建国祭の夜市
Side ロラン
最近は忙しいが、それでも魔女殿に会いに行った。
建国祭を一週間後に控えた今日。
仕事を終えたのは夕方だった。
ここ最近、毎日のようにいっていたエイダの街に今日はいけなかった。
流石にこの時間では相手に迷惑になるな、と小さくため息を漏らした。
コンコン、と執務室のドアがノックされた。「どうぞ」と返せば入ってきたのは料理長だった。
「ロラン様、菓子の時間は過ぎたので夜食を作ったのですが、『エイダの街の魔女』と一緒に食べたらどうですか?」
「……この時間から行けば失礼だろう。」
気を利かせてくれたのは助かるのだが、相手に不快に思われると少々嫌だなとも思った。
ヴェールに隠れているので表情が見えていないと思っているようだがが、透けて見えるヴェールの下で美味しそうにお菓子を食べている彼女を思い出した。
料理長の料理は絶品だ。
今度はどんな表情をするのか、見てみたい気もした。
「俺はエイダの街の出身ですがね、『エイダの街の魔女』は夜遅くまで店を開けているんですよ。今の時間ならまだ店は開いていますよ。」
「……詳しいな。」
「俺も『エイダの街の魔女』の教育を受けて、おかげで文字が読めて宮廷の料理人、今に至っては料理長に成れましたからね。」
「そうなのか?」
「ええ、昔から彼女は良き隣人ですよ。――ですが、あの方、いろいろ熱中すると飯食わないんで、街のみんなが気にして何か差し入れするんっすよ」
呆れたように料理長はそう言った。それこそ遠い目で、何度かその事件を見ているようだった。
「――と、言うわけでロラン様。俺の代わりに『エイダの街の魔女』へ夕飯届けてもらえませんか?」
ニマっと笑う料理長の差し出すバスケット。
それを受け取って、「ありがとう」とお礼を言った。そして思い浮かべたのはいつもの彼女の店の倉庫だった。
「あら、今日は来ないと思ったわ。」
驚くこともなく、彼女の声が響いた。どうやら倉庫に用があったらしく、彼女は薬草らしき草を干していた。
「こんばんは、魔女殿。遅くなったので来るのを辞めようかと思ったのですが、料理長が貴女の夕食を心配して、私にこれを持たせてくれました。」
そう言いながらバスケットを見せれば、魔女殿の目が淡く光った。
「あら、気付かなかったわ。マイルズが作っていたのね、貴方が持ってきてくれるものは。」
「え、分かるのですか?」
「ああ、話していませんでしたね。私は『鑑定眼』持ちなのです。と、言っても見ようと思わないと見えませんのでご安心を。」
ニコリと笑う彼女はそのまま倉庫から店舗の方へ出ていく。
窓を見れば日は沈んで群青色に星が散らされた夜が訪れていた。
彼女の背を追って店舗の中に入れば、そのレースの手袋に包まれた手のひらからいくつもの光を浮かび上がらせた。
クルクルとまるでダンスのように回ればドレスが舞い、彼女に寄り添うように光が店舗を明るく照らしていく。
「夕食はたまごサンドにローストビーフサンド。なら紅茶はリヴェインシュタインを合わせましょうかね?」
そう言いながらヴェールの下で笑う彼女。
表情が光の所為で見えているなど、彼女は思っていないのだろう。
あまりに幻想的なその姿に目を奪われた。
異様なまでに反応した心臓に自分自身、一番驚いた。
「ああ、リヴェインシュタインなら合うだろうな。」
答えれば彼女は紅茶を淹れに行った。
彼女が来るまでに、表情を引き締めないと、そう思いながら。