表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/23

泡沫の夢

Side エイダの街の魔女


――手紙が届いた。


先日、薬を与えた老人が他界したとの手紙だった。

あの老人は幸せそうな顔で逝ったと彼の孫が書いていた。


そうだとしたなら良かったと思う。


今日も子供たちは私の店に来た。

夕方に王太子が来ると私に告げた。

何日も逃げていたのだ、そろそろ話さねばならないのは分かっていた。


今日、彼と話をする。

そして、ここに来ないで欲しいことも伝える。

もし、拒否するなら精霊に頼み込んで入れないようにしよう。

そうしないと、私は精霊王の元に行けなくなる。


ジッと本を読んでいた。


最近子供たちはリヴェインシュタインが何故滅びたのか話し合っている。

この三人は見守ってきた子どもたちの中でもずば抜けて賢い。

この子達が国の機関に入れたなら、この国はまた発展するのだと思う。


「エイダの魔女はなんでリヴェインシュタインが滅んだと思う?」


急な質問に息を呑みそうになった。


ゆっくりと子どもたちを見れば、手書きの地図に何かを書き加えていた。

立ち上がって、彼らの書いたものを見てみれば、暴動が起きた日と、それがどのルートで動いていたのか書き込んでいた。



「最初はグレムウェル領から暴動始まっているんだよな!」


「で、三日で軍団は首都まで歩いてきている!」


「どんどん、増えたんだね。」


子供たちは無邪気にそんなことを言っていた。

興味を持ったから仕方ない。


だが、私が分かるわけがない。


「あ、もしかして、リヴェインシュタインが滅んだとき、魔女生きていた?」


一人が聞いてきた言葉に地図を見た。

そしてスッとリヴェインシュタインの首都のあった場所を指差した。

子供たちは指を目で追いかけた。


「……十五歳だったわ……そして首都にいた。何が起きたか分からなくてね、気づいたらココ、王都の近くのこの森まで逃げていたの。」


そう言いながら今の王都の隣の森。

リヴェインシュタインの精霊王が眠る森を指差した。


「怖かった?」


少女は心配そうに私を見た。

少年たちも聞いちゃいけなかった!という顔をしている。


「怖かったよりね、悲しかったわ。」


しんみりとした空気に変わる。

空気を変えるように、子供たちの頭を撫でた。


「貴方たちは本当に賢いわね。私は今までリヴェインシュタインが滅びたときの暴動がどこから起きたなんて知らなかったわ。もっと分かったら教えてくれるかしら?」


そう言って口元を歪ませれば、子供たちはいつものように無邪気な笑顔を浮かべた。


「分かった!図書館いこう!」


「そうだね、昔の地図探そうか!」


「あと、昔の貴族の領地がわかると楽しいかも。」


そう言いながら、子供たちは図書館に行く準備を始めた。


私の店で使った本や紙は片付けて行く。

この子達も来年には学校に入る。

そうするとあと四、五年は新しい子供は来ないだろう。


だとしたなら、この子達は私の最期の教え子になるのだろう。


「エイダの魔女、行ってくるねー!」


「あ、王子の兄ちゃんとの約束守ってな!」


「……行ってきます。」


三人が手を振りながら出ていった。


小さく手を振りながら。

読みかけだった本を手に取った。

普段は読まない恋愛小説だった。


昔は好きだった……けれど今はそうでもない。


ガタガタガタっと、ドアが揺らされた。


「な、なんで!?『エイダの街の魔女』!?」


外から女の悲鳴らしき声が届いた。


ガタガタとドアは揺らされ続ける。


つまり『加護』が発動している。


本来であれば、店の前にも来られないはずだ。


しかし店で声が届くも言うことは、彼女が『加護』が発動している原因ではないということだ。


「何か御用?」


扉越しに声を掛ければ、その女の声は泣き出しそうなほど震えていた。


「『エイダの街の魔女』、助けてくださいッ!変な貴族が来て、貴女を呼べと!!みんなが貴族を止めているのですが、相手が武装しているのですッ!お願いです、助けてくださいッ!」


