家族の眠る場所
Side エイダの街の魔女
建国祭。それは私の家族の命日だった。サングロウ王国の王都に近い森の湖畔。その場所に今年も来た。百合の花をその湖畔に流す。
人々からすればもう五十年。
でも私には、まだ五十年なのだ。
ヴェールを上げて、跪く。そして手を組んだ。思い出せばまだ鮮明な記憶。父も、母も、妹も、弟も、みんな故郷で死んだ。怒りに任せた民衆に、殴り殺された。そして、私も故郷で一度死んでいる。
何も知らないくせに。
私達がどれほど国を思って全てを捧げていたか分かってもいないくせに。
そんな奴らの祝福など無くなってしまえ。
あの時の感情が溢れ出して来る。涙が止まることなく流れ出す。
その感情に応えるように、私の故郷は不作の地へと変貌した。だけど、その状態になった土地を見て、私の心は晴れるどころか、沈んでいった。
「リヴェインシュタインの精霊王よ。今年も参りました。私を守ってくれることを感謝します。」
届くかは分からない精霊王への言葉を述べた。リヴェインシュタインの精霊王は五十年前から眠り続けている。私の家族の遺体と共に、この湖で。
急に周りの精霊たちが慌ただしく何かを伝えようと私のヴェールを引っ張った。振り向けば、呆然している王太子の姿。ゆっくりとヴェールを戻し、そして彼に向き直った。
「覗き見は、いけませんわね。」
そう言いながら、彼のもとに歩いていく。月明かりが、丁度真ん中を照らしているようだった。
「す、すまない。ただ、招かれるように来たら魔女殿がいて……。」
「ええ、ここに来るには精霊の招きがなければ来られません。招かれたのでしょうね。」
そう言いながら、なんとか笑みを浮かべた。
「無理して、笑わなくてもいい。」
突然、彼はそういった。それに驚いていれば、彼は深呼吸して、視線をしっかりと合わせてきた。その瞳は真っ直ぐで、思わず視線を逸らしてしまった。
「魔女殿。私は遠巻きな言葉しか言ってこなかったが……貴女相手にそれは通じない。だから、はっきり言います。
私は貴女が『運命』だと思っています。」
その言葉の、予感は感じていた。だけど見ないふりをしていた。でもね、私は貴方をそう思うことは絶対にありえない。
「私が貴方の『運命』はありえない。」
ジッと彼を見つめた。そして、昔を思い出して笑う。貴方だけは私の『運命』にはならない。
だって、貴方は私の家族を奪った男の孫だから。
だから、嘘をつく。リヴェインシュタインの精霊王、今だけはそれを許して……。
迷わずに今まで隠していた腕を捲った。レースの肩掛けを外し、首から腕は素肌が晒される。
「コレ、なんだと思います?」
そう言いながら月明かりだけでなく、光魔法を飛ばした。腕から首、そして、ドレスで隠れる身体。その全てに黒の茨のようなアザが走っている。まるで戒めるようなその黒の茨を彼は凝視していた。
「貴方に前に教えたでしょう。『呪い』ではなく『加護』を得ていると。本物の呪いはこんなふうに禍々しいの。」
ふふふ、と笑いながら彼の前で一回転する。そうすることで、彼は身体中のこのアザが見えるだろう。
「この呪いは私の罪の証。誰とも番わずに独りで生きていけという戒め。だから、私は貴方に相応しくはない。」
ニコリと笑いかける。
「私が貴方の『運命』はありえないわ。」
まるで自分に言い聞かせるように私はそう言った。逃げてしまおう。いつか、自分の気持ちに整理がつくまでは、逃げてしまえばいい。そう思い込んで私はその場を後にした。