表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/23

守るべき公女

Side エイダの街の商会長


私はリヴェインシュタインに生まれ、リヴェインシュタインで育った人間だった。


大公家へ忠誠を誓い、そして守ると決めていた。


しかし、その決意は五十年前、あっという間に崩れさった。

駆け付けた時には大公一家の亡骸すら無くなっていた。

我々は主を守ることなく、終わってしまった。


流れるようにリヴェインシュタインはサングロウに飲み込まれた。


まるで準備されたかのようなシナリオに嫌気がさした。


サングロウに忠誠を誓うなら、との打診もあった。

だが、私も、多くの仲間も、それをしなかった。


唯一、公女様の乳姉妹であったマーシャは僅かばかりの加護があったため、それを許されなかった(・・・・・・)


そんなマーシャに『大公一家の愛した紅茶』を守るように伝え、我々は新たな街を作った。


リヴェインシュタインに近い、サングロウの都市。


それがエイダの街だ。


なるべくリヴェインシュタインの文化を残したが、サングロウの文化と融合して、それはもう新たな文化へと変化した。


変化は悪いものではない。

――だが、私にはそれが寂しかった。


二年ほど経った頃、一人の魔女がこの地に来た。


我々は誰もが息を呑んだ。


魔女はヴェールで全てを隠し、黒の喪服姿で笑っていた。


はじめまして(・・・・・・)、エイダの街の皆様。魔女がここに住むことをお許し願えないかしら?』


声も、姿も、ほとんど変わってはいなかった。

少しだけ大人になられていた。


この方が誰であるか、我々はすぐに分かった。


彼女も我々が誰か知っていたのだろう。

だが、彼女は全てを捨てていた。


名前も、身分も。


だから我々もそれに倣った。


はじめまして(・・・・・・)、魔女……いいえ『エイダの街の魔女』。』


受け入れるという意味の言葉に彼女は笑ってくれた。

まだ、私よりも幼い少女が一人で生きるのは大変だろう、我々は住める場所を与えた。


良き隣人として薬を提供してくれれば、場所代は要らないと言った。


すると彼女はエイダの街の人間には『薬』も『知識』も無償で与えた。


その噂を聞いた強欲な者もいた。


しかし彼女は強欲な者には断固とした態度で対応する。


彼女は我々が手を貸すことなく、一人で生業をしていた。


『あら、商会長、顔色が悪いわよ。紅茶でも飲んでいきなさい。』


そう言われながら彼女の紅茶を貰った。


安物の紅茶だった。


昔の彼女ならば絶対に口にできなかった紅茶。


それが悲しくて、どうにか『リヴェインシュタインの紅茶』を仕入れた。

希少価値が高いが、マーシャに融通してもらった。


もちろん、『公女様』の事は伏せて。


その茶葉を渡して飲ませた時の表情はどちらとも取れなかった。


『美味しいわ。懐かしくて……ありがとう、商会長。』


笑った笑顔は痛々しくも見えた。

この時から『ダナの森の魔女』の話が彼女から出るようになった。


そして同時に何かを決めたような目をするようにもなった。


嫌な予感はずっとしていた。

決意した目というのは死ぬのを厭わない。


それが怖かった。


それでも時は流れる。


三歳であった息子は十二歳となり、優秀であたった為、王都の学校に行くこととなった。


その時に『エイダの街の魔女』の真実を伝えた。

息子は深く頷いた。幼い頃から魔女の所で『知識』を貰っていた息子は納得したようだった。


『分かりました父上。必ず知識を付けて、この街に帰ってきます。』


息子は宣言通りに街に帰ってきた。

そして、我々が皆、同じ行動をしていて、子供たちもその意図を組んでくれていた。


そして息子の世代に子供が生まれだした。


この子たちにも同じ責務を背負わせるべきなのか?その疑問は常にあった。しかし息子は言った。


『『エイダの街の魔女』である限りは我々が守る義務があります。息子も魔女が褒めるレベルの優秀さです。私と同じように王都の学校に行くでしょう。その時に伝えます。』


ハッキリと言い切った息子に、私が不甲斐ないばかりに、という後悔。

同時に私がいなくても見守ってくれるという安堵。


『建国祭……今年も店を閉めるそうです。』


『そうか。』


建国祭の最終日。

奇しくもその日はリヴェインシュタインの暴動が首都を襲った日だった。


この日に大公一家は殺されたのだろう。


ハッと、思い出した。


リヴェインシュタインの精霊王の聖域の話だ。


もしかすると『エイダの街の魔女』はそこに身投げをする気ではないか?そんなことが頭を過った。


リヴェインシュタインの精霊王の為に身を投げた乙女(公女)がいた。同じことをしようとしているのではないか?息子は成長している。


だが、魔女はこの街に来てから何一つ変わっていない。

それは膨大な魔力を携えている証拠でもある。


リヴェインシュタインの大公家には稀に、魔女の素質を持つ公女が生まれている。


