リヴェインシュタインの公女
Side ロラン
三か月が過ぎた。この間にはいろいろあった。
エイダの街から魔女殿を連れて王城に帰れば、両親も、宰相も、乳母も驚いた。
気絶した女性を連れて来たのだと勘違いされた。
しかし、その直後に慌てるように帰って来た護衛が全てを伝えた。
息もしている、鼓動も聞こえる。
ただ、眠っている彼女。
乳母は侍女長と共に、王太子妃の部屋を明けた。
今、使用していない部屋の中で一番日当たりがいい部屋らしい。
騒ぎを聞きつけて来たのは祖父の弟であった旧大公の大叔父。
着替えさせられてベッドで眠る魔女殿を見て、泣きそうな顔に変わっていた。
「生きておられたのですね、グローリア第一公女殿下。」
話を聞けば、聡明な公女であり、曽祖父が祖父の妃に望んだらしいが、その日から曾祖父はリヴェインシュタイン大公国に入れなくなったらしい。
どうやら精霊王の怒りをかったのではないか、との話だった。
「ああ、ロラン殿下。もしよろしければ、ベイリー辺境伯とその夫人のマーシャに伝えた方がよろしいでしょう。」
「ベイリー辺境伯夫妻?」
「ええ、ベイリー辺境伯はグローリア様の護衛騎士となる予定で、その夫人のマーシャは乳姉妹でしたから。」
「そう言えば聞いたな。」
大叔父の言葉にすぐに手紙を書いた。
もしかしたら何か知らないかと思ったのもある。
すると手紙を出してから三日後、二人は王都まで大急ぎで来たらしかった。
「「王太子殿下に拝謁いたします。」」
二人は真っ先に私に臣下の礼を執った。
いろんな気持ちもあるだろう、そう思いつつ、魔女殿の眠る部屋に案内した。
夫人はその姿を見た瞬間、泣き崩れた。その痛々しい姿に胸が痛む。
「グローリア様が『私の身体は聖域に眠らせてください。』と仰ったのですね?」
落ち着きを取り戻した夫人は、私の話を聞いてそう聞き返した。
そう話をしていくうちに、その『聖域』がリヴェインシュタインの精霊王の聖域を指し、その場に大公家の亡骸も眠っているのだと知った。
ただ、その聖域には普通であればいけない、精霊の導きがないといけないと知った。
「幼い頃のグローリア様の話ですが、湖だと言っておられました。綺麗なところだと。」
その言葉に、建国祭の日に彼女と偶然出会ったあの場所を思い出した。
「……少し、探してみる。」
なんとなくであるが、その場所に彼女を連れていける気がした。
しかし、連れていくということは彼女との永遠の別れになる。
それをしたくなくて、彼女の願いを叶えたくはなかった。
ベイリー辺境伯夫人は、魔女殿の世話をさせてくれと直談判した。
それが認められて王城に一時的に住まう許可が出た。
眠っている彼女の髪を梳いたり、身体を拭いたりと、世話をしているが、目覚める様子はなかった。
吉報も届いてきた。
旧リヴェインシュタイン領で花が咲いた、芽が出た、と次々に報告が上がった。
それもグレムウェル公爵が処刑されたと同時だった。
グレムウェル公爵はリヴェインシュタイン大公国の滅亡に関わった罪だけでなく、奴隷の違法売買や、違法薬物、その他諸々の罪状が出てきた。
金と地位にこだわり続けた男は民衆の前で首を切られた。
その家族は貴族籍剥奪となったが、彼らは父とは違い、それを素直に受け入れた。
まあ、彼らがその処分を認めない間、何度も不審火が起こり、精霊の怒りだと言われた。
真意は分からないが、彼らはそれを恐れて、命だけは助かる方向に考え方を変えた。
目まぐるしく毎日が動く中、魔女殿だけは変わらず眠り続けている。
最近ではベイリー辺境伯夫人が、彼女の髪に花を飾ったり、リボンを巻いてみたりと、色々してみているらしい。
疲れた、君とお茶がしたい。
そう思っても王族としての義務は果たしていた。
