が悪いから気にすることないよ」


そう言ったのは皇后だった。

そして皇帝のエスコートでゆっくりとこちらに歩いてきた。


「ついでに言えば、リヴェインシュタインの精霊王は水の精霊王だからね、エイダと結婚したらサングロウの精霊王(彼女)も少し落ち着くかもね。まあ、私の親友をよろしく頼むよ。」


その瞬間、皇后のヴェールの下に見える唇が楽しそうに歪んだ。


「まあ、『エイダの街の魔女』は頑固だが、良い人ではあるな。気に食わんが、嫌いではない。幸せにしてくれるとありがたい。」


そう言い残した二人は去っていった。


まだ喧嘩を続ける精霊王たちを余所に、すぐに飛んで彼女の部屋に向かった。

眠り続ける彼女。息はしている、胸に耳を充てれば鼓動も感じる。


「いや、眠っている人にキスか……。」


やはり悩んだ。


子供たちの殴られるんじゃない?もあながち外れていない気もした。


だが覚悟を決めた。


彼女の眠るベッドの腰かけ、ゆっくりと唇を重ねた。

不思議と、吸われるような感覚。


どれほど経ったか分からない。

ゆっくりと唇を離す。


お願いだ。


もう一度、君と紅茶を飲んで、お菓子を食べながら、穏やかな時間で語らい合いたい。

君が見せるその穏やかな表情を、楽しそうな表情をを、嬉しそうな表情を、もう一度――。


祈りが届くように、その青い宝石は開かれたのだった。




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