――嫌な予感がした。


だけど、扉を開いた。


そこに居たのは組合長の娘だった。


もう泣き出していた。


「どこに居るの、その貴族は?」


「噴水の、広場、ですッ。」


その言葉を聞いてゆっくり歩き出した。

向かった先には野次馬が出来ていて、その中心には貴族らしき男がいた。


「早く『エイダの街の魔女』を呼んでこい!私はお前たちを処刑することだって可能なんだぞ!!」


威張ったような言葉。


その姿を見た瞬間、手に力が入った。


見間違うはずなどない。


どんなに歳を取っても変わっていない。


「クソッ、王太子の相手でなければこんな街に来る必要だってなかったのに。」


忌々しそうに男はそういった。


(わたくし)に何の御用ですか?」


その瞬間、周りの視線が集まった。


野次馬の集団は私の為に道を開けた。


周りはボソボソと私の呼び名を呟いていた。


「ほお、お前が『エイダの街の魔女』か。確かに男受けしそうな身体つきだな。」


「……質問に答えなさい。何の御用ですか?」


「御用?ああ、お前を私の養女にして、さっさと王太子の子を産んでもらわないとな。」


ギリッと歯ぎしりをするほど堪えた。


この男は思っていた以上に屑だと再確認させられた。


同時に、ホッとした。


こんな男と契ることなくて、本当に良かった。


私はヴェールを取り去って、投げた。


「な!?お、お前ッ!?」


男は驚きの声を上げた。


その様子を滑稽だとも思う。


亡霊でも見たかのように顔は真っ青になっていく。


「久しぶりね、モーガン。」


「ぐ、グローリア!?」


「ああ、流石に元婚約者の顔は忘れていなかったのね?」


ざわざわと周りがうるさくなる。


煩わしい。


そう思いながらも一歩ずつ、嘗ての婚約者に近づいた。



反応するように男も一歩ずつ後退していく。


しかし、その先は噴水で、その縁に座り込んだ。


「騎士の皆様、そしてエイダの街の皆様、少々茶番に付き合ってくださいませ。」


そう言いながら、笑った。

そして公女であった頃を思い出し、誰からももてはやされたカーテシーをした。


誰もが動けなくなるほどの空気の中、笑う。


(わたくし)の名前はグローリア・ヘーゼル・リヴェインシュタイン。今そこにいる男に国を滅ぼされたリヴェインシュタイン大公国の第一公女でした。」


指差したのは座り込んでいる男。

何かを恐れていたかのように、彼は急激に老け込んでいくように見えた。


「ねぇ、モーガン。答えて、貴方は知っていたはずよ。大公家の懐事情を……。」


そう言いながらも一歩ずつ歩いていく。彼は震えながら私を見ていた。

ああ、泣きそうだ。


――こんな男に、私の家族は殺されたのだ。


「まっ、待ってくれグローリア、お、俺は、」


「私は話していたはずよ、お父様の王冠も、お母様のティアラも全てガラスだと。私の持参金も出せなくなるかもしれない、その直後よね?暴動が起きたのは……。」


「違う、それは、」


「暴動が起きたのはグレムウェル領。そして、貴方は今、サングロウで公爵になっている。

……国を売ったわね?」


「違う、そんなつもり無かった!国を売る気などッ」


喚くように男は何度も違うと叫ぶ。


呆然とする騎士たちは男を守るべきなのかを悩みつつ、剣に手は添えていた。


ソッと、ずっと隠し持っていた短剣を手に持った。


リヴェインシュタインの宝剣。

精霊王の祝福が送られたその短剣はリヴェインシュタインの血筋と、精霊王の籠を受けた『後継者』に現れる魔法の剣。


美しく装飾された宝剣、これだけが私を『グローリア』だと証明するものだ。


それが出てきた瞬間、男は目を丸くして、そして震えた。


「リヴェインシュタインの宝剣。もう、(わたくし)を証明するものはこれしかない。」


その短剣を抜いた。

両手でそれを持って握りしめる。


コツ、コツと靴の音を鳴らしながら、一歩ずつ進む。


誰もが動けなくなっている。


「……貴方と結婚して、弟の御代を支えるつもりでいた。貴方と家庭を築いて……でも貴方は裏切った。」


泣きたくなった。


いや、もう泣いていた。


ポロポロと落ちていく涙は止まらない。


でも不思議で視界はしっかりと見える。

短剣を握りしめて、その男に向かって走り出そうと、した。


「魔女殿!」


響いた声。


身体がふわりと浮いた。


視界の端に写り混んだのは金の髪。

自分よりも頭一つ以上大きな身体が私を簡単に後ろから抱き上げた。

その瞬間、私はその男に羽交い締めにされていることに気づいた。


まるで逃がさないように強い力が込められた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