「ロラン様、たまには息抜きしてきなさい。」
痺れを切らしたように宰相はそう言った。
「息抜きに魔女殿の所には行っている。」
「意味が違います。公女様の件を少し頭から抜いて、息を抜いてきなさい。貴方分かっていますか?仕事以外の時間は全て公女様の所に居るのですよ?」
「……起きないかな、と。」
「馬鹿ですか、それでは解決しないでしょう!!目を覚まさせるために何かをなさい!!せっかく見つけたロラン様の花嫁、逃がすわけにはいかないのですよ!?」
「いや、逃げられないだろ。」
「ああ、では言い方を変えましょう。今の眠ったままの公女様に無体出来ますか?」
「……は?」
宰相から言われた言葉に軽蔑交じりの声が出てしまった。
しかし、宰相は真剣な顔で続ける。
「出来るならば軽蔑はしますが、今のままでも結構です。でも、出来な……くはないでしょうが、したくないでしょう?」
「当たり前だろ!!」
「でしたら、早く公女様を起こす方法を探しなさい。貴方が命令しないから我々だって動けないのですよ!!」
その言葉にハッとした。
周りを見れば心配が溢れんばかりの視線を向けられていた。
ああ、馬鹿だな、努力もしないでいつも通り、それで彼女が起きるわけがない。
「そうだな、とりあえず、リヴェインシュタイン大公家の歴史に詳しい人いたよな、連れてこられない?あと、精霊に詳しい人いないかな?」
急に頭が回ってきたが、その様子に宰相は驚いていた。
思い出した知識と共に話し出せば、宰相はいつもの楽しそうな笑みを浮かべた。
「では王太子殿下、王都の学校、ご存じですよね?」
王都の学校、それは国中で優秀な子供たちを集めた寄宿舎付の学校で、そこに入学できると、将来は約束されるというところだ。
「……私も宰相も母校だろうが。」
「ええ、ではそこにいらっしゃる精霊学の教授と言えば?」
そこでハッとした。
精霊学の教授はリヴェインシュタインの元神官だ。
思い出してすぐに出かけることにした。
あまりの行動の速さに、どうやら宰相たちは笑い出してしまった。
そんなことを気にせずに王都の学校へ向かおうと、馬車の用意を頼んだ。
本当は飛んでいこうとしたが、不審者扱いされると困るからやめるように諭された。
馬車の用意を待っていると騒がしい音が聞こえてくる。
「だから、俺たちは教授の手紙を私に来たんだって!!」
「これを王子の兄ちゃんに渡して欲しいんだって!」
「おねがい、します。」
聞き覚えのある声だった。
思わず、その声の主、門番がいる場所に転移した。
「だから、王太子殿下にそう簡単に会わせられないんだって。君たちだって王都の学校の人間なら分かるだろ?」
「『エイダの街の魔女』の事で教授に聞いたんだ!なんで眠り続けるか。そしたらこの手紙を王子の兄ちゃんえ、えーと……」
「王太子殿下に届けるように言われたんです!!」
声を聞きながらその姿を確認した。
最後に見た時よりも背も伸びていたが、少年二人と少女一人。
魔女殿の店で会っていた子供たちだった。
「君たちは……。」
声を掛けると驚いたのは門番で、子供たちは「王子の兄ちゃん!」と安心した顔に変わっていた。
「あ、失礼いたしました、王太子殿下。」
ハッとしたように言葉遣いを直した少年に、様々なしがらみを理解する年になったのだと少し寂しくなった。
「どうしたんだい、ここに来るなんて。」
「えっと、教授に『エイダの街の魔女』を起こす方法がないのか聞きに行ったら、手紙を王子の兄ちゃん……じゃなかった、王太子殿下に届けるように言われて。でも通してくれなくて。」
まあ、普通であればそうだろう。
基本的に身分証と許可証がない人間は王城には入れない。
しばらく悩んでいれば、少女が手紙を差し出してきた。それを受け取ると、隣に何故か宰相が立っていた。
