【スピンオフ作品ベイル編のコミカライズ記念SS】お兄様の想い人
ペイフォード公爵家の来客室で、クラウディアは小さなため息をついた。
「はぁ……」
銀色の髪を自身の耳にかける仕草は優雅だが、エメラルドのような緑色の瞳は憂いに満ちている。お気に入りのハーブティーが目の前にあっても、口をつける気にはなれない。
「どうしたの? ディア」
優しく声をかけられたクラウディアが顔を上げると、テーブルの向かいに座るアーノルドと目が合った。赤い髪はきれいに整えられていて、黄金を彷彿させるような瞳は不安そうだ。
「あっ、ごめんなさい。せっかくアーノルドが来てくれているのに」
今日は、婚約者であるアーノルドがペイフォード公爵家まで出向いてくれていた。クラウディアにとって楽しい時間のはずなのに、集中できていない。
「僕でよかったら話を聞くよ」
「ありがとう。実は私のお兄様のことなんだけど……」
クラウディアの兄ベイルは、自他ともに認めるシスコンだった。
「ディアのお兄さんかぁ……」と呟くアーノルドは、どこか遠くを見ている。ベイルの過保護っぷりには、彼も何か思うことがあるのかもしれない。
「そんなお兄様に、実は気になる女性ができて……」
「えっ⁉ ディア以外に?」
コクリと頷くクラウディアに、アーノルドは驚きを隠せない。
「そ、それはどんな人なの? まさかお相手は、ディアに似ているとかじゃないよね?」
どこか青ざめているアーノルドに、クラウディアは笑ってみせた。
「まさか。お兄様の私への好きは、恋愛の好きじゃないもの。あれは過剰な家族愛よ」
「ディアが言うならそうなんだろうね」
アーノルドが向ける視線からは、クラウディアへの絶対的な信頼が見て取れる。
「じゃあ、ディアの悩みって?」
普通の妹ならここで「お兄様が取られたみたいで寂しいの」というかもしれない。でも、クラウディアは違った。
「お兄様が相手の女性にご迷惑をかけていないか心配で心配で……」
「あー、そっちかぁ」
「しかも、お相手の方は、どうやらとても気遣いができて、あのお兄様相手でも楽しいお話ができるお優しい方らしいの。その方を逃したらお兄様は、もう生涯独り身が決定よ!」
「ディアのお兄さんは、女性に人気がありそうだけど?」
アーノルドのいうとおり、ベイルの外見はとても整っている。輝く銀髪に、青い瞳は人目を引くし、なによりペイフォード公爵家の嫡男なので身分もまったく問題ない。問題ないはずなのに……。
「実は、これまでに何十人とお見合いをしてきたのだけど、すべて向こうからお断りされているの」
「そ、それは深刻だね」
アーノルドは優しいからはっきりとは言わなかったが、公爵家の嫡男が令嬢たちからお断りされ続ける時点で大問題だ。クラウディアも、ため息くらいつきたくなってしまう。
「お兄様には幸せになってほしいわ」
「今でも十分幸せそうだけど?」
「それはそうだけど……。私はアーノルドに出会えて、本当に幸せなの。だから、できればお兄様の恋も叶ってほしいわ」
「ディア……」
そう繰り返したアーノルドの頬は赤い。
「そうだね、幸せはひとつじゃないけど、お兄さんに気になる人がいるのなら僕たちも応援したいね」
テーブルの上でアーノルドの手がクラウディアの手に重ねられた。剣をふるうその手は、出会ったころよりも大きくなっている。
(好きな人と手をつないだだけで、どうしてこんなにも心が温かくなるのかしら?)
こんな不思議な気持ちを、これからベイルも味わっていくのかもしれない。
クラウディアは、アーノルドに微笑みかけた。
「ありがとう、元気が出たわ。相手の方に無理強いする気はないけど、少しでもお兄様の良いところを知ってもらえるように頑張るわ」
笑顔を浮かべたクラウディアにつられるようにアーノルドも微笑む。
「お兄さんの想い人、どんな方だろう?」
「今から会うのが楽しみね」
二人はまだ見ぬ令嬢に思いを馳せるのだった。
おわり
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〇白良木羅々先生によるコミカライズ
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