夕暮れの来訪者
Side エイダの街の魔女
今日は非常にバタバタしていた。もうすぐ建国祭だからだろう。
私は毎年、この期間に店を閉めている。
だから客足が多くなるのは仕方ない。
バタバタが終わって外を見ればもう夕暮れ時。
そう言えば今日は来なかったな、と思った。
毎日のように来ていた人間が、突然来ないと、不安になってくる。
単純に忙しいだけなのかもしれないが、何かあったのではないかとも思ってしまうのだ。
「もうすぐ建国祭だものね……」
祭りというのは大変なものだ。
いろんな書類の認可を降ろさなくてはならないし、王太子となればその責務も多いだろう。そう思えば来られないのも仕方ないことだ。
「王族って本当に大変でしょうね」
そう言いながら今日、子供たちの駄賃稼ぎにやらせた薬草の仕分けをしていた。
三割ほどはよく似た植物の毒草であったが、これはこれで使える。
まあ、『鑑定眼』があるが故に、分かるのだが、普通の人間には見分けがつかない。
それ故に『魔女の薬』は売れているのだが。
「あとは薬草干して、そしたら店を閉めようかしら。」
悩みながらもそう言ったが、答えなど返ってこない。
物置部屋に薬草と毒草を分けて干す。
暗くなり始めた部屋に明かりを灯さないとな、と思いながらも、作業だけは終わらせようと手を動かした。カタン、と音がした。
そのままの体勢で振り返れば、昼間に来なかった王太子が複雑そうな顔をして立っていた。
「あら、今日は来ないと思ったわ。」
素直に言えば、彼は苦笑いを浮かべた。
「こんばんは、魔女殿。遅くなったので来るのを辞めようかと思ったのですが、料理長が貴女の夕食を心配して、私にこれを持たせてくれました。」
彼はそう言いながら籠を見せてくる。
彼の『料理長が貴女の夕食を心配して』という言葉に、その料理長は知り合いなのでは?と思い籠を鑑定してみる。
出てきた文字は『マイルズのたまごサンド・マイルズのローストビーフサンド』。
懐かしい名前と、懐かしい料理だった。
「あら、気付かなかったわ。マイルズが作っていたのね、貴方が持ってきてくれるものは。」
懐かしい気持ちを持ちながら、かつての教え子であったマイルズを思い浮かべた。
私の記憶ではまだ子供だったのに、王室の料理長にまでなったのね、と感心していた。
「え、分かるのですか?」
「ああ、話していませんでしたね。私は『鑑定眼』持ちなのです。と、言っても見ようと思わないと見えませんのでご安心を。」
鑑定というものがいいとは限らない。
時には嫌な思いもする。
だから必要に応じて使うようにしているが、今日は久しぶりに自分の為に使ったな、なんて思った。
「夕食はたまごサンドにローストビーフサンド。なら紅茶はリヴェインシュタインを合わせましょうかね?」
そう笑いながら店の方に戻る。
手のひらから光の魔法を展開させて小さな光たちが照明の中に入り込んで店を照らす。
前世の記憶をイメージして作った照明は部屋を明るくしてくれた。
「ああ、リヴェインシュタインなら合うだろうな。」
呟かれた言葉に紅茶を淹れに向かった。
リヴェインシュタインは蒸らし時間が長いが、幸いにも私は特に水魔法に恵まれたのでポットにお湯がすぐに入るし、紅茶の準備はすぐに終わる。
そのポットと茶器を揃えて持っていけば、王太子は籠からサンドイッチを出していた。
流石王室、街で売っているものと違って小さくカットされている。
「美味しそうね。」
そう呟きながら紅茶を注いだ。彼の前に出してから私も席に着く。
「では、いただきますね。」
そう言ってサンドイッチを口に入れた。
最初に取ったのはローストビーフサンドで、口の中に広がるハーブの味は、私が教えた時よりも遥かに美味しくなっていた。
「あんな子供がこんなものを作れるようになったのね。」
呟いた言葉はどうやら彼には聞こえなかったらしい。
ふと彼の顔を見れば、寝ていなのだろう、薄っすら隈が出来ていた。
忙しいだろうにわざわざ来るなんて、そう思った。けれど、それを嬉しく思っている自分もいる。
「やっぱり、建国祭の準備は忙しいのですか?」
分かりきった質問だが、彼は紅茶を含んでから笑った。
これは疲れているな、と思った。
「忙しいが、それが王族の義務だからね。まあ、建国祭の夜は王都の夜市にこっそり行くつもりだけどね。」
あはは、と笑いながらそんなことを言う彼。
私にも彼のような行動力があればいろいろと違ったのかもしれない。
今となっては遅いことだけれども。
「夜市ですか、さぞ素敵な時間になるでしょうね?」
ふふ、と笑いながら私も紅茶を含んだ。
すると彼は少し悩んだような表情に変わった。
「魔女殿は建国祭の夜市に行かないのか?」
建国祭の夜市と言えば、恋人同士や、家族同士で行くものだ。
私は独り者だし、ついでに言えば、建国祭の夜市の日には先約がある。
「私は独り者ですからね、夜市にはいきませんよ。」
「なら、私と行かないか?」
迷いなく言われた言葉に面を食らってしまった。
しかし、それに対して笑いかけた。
「申し訳ございません。その日は先約がございますの。毎年、店も閉めて約束しておりますので、建国祭の夜市には行けませんわ。」
そう言いながら今度はたまごサンドを食べた。
その日に私は行きたい場所があるのだ。
「そうか、残念だ。」
彼から向けられる表情。息を呑みそうだった。
建国祭の夜市に誘うということがどういうことか分かっている。
だけれども私は知らないふりをする。
無知でいる限りは、踏み込んでこないと思っていた。