裁くべきは
Side ロラン
少し早めに魔女殿の店に行こうとした。
すると、まず宰相と料理長がバスケットを持ってきて食事をすればいいとのアドバイスを貰いバスケットを持たされた。
乳母からは花でも持っていきなさいと花束を持たされた。
最後は両親がワインでも持って行けと渡される。
「食事、する約束はしていないのだが……。」
そんなこと言ったが周りに押し切られた。
まあ、言われるがままに、持たされたそれらと共に魔女殿の店に飛んだ。
着いた魔女殿の店には誰もいなかった。
ただ、不用心にも店のドアは開いたままで、子供たちもいない。
「魔女殿?」
声を掛けつつ、店の中を見回すが、誰もいないようだった。
いつも二人でお菓子を食べていたテーブル、そこに持ってきたものを置いた。
「エイダの魔女!!」
「魔女!!」
バタバタと汗を垂らしながら、少年二人が走り込んできた。
「お、王子の兄ちゃん!魔女は!?魔女はどこ!?」
「いや、私も来たばかりで……。」
「魔女が連れていかれるって!!じいちゃんが『エイダの街の魔女』に店から出るなって伝えてって!!」
混乱したように少年二人は話し続ける。
ちょっと遅れて走り込んできた少女。
彼女は私を見た瞬間、フラフラになりながら歩いてきた。
「王子のお兄ちゃん、『エイダの街の魔女』広場に行っちゃっていた。お兄ちゃん偉い人なんでしょ?助けて、魔女を!!」
普段落ち着いているこの少女ですらこの慌てよう。
何が起きているか分からないが子供たちを落ち着かせるために視線を合わせた。
「何が起きたんだ?」
「良く分かんなの、でもじいちゃんたちが魔女を守れって。でも魔女、広場に行っていて、連れていかれちゃう。」
「分かった、私が広場に行こう。」
子供の説明では良く分からない。
でも子供たちは相当焦っているらしく、私の手を引いて広場と呼ばれる場所に走った。
エイダの街の広場に来たのは初めてだった。
その中心にいたのは黒いドレスの女と、噴水に腰かけている青い顔をしている男。
銀色の髪が風になびかせて、悲しみを宿した青の瞳が男を凝視していた。
魔女殿!と呼ぼうとした。
それよりも早く、ヴェールつけていない彼女はニコリと笑った。
「騎士の皆様、そしてエイダの街の皆様、少々茶番に付き合ってくださいませ。」
彼女の凛とした声と共に、披露したカーテシーは驚くほど優雅。
その場の雑音が一切無くなり、誰もが彼女の言葉の続きを待った。
「私の名前はグローリア・ヘーゼル・リヴェインシュタイン。今そこにいる男に国を滅ぼされたリヴェインシュタイン大公国の第一公女でした。」
ああ、やはり。
そう思わずにはいられなかった。
あの肖像画の少女。
あの穏やかな表情とはまるで反対の、悲しみ満ちた目で彼女は座り込んだ男を指さした。
しっかりと伸びた指。
「ねぇ、モーガン。答えて、貴方は知っていたはずよ。大公家の懐事情を……。」
「まっ、待ってくれグローリア、お、俺は、」
「私は話していたはずよ、お父様の王冠も、お母様のティアラも全てガラスだと。私の持参金も出せなくなるかもしれない、その直後よね?暴動が起きたのは……。」
「違う、それは、」
言い訳を繰り返す男にもう逃げ場はない。
その間に魔女殿は男との距離を詰めていく、
「暴動が起きたのはグレムウェル領。そして、貴方は今、サングロウで公爵になっている。
……国を売ったわね?」
「違う、そんなつもり無かった!国を売る気などッ」
何度も否定するが、魔女殿は笑みを浮かべたまま、また一歩距離を詰めた。
彼女がふわりと空を掴む。
すると不思議なことに装飾された短剣が手に握られた。
その中心にはめ込まれる深海のような青い宝石が悲しそうに煌めいた。
彼女の手に握られた短剣を見た瞬間、私だけではなく、数人が息を呑んだ。
「リヴェインシュタインの宝剣。今、私を証明するものはこれしかない。」
これから彼女が何をするか分かってしまった。
動かないと、なのに、身体が動かない。
彼女は短剣を両手で構えた。
まるで願うように握りしめた短剣を持つ手は震えているようにも見えた。
「……貴方と結婚して、弟の御代を支えるつもりでいた。貴方と家庭を築いて……でも貴方は裏切った。」
彼女の目からはポロポロと涙が零れていた。
いつか見たあの真珠のような涙よりも痛そうで、辛そうで、すぐに止めたかった。
だが身体がピクリとも動かせない。
何故!?そう叫びたいのにできない。
『動きたい?』
いつか聞こえた女の声。
当たり前だろ!そう心で叫んだ。
『いいわ、協力してあげる。』
その声は楽しそうにそう言った。
急に足が一歩前に出た。
走って今にも短剣で男を刺しそうな彼女に追い付いた。
「魔女殿!」
両手で握りしめている短剣を取り上げつつ、彼女の腰に腕をまわした。
身体が浮いた状態の彼女はそれでも男に刃を向けようとしていた。
「ダメだ魔女殿、君が手を汚してはいけない。」
「離して!その男の所為で私の家族は殺されたよ!!」
抱きしめてもなお、彼女は抵抗していた。
その度に目尻から流れるものが零れ落ちて手に、私に当たってくる。
「君の家族が、君が手を汚すことを望むわけがない!そうだろ?僕の聞いて来たリヴェインシュタインの大公家はそう言う家族だったよ?」
その言葉に彼女の手の力が抜けていく。
彼女の涙が一滴、一滴と下に落ちていく。
もう、手も、身体も、力が抜けていた。
支えるように彼女を離せば、声を上げて泣き出した。
縋りつくようにこちらを向いた彼女その背に手をまわして幼子をなだめるようにさすり続けた。
「安心してくれ魔女殿。グレムウェル公爵は法の下に裁く。君が手を汚さなくても、あの男は裁かれるのだ。」
そう言いながら、視線を地面で座り込むその男に向けた。
ハッと、我に返ったのか、男は逃げようとした。
立とうとしたのだろう――その瞬間、脚がもつれたように転がった。
「反逆罪の幇助で囚われたくなくば、捕えろ。」
その言葉に周りの騎士たちは慌てるように男の身柄を拘束した。
エイダの街の衛兵に引き渡すように指示をしたが、それよりも早く衛兵がこの場に来て男を連れて行った。
急に背を叩かれた。
力を抜けと言う意味か?と腕から力を抜いた。
すると、彼女は一歩下がった。
ニコリと笑う。
満足そうで、今までで一番きれいな笑顔だった。
「ねえ『王子様』。私の身体は聖域に眠らせてください。」
彼女の涙が流れる。
私に回していた腕は、私と距離を取るために離れた。
その手、腕、肩……いや身体中から黒い靄のようなものが出ていく。
そして、首に見えていた彼女のアザがゆっくりと消えていく。
「……さような、」
その身体が力を失くしたように倒れていく。
慌てるようにその身体を抱きとめた。
地面に座り込んで彼女を揺するがピクリとも動かない。
彼女はそのまま目を覚ますことはなかった。