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真実を知る日

Side しがない老人


リヴェインシュタインからサングロウ、国が変わってから五十年。


当時四十歳だった儂は、もうずいぶんと生きた。


もう、最近では目も見えていない。


孫が心配して、エイダの街から魔女を呼んだ。そんな余命いくばくもない儂に金を掛けるのはもったいないと言ったが、孫は頑なに譲らず魔女を呼んだ。


魔女は黒い物体にしか見えなかった。


「あら、起きられましたか?少しは楽になったでしょう?」


魔女の声に薄っすら視界が定まっていく。


青のような銀髪が、ヴェールの中に見える。


そう言えば、儂が掴んだ髪もこんな色だった。


「エイダの街、の魔女?」


「ええ、そうです。お爺様。」


淑やかに話す魔女に話がしたかった。


「話を、聞いて貰えないか?」


「どんなお話しですか?」


魔女は優しく話してくれる。

そっと手が握られた気がした。


暖かいが、小さな手だった。


「ずっと、後悔していることがある。」


「それは、(わたくし)に話してよいのですか?」


「もう、命は幾ばくも無い。懺悔がしたい。が、家族に伝えられない。」


「分かりました、ではお聞きいたしましょう。」


柔らかな声に釣られて話を始めた。


昔はリヴェインシュタインの辺境の農夫だった。


五十年前の飢饉、その時に娘と息子を失い、そしてもう一人の息子もこのままでは餓死すると思った。


大公陛下は『あと一か月凌いでほしいと』魔法で映像を流してまで頭を下げていた。


それなのに、我々は悪魔のささやきに乗ってしまったのだ。


『大公家は食料を独占している。』


そう言ったのはグレムウェル家の息子だった。

彼は大公家の公女と婚約をしていた。


だから彼の言葉を我々は信じてしまったのだ。


「その言葉を信じた儂らは、首都に向かった。話を広めれば他の地域の人間も付いてきた。それで、どんどん人は増えて、儂らの憎悪も増えていった。大公の屋敷から大公一家を連れて広間に行った。儂は公女様の髪を掴んで連れて行った。殴ったし、蹴った。石を投げたものもいた。」


あの時のなだらかな髪の感覚は今でも手に巻き付いているようだ。

時間が戻るならば、儂はあの少女に謝りたい。


「暴行が止んだ時、大公一家は誰も動かなくなった。その後に儂らは大公の屋敷に行った。そこには何もなかったんじゃ。食べ物も、宝も、服も、ドレスも。」


家探しをしたが何も出てこない大公の屋敷に皆絶句した。


そして嫌な予感がした。


そこに一人の少女が下りてきた。


泣きながら、王冠を持っていた。


彼女も暴行を受けたらしく、血まみれになっていた。


「その少女は我々に泣きながら訴えた。」


『大公家がどれほど民衆を思っていたのか知らないのか!』


泣き叫ぶようなその声が耳に残る。


「その少女は公女様の乳母の娘と名乗った。その娘は床に王冠を叩きつた。その瞬間、王冠の宝石は全て割れたのだ。」


目を瞑る。


自分よりも遥かに幼い少女は血まみれでも泣きながら叫んだ。


『この王冠の宝石は、食料を得るために全て売ったのだ!大公様の王冠、大公妃様のティアラ、公女様たちの宝石、公子様の本、全て、貴方たちの食料の為に!!なのに、この仕打ちは何なのだ!大公様ご一家は堅実に貴方たちを助けようとしたのに!!』


そう言って少女は飾られていたティアラも全てを投げる。


黄金に見えた王冠はただの木に正面だけ金箔が貼られていた。

宝石に見えたそれらは全てガラス。他国に侮られないための措置であった。


「誰もが呆然とする中、広場にあった大公一家の遺体が消えた。そしてリヴェインシュタインは不作の地になった。儂らの所為じゃ。」


涙が流れだした。


耐えろと言ったはずの大公様を信じられず、儂らはやってしまった。


罰だというように、最期の息子も死んだ。


せめてもの償いにその時、親を失った子供を二人引き取った。


この魔女を呼んでくれた孫もその子供の娘だ。


「儂らが大公様を信じなかったから、儂らの故郷は呪われたのだ。罰じゃったんだ。」


ポロポロと流れる涙を魔女はハンカチで拭ってくれた。


あのとき、大公家の無実を訴えた乳母の娘はリヴェインシュタインに残った。


――その少女がいる土地では紅茶が育つと聞く。


「公女様の乳母の娘がいる土地だけは紅茶が育つ。彼女が忠義を果たしたから、土地が彼女を祝福したのじゃろう。」


『リヴェインシュタインの奇跡』と言われるその紅茶。

でも、儂らからすれば罪の証と言われているような気がした。


「リヴェインシュタインが呪われたのは儂らの、愚かな、行動のせいじゃ。グレムウェルの倅の言葉など、聞くべきではなかった……。」


「グレムウェル?」


魔女は不思議そうな声を掛けた。


「今はグレムウェル公爵になったアイツじゃ。公女様の婚約者だった。」


「モーガン・グレムウェルのことかしら?」


「そうじゃ。儂はそれも悔しい。あんな事をしながら、アイツはのうのうと生きておる。」


ポロポロと流れ続ける涙。

力が入らない手を魔女はソッと握った。


「大丈夫よ、お爺様。何れリヴェインシュタインはまた豊作の地に戻るわ。だから安心して。」


そう言って笑った魔女が昔、髪を掴んだ公女様と重なった。


死に際の幻影だとわかっている。


だが、少しだけ安心した儂は眠りについた。


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