「可愛らしいお客様ですね?」
「魔女殿の教え子だ。」
「ああ、今年王都の学校に入学した『エイダの街の神童三人』ですね。噂はかねがね……。」
そういいながら、宰相は手紙を取り上げて、そして中身を確認する。
念の為の確認であろう。
中身を読んで、問題がないと判断されれば私の手元にくる。
「そうだ宰相、急いで手続きできないか?子供たちを魔女殿に会わせてあげたい。」
「……ロラン様、すぐにこの手紙は読んでください。あと、手続きは読んでいる間に終わらせます。」
そう言った宰相は門番から書類を貰い、子供たちに名前を書かせて、そして走り去っていった。
『ロラン・ゾル・サングロウ殿下
本来であれば、貴方様の所で拝謁すべきところ、身体の自由が効かず、手紙にてお知らせすることをお許しください。
エイダの街での事件、グローリア様の存命、様々に私たちの耳に届いてまいりました。
公女様の御行いを御身自らお止めくださり、誠にありがとうございました。
あの一刹那の御慈悲がなければ、姫は取り返しのつかぬ罪に手を染めておりましたでしょう。
元臣下として、また一人の者として、心より深く感謝申し上げます。
さて、話は変わりますが、私はかつてリヴェインシュタイン大公国の神官でございました。
グローリア様がお目覚めにならないとのお話を聞きまして、手紙をしたためさせております。
予測ではございますが、今のグローリア様は魔力がない状態かと思われます。
私の予測が正しい場合、対応できるのは精霊王となります。
現状対応できるのは『ダナの森の魔女』様でございましょう。
精霊王を呼び、声を聞ける人間は限られます。
どうか、『ダナの森の魔女』様への謁見をお考え下さい。
貴方様がグローリア様の身も心もお助け下さったということを、我々は忘れないでしょう。
貴方様に精霊の加護があらんことを。
ディラン・ジャックス』
何故、その考えに至らなかった。
そうだ、イライジャ帝国の皇后ならば、何か解決方法を知っているかもしれない。
「お待たせしました、さあ、お子様方、公女様にお会いしましょう。」
宰相が特別入城の許可証と共に帰って来た。
子供たちはガチガチになりながらも、魔女殿の部屋に来た。
今日は銀髪が編まれて、その髪には花が挿されていた。
ただ寝ているだけのようなのだ。
「なんか、『眠り姫』みたい。」
ぽつり、と少女が言った。
聞いたことのない言葉。
少女はジッと魔女殿を見つめていた。
「あ、確かに。でもエイダの魔女にキスしたら後でぶん殴られそうだよな、王子の兄ちゃん。」
「王太子殿下、だってば、何回言うんだよ!……でも王太子殿下、一回キスしてみません?」
子供たちの言葉に驚いていれば、彼らが話し出したのは『エイダの街の魔女』に教わったという童話だった。
確かに状況は似ているが、流石に眠っている女性にそれは出来ないと苦笑いをした。
「王太子殿下、魔女をお嫁さんにするの?」
少女は真っ直ぐな瞳で私に聞いてきた。
正直、この部屋に彼女を入れた時点で、その答えは決まっているようなものだ。
「彼女が起きて、了承を貰えたらね。」
「そか……じゃあ、私は侍女を目指す。魔女がお妃さまになるなら、侍女必要だよね?」
急に彼女が言い出した言葉に驚いた。
あまり自己主張しないイメージの少女が強い瞳でそう言うのが驚いたが、嬉しくもある。
「そうだな、早く起こして、私のお妃さまになって貰わないとな。」
「あ、なら俺騎士になる!」
「お前馬鹿だから無理じゃない?僕はさっきの宰相様かっこよかったから文官になりたいな。」
そんな会話をしながら、子供たちを見送った。
そしてすぐさま手紙を書いた。
返答は『いつでも構わない。』との回答だった。