その公女が国の為に身投げしたのは、まだ百年経たないぐらい前の話だ。


その心配は杞憂で済んだ。


建国祭が終わった後、魔女は戻って来た。


だが、その頃に孫から不思議な話を聞くことになった。


『王子の兄ちゃんを魔女が避けている』、と。


詳しく話を聞けば、魔女の店に王太子殿下が通っていたという。

一緒に茶を飲み合う仲だったと。

しかし、『最近は魔女が避けていて、王子の兄ちゃんが可哀想。』と孫は言った。


『王太子殿下が、『エイダの街の魔女』のもとに来きている?』


我々はその事実をどうしていいか分からなかった。


そう悩み続けた時に、運命は動いた。


グレムウェル公爵がエイダの街へ来た。

そして『エイダの街の魔女』を出せと叫ぶ。孫に急いで魔女に店から出るなと伝えるように言った。


出すわけなかろう!

『エイダの街の魔女』だけは貴様に渡すか!


我々の怒りは沸々と沸き上がっていく。


だが、その怒りを治めたのは魔女だった。


誰もが息を飲んだカーテシー。その優雅さに変わりはなかった。


『騎士の皆様、そしてエイダの街の皆様、少々茶番に付き合ってくださいませ。』


その怒りを包み込むように柔らかな声で彼女はそう言った。


(わたくし)の名前はグローリア・ヘーゼル・リヴェインシュタイン。今そこにいる男に国を滅ぼされたリヴェインシュタイン大公国の第一公女でした。

ねぇ、モーガン。答えて、貴方は知っていたはずよ。大公家の懐事情を……。』


我々ですらその時に知らなかったこと。

あの男が知っていた。


なら何故、助けなかったのだ!そう叫びたかった。


大公一家の暴行の話も聞いている。


ここに石があるならば我々すべてで投げてしまいたかった。


『まっ、待ってくれグローリア、お、俺は、』


『私は話していたはずよ、お父様の王冠も、お母様のティアラも全てガラスだと。私の持参金も出せなくなるかもしれない、その直後よね?暴動が起きたのは……。』


『違う、それは、』


『暴動が起きたのはグレムウェル領。そして、貴方は今、サングロウで公爵になっている。

……国を売ったわね?』


『違う、そんなつもり無かった!国を売る気などッ』


『リヴェインシュタインの宝剣。今、(わたくし)を証明するものはこれしかない。』


チープな劇を見ているかのような感覚と、冷や汗が流れる感覚、二つが混在していた。


リヴェインシュタインの宝剣。

あれは正当な後継者にのみ発現するもの。


だけれどもソレを血で汚すということは、彼女の正当性はなくなる。


公女様!そう叫びたいのに、まるで地面に固定されるように身体が動かない。


そして口も開くが声が出ない。周りを見れば、皆、同じ状況だった。


『……貴方と結婚して、弟の御代を支えるつもりでいた。貴方と家庭を築いて……でも貴方は裏切った。』


悲痛な声。


涙、感情、まるで今まで塞き止めていた全てが流れ出してようだった。


そんな悲痛な声に手を伸ばしたい。


止めてください、公女様。手を汚すなら我々が変わります。

だからやめてください。


みんな、みんな、志を共にした仲間たちは、氷のように動かない身体を動かそうと必死だった。

彼女の手、そして宝剣を汚させてはならない。


『魔女殿!』


一人の男が飛び出してきた。


金の髪に、赤の瞳。まるで公女様と対のような色を持つ人物。


サングロウ王国の王太子。彼は動けなくなる我らとは違い、公女様を抱きしめて止めた。

それでも公女様は泣きながら裏切り者(グレムウェル公爵)に視線を向けていた。


『ダメだ魔女殿、君が手を汚してはいけない。』


『離して!その男の所為で私の家族は殺されたよ!!』


『君の家族が、君が手を汚すことを望むわけがない!そうだろ?僕の聞いて来たリヴェインシュタインの大公家はそう言う家族だったよ?』


王太子の言葉に、公女様の動きが止まった。


そうだ、大公ご夫妻だって、ご兄弟だって望むわけない。


お優しい家族だった。

その家族が、復讐することを望むわけがない。


『安心してくれ魔女殿。グレムウェル公爵は法の下に裁く。君が手を汚さなくても、あの男は裁かれるのだ。』


王太子の言葉に我々は安堵した。

同時に希望が見えた。


この方なら、公女様を守ってくれるのでは、そんな淡い期待を胸に我々はその様子を見ていた。


『反逆罪の幇助で囚われたくなくば、捕えろ。』


だけれども、現実は、残酷だった。


『ねえ王子様。私の身体は聖域に眠らせてください。』


誰もが静まり返った中、凛とした声が響いた。

視線が公女様に注がれる。


綺麗な笑顔だった。


『……さような、』


別れの言葉を言い切る前に、公女様は倒れた。王太子が慌てて抱き留める。が、揺すっても、泣いても、公女様は動かなかった。我々も名前を呼んだ。


『公女様』『姫様』『グローリア様』。

『魔女様』『魔女』『エイダの街の魔女』。


皆、様々に彼女を呼ぶ。


けれども、青の宝石は開かれることはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