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06 赤い髪の男の子

 花が咲き乱れる公爵家の庭園をディアはゆっくり歩いた。パーティ会場から離れてしまえば、人の姿は見当たらない。背後からはラルフののんびりとした心の声が聞こえてくる。


 --うわぁ、お花畑に立つクラウディア様、花の国のお姫様みたいだな。まるっきり童話の世界だ。エリーが見たら喜ぶだろうなぁ。


(妹さん、エリーって言うのかしら?)


 --今度、家に帰ったらエリーに話してやるか……いや、アイツ最近俺に冷たいからな……。反抗期か?


 妹と適切な距離を保っているラルフに好感が持てた。


(ベイルお兄様も見習ってほしいわ……)


 ディアは庭園を優雅に散策しているように見せて、ある場所に向かっていた。庭園の西側、めったに人が来ない場所だ。


(確かここらへんで、赤い髪の男の子に会ったはず)


 すると、誰かの声が聞こえた。ディアが声の方へ向かおうとすると、ラルフがサッと前に出て、ディアを守るように先を歩き始めた。


(ラルフは性格が良いだけじゃなくて、護衛としても優秀ね)


 ラルフの後に続き声のする方へ進むと、数人の男達が声を荒げていた。


「ここはお前の来て良い所じゃないんだよ!」

「さっさと帰れ!」

「醜い異教徒め!」


 男の一人が暴言を吐きながら、何かを蹴り飛ばす。


(なにこれ、いじめ?)


 ディアがそう思ったとたんに、ラルフが腰の剣に触れた。


 --胸クソ悪い。どこの貴族のボンボン連中だ?


 ラルフの言う通り、男達の身なりが良い。蹴られて倒れ込んだ者を見て、ディアは息を飲んだ。そこには、真っ赤な髪の男の子がうずくまっている。ラルフは『どうしますか?』と伺うようにディアを見た。


 --俺は助けたいが、ここはクラウディア様の指示に従おう。


 相手の身分が分からないので賢明な判断だと思った。ディアは、大きくを息を吸うと、目を閉じゆっくりと息を吐く。そして、男達に近づくと出来るだけ可愛らしい声を出した。


「こんにちは」


 ビクリと男たちが身体を震わせた。ディアはドレスの裾をつまむと、可愛らしく見えるように会釈する。


「本日はペイフォード家にお越しくださりありがとうございます」


 無邪気を装い伝えると、男達が気まずそうに視線を交わした。


「まぁ、急病人ですか!?」


 ディアは、たった今、赤い髪の男の子に気が付いたように驚き、両手を胸の前に合わせた。そして、赤い髪の男の子に駆け寄ると「こちらへどうぞ」と手を差し伸べる。ディアは「急病人はこちらで手当ていたします。皆様方、パーティ会場はあちらですよ」と満面の笑みで伝えると男達は気まずそうに立ち去った。


 ラルフが、腰の剣から手を離す。


 --クラウディア様、お見事! いや、天然かな?


 側に来たラルフは、赤い髪の男の子に「少し失礼」と言ってから蹴られた箇所を触った。


「見た感じ出血もないし、骨も折れてないですね」

「よかったわ……」


 赤い髪の男の子は、無言で立ち上がると、服の汚れを手で払った。


 ーー赤い髪、南部の生まれだな。アーノルド王子の関係者か?


(アーノルドって、私の婚約者になる、あの第三王子のアーノルド?)


 ラルフの心の声に驚きながらも、ディアは顔に出さないように気を付けた。赤い髪の男の子は、地面を見て何か探している様な仕草をしている。


「何を探してるの?」


 ディアが尋ねると「本」と淡々とした声が返ってくる。その話し方は、確かにあの時の男の子だった。


「私も探すわ」


 一緒になって本を探していると、ラルフが「あ、これですか?」と緑の表紙の本を拾ってきた。男の子は本を受け取ると、少しだけ頭を下げる。そして、木の根元に座ると、静かに本を開いた。


(そっか、お兄様に閉じ込められていない私には、『一緒に読む?』と聞いてくれないのね)


 仕方がないので、ディアは男の子の横に座った。驚く男の子に「一緒に読んでいい?」と聞くと「……別に、いいけど……?」と微妙な返事が返ってくる。


「あなたは、どんな本が好き?」

「えっと……」


 男の子は何冊か本の名前を上げると、また黙り込んだ。ディアは聞かれてもいないのに、自分の好きな本の話をした。すると、男の子が少しだけ笑う。


「王子様とお姫様が出てくる本ばっかりだね」


 そのセリフが、過去のディアの記憶と重なる。


(ああ、そうだ。あの時も、この子にこう言われたっけ)


 そして、過去のディアは『うん、そうだよ。王子様って、かっこいいし人気者で素敵でしょ』と答えた。すると、男の子に「王子様が好きなの?」と聞かれたので、過去のディアは『うん。みんなに愛される王子様が好き』と答えたが、今のディアは違う。


 誰が見ても理想な王子様の外見をしたアーノルドは、女性にだらしない最低な男だった。気が付けばディアは「王子なんて、大っ嫌い」と答えていた。


「……どうして?」


 戸惑う男の子をディアは見つめた。


「みんなに愛される王子様なんて嫌。私は、私だけを見て愛してくれる人じゃないと嫌なの」


 男の子の黄色い瞳がこちらをジッと見つめている。


「それに、あなたみたいにちゃんとお話が出来る人がいいわ」


 父も兄も無口だし、アーノルドともまともに会話をした記憶がない。


 --僕みたいに?


 ディアの頭の中に、赤い髪の男の子の声が聞えてきた。


(あ、しまった。私が告白したみたいになってしまったわ。お友達になりたいだけなのに……)


 男の子は本を持ったまま俯いた。


 --僕みたいな醜い化け物と話したいなんて、この子、変わっているな。


 全てを諦めているような言動が、過去のディアの姿と重なり、なぜか無性に腹が立ってくる。ディアは男の子の顔を真っすぐ見つめた。


「あなたの赤い髪も、その瞳もとても綺麗よ! よければ私とお友達になって!」


 虚ろだった男の子の瞳にゆっくりと光が宿った。初めて目の前のディアに気が付いたように、瞳の焦点が定まる。


 --僕、欲しいもの見つけた。


(え?)


 赤い髪の男の子は怖いくらい真剣だった。


「君の名前は?」

「クラウディア=ペイフォード。ディアって呼んで」


 男の子は噛みしめるように「ディア」と名前を口にする。


「あなたは?」


 ディアが聞き返すと、男の子は少しだけ微笑んだ。


「僕は、アーノルド。アーノルド=ウィルステンホルム」


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